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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

六条御息所 源氏がたり(上) / 林真理子

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  林真理子源氏物語。まずは前回紹介した「誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ」と下巻のあとがきを参照して執筆に至る経過を説明します。

源氏物語の千年紀に向けて、『源氏物語』を訳してほしい

との無茶ぶりな依頼を小学館から受けたのが、紫式部執筆の最古の記録のある1007年から数えて1000年目の2007年。一瞬

源氏物語』と言うのは作家にとっては高い高い頂である。与謝野晶子谷崎潤一郎瀬戸内寂聴といった時代を代表する作家が、長い年月をかけて挑むものである。

とひるんだものの、すぐに背伸びをしなければ成長はないと思い直して引き受けたのでした。そしてまず考えたことが、

今さら私が全訳してもつまらないだろう

ということ。そこで林さんは源氏物語を一旦分解し、新解釈をし、再構築することにしました。つまらないところはつまらないので省く一方、山本淳子先生を困らせるほど男と女のむつみごとについて徹底的に質問し

「どうして会ったこともない女に、恋い焦がれることが出来るのか」 「どうしてレイプまがいのことが許されたのか」

と言う疑問を一つ一つ解き明かしていき、

源氏物語の中で一番強烈な個性を持つ、六条御息所に目をつけ、彼女の一人称にする

ことを思いついたのです。これはもう全く林さんの慧眼でした。実際雑誌「和樂」連載時の反響はすごく、特に本巻のクライマックスである葵の上の死の場面は「本当に怖い」と大反響があったそうです。

 

  結果、文庫本「六条御息所 源氏がたり(上)」「同(下)」「STORY OF UJI」の三冊からなる林版源氏物語が完成しました。

 

  源氏物語は巷間知られているように五十四帖からなりますが、大きく分けて、光源氏が主人公の「桐壺」から「幻」(「雲隠」)までの41帖と、俗に宇治十帖と言われる「匂宮」から「夢浮橋」までの13帖からなります。

 

  本巻ではそのうち、光源氏誕生から、青年時代の栄華と失墜、須磨への都落ちから明石へ流れていくまで、帖名で言うと「桐壺」から「明石」までの13帖が収められています。

 

  とまたまた超長い前置きを書いてしまいましたが、物語はすでに述べたように、当時一流のセレブでありながら光源氏のやりたい放題に振り回され、嫉妬の鬼と化し生霊7年、死霊で20年となってしまった六条御息所を語り手に据えて、時系列を林流に整理して語られます。

 

  桐壺更衣、藤壺、空蝉、葵の上、夕顔、若紫、末摘花、花散里、尚侍の君、明石の君等々、源氏名の語源となった様々な女性について六女御息所が光源氏への愛憎をねっちりと込めて語り尽くします。

 

  なんせ、生き霊死霊ですから場所時代を問わず忍び込んでいけるので、恋の暴れん坊将軍光源氏の恋愛の数々、あんなことこんなことを実際に「見て」つぶさに語り尽くせますので、本当に便利な主人公です(笑。

 

  なんて笑ってる場合ではないのです。世評の通り、女の情念の凄さを描く林さんの筆致にはにタジタジになります。特に夕顔葵の上をとり殺すあたりは、原文の通りぼかしてはいても思わず背筋が寒くなります。本書最大の読み所と言えましょう。

 

  また、かわい子ぶりっこ夕顔の実はしたたかな面、末摘花の醜女ぶり、典侍の好色年増(にもほどがある)ぶりも遠慮会釈なく露わにする。これを光が言ってしまうとシャレにならんわけですが、六条御息所が語るのですから問題ない。林先生のほくそ笑む顔が目に見えるようです。

 

  とは言え、まあ六条御息所もかわいそうな女性です。東宮が亡くなったばかりにあんな傍若無人のプレイボーイにとりつかれてしまったのですから。

 

  その自他ともに認める性の傍若無人男、光源氏であってもちゃんとしっぺ返しが待ち受けていました。

・ 生き霊と恐れながらもあてにはしていた六条御息所は娘に付き従って伊勢に下り

・ 不義の子を産ませてなお執着を捨てきれないことに藤壺は遂に堪忍袋の尾がきれ激怒して発作的に出家し

・ 政敵右大臣家の妃候補(尚侍の君)に手をつけ、知られてもへっちゃらで通い詰めるうち、ある朝ついに現場を右大臣に見咎められ

 

これはまずいとやっと悟る。

 

おそいっちゅうねん!

 

というわけでこよなく愛し育てた紫の上を京に残し、光源氏は須磨に落ち延び、さらに明石入道の手引きで明石に腰を落ち着けることになります。

 

  そこで明石入道にせがまれるままに、 「ぼくちゃん、受領の娘でしかもド田舎そだちのイモ娘なんかイヤだなあ」 とか思いつつ、入道の箱入り娘と睦み合うことになりますが、これがまた思いの外の美人才女でビックリ。

 

  結構この明石の段を林先生は念入りに描かれており、下巻で紫の上と並ぶ存在感を示すものと思われます。

 

  と思わせぶりなことを書きましたが、源氏物語をご存知の方は、明石の君がこの上ない”幸い人となることをご存知でしょう。しかし六条御息所の視点から見ると、この女性も光源氏に翻弄された哀れな女性だったのです。

 

  ということで、原典にはない夜の御帳台のあんなことこんなことを入念に描き、生き霊セレブ視点で女性たちを見つめ直し、恋の暴れん坊将軍ぶりをいかんなく発揮させた林先生の源氏がたり、斬新でお見事でした。後半に続きます。

 

源氏物語シリーズ(化するのか!?)

誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ  

 

林真理子、衝撃の『源氏物語』新解釈!

 

帝の子として生を受けた主人公、光は、生まれたときから”みたこともない美しい若君”と呼ばれ、宮中の女性たちの脂粉に囲まれて成長する。幼くして母と死に別れた後、臣籍に降下され源氏の性を与えられた光。やがて左大臣の娘、葵の上と結婚するが、その頃から様々な身分の、様々なタイプの女性たちとの関係に明け暮れる。そしてついには、母に生き写しといわれる、父=帝の妻、藤壺とも関係を持つに至った光。その藤壺が産んだ子は・・・幼い頃の光に、うりふたつであった。 平安時代中期の京都を舞台に描かれた、紫式部による、世界最古にして最高の恋愛大長編小説を、恋愛小説の神様=林真理子が再構築し、現代的アレンジを加えることによって誕生した”小説版源氏物語”の前編。原書での第一帖「桐壺」から第十三帖「明石」までを中心に構成。 これまで、日本文学史上の数多の文豪が手がけてきた”源氏物語の訳”ではなく、大胆な章立ての変更。さらには、本来登場人物のひとりにすぎなかった六条御息所の”ひとり語り”という革新的手法を用いることによって、世界的古典文学の名作が、現代人にとってリアルに楽しめる、光源氏を巡る性愛の一大活劇となった!