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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

謹訳 源氏物語 (1) / 紫式部、林望訳

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  先日から日本の古典中の古典「源氏物語」に挑戦しています。まずは入門本「 誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ」を読み、次いでその共著者である林真理子版の源氏物語、文庫版三冊を読み終えました。

 

  その三冊は妖艶にして濃厚、うまく原作の魅力を引き出しておられましたが、あくまでも自己流にまとめたものでご自身もおっしゃっておられたように原作を逐語訳されたものではありません。

 

  そこで次の段階として原作に忠実な現代訳を読んでみようと思い立ったわけですが、入門本のレビューにも書いたように与謝野晶子先生から始まって錚々たる作家の先生方が訳しておられてどれを読んでいいか迷ってしまいます。

 

  おまけに、私のような素人にはとっつきにくい。実際昔谷崎潤一郎版に挑戦したことはあるのですが、どこまでかは忘れましたが早々に諦めてしまいました。   そこで今回あらためて現代の訳者を探したところ、リンボウ先生こと林望氏が「謹訳」と題して原作に可能な限り忠実に訳されたことを知りました。しかも平成22年刊行の単行本をもとに平成29年に文庫化され、その際さらに増補修訂されたとのこと。

 

  林つながりなのも何かの縁、これにしよう!(をいをい)

 

ということで早速第一巻を手に取ってみました。本巻には 「桐壺」「帚木」「空蝉」「夕顔」「若紫」 の五帖が収められています。巷間知られている様に54帖からなるわけですのでその一割にも満たないのですが、

 

・「いづれの御時にか女御更衣あまた候ひ給ひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ」桐壺の更衣光源氏を出産する段に始まり(桐壺)

 

・有名な「雨夜の品定め」(帚木)

 

光源氏手始めの空蝉との交情と別れ(空蝉)

 

・頭中将が雨夜の品定めで漏らした「常夏」であった女をそれと知らず愛人とし、その夕顔を(林真理子先生が入魂で描かれた)六条御息所の生き霊がとり殺す段(夕顔)

 

・出ました物語最大のヒロイン、「雀を犬君がにがしつる」の幼女若紫との北山での初めての出会いと執心、最終的な強奪(若紫)

 

・その間の、義理の母である光源氏の人生で最高の女性藤壺とのたった一度の逢瀬、そのコトによる藤壺の懐妊(若紫)

 

と、源氏物語と言えば思い浮かぶ有名なシーンのオンパレード。なんという内容の濃さ。さすが紫式部!というか、この辺までは絶好調でものすごい人気を呼んで、その後何年もの時間をかけて書き続けることになったというか、ハメになったというか、あるいは別に人物が書き足していったのか、だったのでしょう。とにもかくにもこの五帖は

 

THIS IS MURASAKI SHIKIBU!

 

と言って過言ではないでしょう。特に「雨夜の品定め」はりんぼう先生がおっしゃる様に

それがいつ書かれたのかという詮索はひとまず措くとして、この第一部に展開される様々の恋物語のモチーフを提示するという意味を持っている。

(第一部とは「桐壺」から「藤裏葉」までの33帖) となっています。ちょうどマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の第一巻「コンブレー」においてその後の主題の全てが包含されていたことを思い出します。恋愛の悦楽と苦悩、嫉妬と言った主題は古今東西を問わず、というところなのでしょう。

 

  ついでに言えば、自由気ままに恋愛に没頭していられる王族、貴族、ブルジョアを扱ったところも同じですし、先ほど述べた様に読んだことがない人でも最初のエピソードだけは知っているところも似ていますね。読むのが大変な大長編の運命なのかも(苦笑。

 

  さてリンボウ先生の現代訳ですが、林真理子版を読んだばかりであったので色気もなくて平板で退屈だなあ、という印象が拭えませんでした。六条御息所の扱いなんか、え、こんなもん?というくらい少ないですし、後半のヤマのはずの義母藤壺との一夜など、な、なんと

 

空行一行

 

で終わっちゃいますし。林真理子先生、どんだけ行間を読んでるねん(笑。

 

  しかし、とにもかくにもこれが原作と割り切って読むと、簡潔にして高潔、とてもわかりやすいのに香り高いことに気がつきました。おまけに文庫化に際して各章に小見出しがついたので後で読み返しやすくなっています。ということで、原作を追うにはいい選択だったと思います。

 

  ちなみにいづれの御時にか女御更衣あまた候ひ給ひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ」

 

  さて、もう昔のこと、あれはどの帝の御世であったか・・・・・・。   宮中には、女御とか更衣とかいう位の妃がたも多かったなかに、とびぬけて高位の家柄の出というのでもなかった桐壺の更衣という人が、他を圧して帝のご寵愛を独占している、そういうことがあった。

 

となっており、少し長くはありますがいい文章だと思います。特に原作当時の様に声に出して読むと味わいがある。ちなみにリンボウ先生はラジオで全巻音読を果たされたそうです。

 

  またこの物語のキモである和歌にも必ず注釈がついており、分かりやすい。京都北山で見初めた姫君を「紫の君」と呼ぶきっかけとなった歌を引用してみましょう。

 

手に摘みていつしかも見む紫の 根にかよひける野辺の若草 この手に摘んで、いつかは親しく相見たいと思うのは、 あの紫色の藤・・の御方の根の近くに萌え出ずる野辺の若草なのですよ

 

藤壺から血の繋がっている若紫へ。受け継がれていく光源氏の愛情の対象を見事に一つの句の中に読み込んだこの歌のままに、物語は進んでいきます。

 

  いやあ、もう第一巻からヘビーでした。またボチボチと読み進めていきたいと思います。

 

源氏物語シリーズ

誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ

林真理子

六条御息所 源氏がたり(上)

六条御息所 源氏がたり(下)

小説源氏物語 STORY OF UJI