Count No Count

続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

謹訳 源氏物語 (2) / 紫式部、林望訳

⭐︎⭐︎⭐︎

   リンボウこと林望先生の文庫版源氏物語第二巻です。本巻には

 

末摘花(すえつむはな)」「紅葉賀(もみじのが)」「花宴(はなのえん)」「(あおい)」「賢木(さかき)」「花散里(はなちるさと)」

 

の六帖が収められています。光源氏は18歳から25歳の男盛り、一番光り輝いていた時期にあたります。

 

  ということは、、、手あたり次第〇〇まくっていた時期でもあります。もう節操がないというか、抑えが効かないというか、時、所、立場、美醜、老若を問わないそのまめ男ぶりにはあきれるばかり。

 

   政権を握っていた左大臣の娘葵の上という正妻がありながら、

 

不義の子を孕ませてしまった義母藤壺に連綿と執着し、

 

藤壺の面影を持つ幼女若紫(後の紫の上)をじっくりと愛育してついには妻とし、

 

物語一の醜女末摘花を頭の中将と張り合い、

 

物語一の好色大年増(推定50代)典侍(ないしのすけ)とやっちゃって頭の中将に冷やかされ、

 

物語一の敵役弘徽殿の女御の妹朧月夜を行きずりにものにしその後も関係を続け、

 

夕顔と葵上を呪い殺した生霊だと忌避していた六条御息所斎宮となる娘に付き添って伊勢に下ると知れば惜しくなって会いにゆき、ついでに娘も気になり、

 

と、もう枚挙にいとまがない。

 

  そして一度でもものにした女性には、嫌がられようがなにしようがお構いなしにせっせと和歌入りの文(ふみ)を書き続け、会いたくなったらやっちゃって味方にしておいた手引きの女御を利用して忍び込む。このマメ男ぶり、

 

どんだけ~!?

 

てなもんです。

 

  そしてこの巻が尋常でない印象を与えるのはこれらの色恋沙汰の信じ難いタイミングです。

 

  まず義母藤壺を妊娠させてしまい、悶々と苦しんでいるはずの時期に、

 

その姪の幼い若紫を自邸に引き取り、将来の妻とする手筈を整えます。

 

末摘花とできてしまうのは、藤壺が悩み苦しみながら宮中へ戻ってすぐのことです。

 

そして不義の子が生まれ散々懊悩している時期に、政敵側の殿内で朧月夜を「私は何をしても許される立場の人間」だと言い放って(ほぼ)強姦しています。

 

  まだまだこんなもんじゃない。

 

  正妻葵の上が出産直後、呪い殺される現場を目撃して強烈な衝撃を受けているにもかかわらず、その喪中に若紫と最初の契りを結んでしまいます。

 

  まだまだまだこんなもんじゃない。

 

   父桐壺院が身罷られて間もなく、里帰りした藤壺のもとへ忍び込むに至っては開いた口が塞がらない。そりゃあ藤壺もどうしようもなくなって息子(後の冷泉帝)を残してでも出家しますわなあ。

 

  そしてとどめの大事件!この巻で最も魅力的な女性であり、右大臣の娘であり、光源氏を憎しみきっている弘徽殿の女御の妹である、朧月夜との密会の露呈。

 

  桐壺院死去後政権が右大臣側に移り何かことを起こせば追い落とされるという危うい時期にもかかわらず、彼女を忘れられず(彼女も光を忘れられないところが読みどころではあるのですが)策を尽くして通い詰め、挙句の果てに右大臣に見つかってしまう。激怒する右大臣ともっと激怒する弘徽殿の大后。。。

 

  って、どう考えても光源氏ってまともな神経の持ち主じゃないですよね。

 

  にもかかわらず、その美貌、立ち居振る舞い、舞い、楽奏等々何につけても万人を魅了して止まない。教養と知性、政治家としての人望は群を抜き、帝からの信頼は厚い。他人の不幸にはさめざめと涙し、同情し援助する。悩み事が深まれば厭世的となり、自分も仏道に入りたいとまで願う。。。

 

  「男の下半身は別人格」とはよく言ったもんですな。

 

  そんな別人格に振り回される女性たちの中で、一人だけ光源氏につけ込む隙を作らせなかった女性が一人いました。朝顔の斎院がその人です。

 

  光の父桐壺帝の弟、式部卿宮の娘なので従姉妹に当たります。17歳の頃から光源氏は色目を使っていますが、それを常にさりげなく受け流し続け、恥をかかせずに生涯相手にしませんでした。

 

  林真理子版でレビューしましたが、光源氏が落とせなかった女性は生涯で三人いました。残る二人は、六条御息所の娘秋好女御と夕顔の遺児の玉鬘、いずれも光源氏が大分おじさんになってからのことですから、その全盛期に落とせなかったのは朝顔の君ただ一人ということになります。その聡明さと意思の固さはこの物語でも一際異彩を放っています。

 

  その朝顔が、しつこく和歌をよこす光源氏を評して曰く、

 

なんと理解に苦しむことに、かくも同じように、恋の妨げになっている神を恨めしく思ったりする、この源氏の心の癖の見苦しさよ。

 

言い得て妙ですな。紫式部も書いていてささすがに呆れたんでしょう。

 

  てなわけでそんな緊急事態になってようやくしょぼんとなった光源氏は、故桐壺院の女御だった麗景殿(れいけいでん)の女御とその妹で昔々契ったことのある(またかよ)妹の三の君(花散里)としみじみ語りあってこの巻は終わるのでした。。。当然次巻では都落ちすることになります。

 

  さてさてリンボウ先生の筆は相変わらず恬淡としており、一歩間違えばエロ小説に堕しかねないこの巻も高雅にまとめておられます。「色気がない」という批判はやはり発売当時もあったのでしょう、巻末解説で敢然と反論しておられます。一言、

 

行間を読め!

 

と。この物語はそこらの三文小説と違ってあまり露骨な性愛描写などは出てこない

 

例えば源氏が初めて若紫と新枕(にいまくら)を交わす(と言えば聞こえはいいが、実際は無理やり犯したのだ)ところがあって、翌朝。「男君はとく起きたまひて、女君はさらに起きたまわぬ朝あり」と書かれている。こう書いてあればすなわち、前夜の性交渉のために心身ともに打ちひしがれた紫の上が、それゆえに起きられない、また起きようとしないのだ、と読める。

 

当時の人々はちゃんと秘すれば花的な書き方の中に何があったか、その行間を読み取っていたのである。だからあなた方もそう読みなさい、と。

 

ハハ〜 m(_ _)m

 

というわけで、ノロノロと第三巻へ続きます。

 

源氏物語シリーズ

誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ

林真理子

六条御息所 源氏がたり(上)

六条御息所 源氏がたり(下)

小説源氏物語 STORY OF UJI

林望

謹訳 源氏物語 一

古典文学者としての知識と作家としての筆力で描き切った、現代語訳の決定版。藤壺の宮との不義の子の誕生、車争い、六条御息所の生霊、葵上の死、朧月夜との情事、紫の君との契り―。名場面の数々を収録した第二巻は、源氏、十八歳から二十五歳までを描く。 (AMAZON解説)