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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

一度だけの大泉の話 / 萩尾望都

☆☆

   ども、久々の萩洗会(萩尾望都洗脳委員会)です。。。

 

  てな感じで竹洗会(竹宮惠子洗脳委員会)あかつきと二人して、できるだけ楽しい雰囲気で我が敬愛するモー様こと萩尾望都先生とあかつきの敬愛する竹宮惠子先生の作品をこのサイトで紹介してきたのですが、ついにそんな和気藹々の雰囲気を吹き飛ばす本を萩尾先生が上梓されてしまいました。ノンフィクションエッセイ「一度きりの大泉の話」です。

 

 

 

   まず初めにお断りしておきますが、萩尾望都竹宮惠子をはじめとする「大泉サロン派」「花の24年組」の少女漫画に興味のない人には何の益も無い本です。また萩尾、竹宮双方のファンには読むに辛い本です。

 

  ことの発端は、2016年に竹宮惠子が上梓した「少年の名はジルベール」というエッセイでした。代表作「風と木の詩」の主人公を題名にしたこの本の中で著者は萩尾望都の才能の凄さに畏怖と嫉妬を感じていた、と明かしました。

 

 

 

  これはかなりの反響を呼び、それが萩尾サイドに降りかかってきました。コメントや対談を求めらるたびに

本は読んでいません
協力できません

を繰り返してもまた半年毎に蒸し返されが続き、これは仕方がない、一度だけ語ろうと萩尾は決心します。そこで信頼できるインタビュアーを選んで語った筆記録を萩尾自身が文章に起こしたのがこの本です。(漫画家で今はマネージャーの城章子も深く関わっていますがここでは割愛します)

 

  結果、300頁を超える長い回顧録となってしまい、そこには竹宮を始めとするさまざまな漫画家や周辺にいた人々(特に竹宮のブレーンだった増山法恵)が登場し、萩尾ファンとしてはとても興味深いのですが、結局この本の核心は

 

第十一章 『小鳥の巣』を描く 1973年2月〜3月

 

にあります。この時期に萩尾は竹宮と増山に呼び出され、「ポーの一族」の一篇「小鳥の巣」と竹宮が以前から構想し続け萩尾も知っているある作品の関連について質問を受け、そのショックで心因性視覚障害をはじめとする重篤な健康障害に見舞われます。それ以後萩尾は竹宮との交流を断ち、彼女の作品も怖くて読めなくなります。。。

 

 

  そうか、そんなことがあったのか。

 

 

としか言いようがありません。これだけをとってみれば、竹宮(と増山)が一方的に悪い。

 

  でもそんな単純なものではないでしょう。竹宮は竹宮で苦しんでいたと思いますし、萩尾は萩尾で自分の言いたいことをうまく言えない、という欠点を持っていました。

 

  萩尾の対談や講演会を聴いたことのある方ならわかると思うのですが、彼女はそのイマジネーション溢れる雄弁な作品からは想像の出来ないほど、語りは訥々としていますし、内向的な印象を受けます。陰に篭ると二度とあの人は許せないと断交するタイプなのじゃないかと言われれば、残念ながら認めざるを得ません。

 

  しかし、そういうことを差し引いても萩尾望都は傑出した漫画家であり人格者です。ただ、竹宮とはこの先もおそらく交わる事はないのでしょう。それはご本人に言わせれば

時は過ぎ行き、二度と戻ることはない

のだし、城さんに言わせれば

覆水盆に返らず

です。下井草のマンションで起こったことは、彼女たちが夢見て描き続けた架空の世界ではなかったことに出来ても、現実世界ではどうしようもないのです。

 

  というわけで、あかつきのレビューにもコメントしたのですが、こういう経緯を知ってしまった以上、萩洗会、竹洗会と遊んではいられなくなったな、というのが偽らざる心境です。萩尾同様、意固地なのかもしれませんが(苦笑。

 

  最後に一言、竹宮を知らなければやっぱり今の萩尾はなかったと思うよ、あかつきさん。