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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

四畳半タイムマシンブルース / 森見登美彦

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   森見登美彦待望の新刊「四畳半タイムマシンブルース」です。まずは長い前置きをば。

 

  先日レビューしたエッセイ「太陽と乙女」にも書かれていましたが、森見登美彦氏はは2011年8月に連載を抱え過ぎて頭がパンクして連載をすべて中断、長期休養を余儀なくされました。復帰後「聖なる怠け者の冒険」、「夜行」と宿題を片付け続け、2018年の「熱帯」を以て中断していた連載の後始末を全て終えました。

 

  ご本人はさぞや晴れ晴れされたでしょうが、やはりファンには昔の腐れ大学生もしくはが戻ってきてほしいという願望があります。本作はその願望を満たしてくれる「四畳半」シリーズの嬉しい復活です。

 

  冒頭リンク先のHPにてモリミー曰く「四畳半神話体系」と森見作品のアニメ版脚本を多く手掛けている上田誠さんの舞台作品「サマータイムマシンブルース」を合体させて16年ぶりの続篇を作ってみたとのこと、「やったね!」と拍手するしかありません。

 

  ましてや、中村佑介さんの手になる、右手に撮影用ハンディカメラを持ちカバンに「もちぐま」をぶら下げたヒロイン明石さんが大々的にフィーチャーされた表紙イラスト(下のリンクのサムネ参照)を見れば買わない手はない。早速読んでみました。

 

  と、ここまでの長い前置きでご理解いただけると思いますが、この作品を楽しむには少なくとも「四畳半神話体系」を読んでおく必要があります。その点ご了承いただき、レビューに入ります。

 

気ままな連中が”昨日”を改変。世界の存続と、恋の行方は!? 水没したクーラーのリモコンを求めて昨日へGO! タイムトラベラーの自覚に欠ける悪友が勝手に過去を改変して世界は消滅の危機を迎える。そして、ひそかに想いを寄せる彼女がひた隠しにする秘密……。 森見登美彦の初期代表作のひとつでアニメ版にもファンが多い『四畳半神話大系』。ヨーロッパ企画の代表であり、アニメ版『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』『ペンギン・ハイウェイ』の脚本を担当した上田誠の舞台作品『サマータイムマシン・ブルース』。互いに信頼をよせる盟友たちの代表作がひとつになった、熱いコラボレーションが実現!

 

  「サマータイムマシンブルース」は(名匠)本広克行監督、(タッパのある)瑛太、(天才)上野樹里主演で映画にもなったくらい有名な青春SFコメディで、大学の「SF研究会」の面々が壊れる前のクーラーのリモコンを取りに(どういうわけかそこにあった)タイムマシンで「昨日」に飛ぶ、そのはちゃめちゃな二日間を描いています。

 

  この「SF研究会」の面々を、オンボロアパート下鴨幽水荘に生息する腐れ大学生(三回生)の私、人の不幸で三杯飯が食える同回生小津、八回生の先輩樋口清太郎、映画サークル「みそぎ」でポンコツ映画を撮りまくる二回生明石さん、「みそぎ」部長の鼻持ちならない城ヶ崎、その恋人で歯科衛生士の羽貫さんといった面々に置換するとどうなるか。

 

  この二つのアホな世界は非常に親和性が高いと思われ、容易に合体し無益なエネルギーが倍増するでしょう。

 

    そしてそこへやってきた「モッサリした」学生田村君。彼はあの青くて丸々としたネコ型ロボットが遠い未来からこれに乗ってやってきたタイムマシンの座席部分を煮しめたように黒光りする古畳に置換したいかにもなマシンで25年未来の幽水荘(まだあったのか!)からやってきたのでした。

 

  さあそこから事態はクーラーのリモコンをめぐって予想に違わず

史上最も迂闊な時間旅行者たちが繰り広げる冒険喜劇! 「宇宙のみなさま、ごめんなさい」(帯のアオリより)

という大騒動に。

 

  そもそもタイムパラドックスなど全く気にしない小津や樋口師匠はともかく、バタフライイフェクト的に宇宙が崩壊すると心配する私や明石さんだって同時同人物重複存在のパラドックスを気にはしていない(遭遇しなければいいと思っている)ようです。

 

  読んでいて哀れだったのはクーラーのリモコン。小津にコーラをこぼされたのを発端に、一日前から持ってこられるわ、某時某所で沼に落とされるわ、大家さんの飼い犬ケチャに掘りあてられるわ、田村君に25年後から持ってこられるわ(まだ存在していたのが凄い)、登場人物以上の大冒険を繰り広げるのでした。

 

  さてこの阿呆なタイムトラベル劇の合間合間に繰り広げられる私の明石さんへのヘタレなアプローチ。まあうまくいくはずもないし、どうせ小津の悪だくみが待ち受けている。

 

  ところがです!このドタバタ騒動にかこつけて私は明石さんと五山の送り火を二人で見る約束を取り付けてしまったのでした、やったぜ「私」!

 

  それでも絶対うまくはいかないのがルーチンなのですが、驚いたことにラスト近く、

 そのとき彼女が「先輩」と囁いた。「五山送り火はどこで見物します?」

なんて腐れ大学生シリーズにあるまじき台詞が明石さんから飛び出すのでした。

 

  その一方で、もう一つの驚愕の事実が判明。私は田村君の鞄の中に古ぼけたもちぐまを見つけてしまいます。田村君を問い詰めたところ、母はやっぱり明石さんでした。

 

  では父は!?『田村』って誰!?

 

  これは読んでのお楽しみ。少なくとも師匠の樋口清太郎ではない。だって25年後も師匠は幽水荘の主として君臨しているのですから(あっ、一つネタバレしちゃった)。

 

  というわけで、久々に「四畳半」系統の新作を読めて幸せでした。次は狸だな。

 

 

どうしても生きてる / 朝井リョウ

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    朝井リョウを読むシリーズ、再び小説に戻って2019年の「どうしても生きてる」です。エッセイでは自分のことを猫毛で馬面、胴長短足猫背で痔持ちのスットコドッカーと卑下している朝井リョウですが、そんなスットコドッコイが書いたとは思えないほどずしんと来る冷徹な人間描写、捻りの効いた場面転換、ヘビーで暗いオチが彼の持ち味の一つです。今回もその作風を遺憾無く発揮しており、あらためて彼の才能と筆力に脱帽してしまいました。

 

  六作品からなる短編集で、今までと異なり相互連関はありません。テーマや内容は多岐にわたりますが、敢えて一言で言えば「現代の日本社会で働くことの難しさ、生活していくことの息苦しさ」ということになるでしょうか。

 

  エッセイで自分の年表を作っていたリョウですが、それによると彼は1989年生まれ。「ゆとり世代」とは言われるものの、彼らを取り巻く環境はそれまでの「わが世の春を謳歌」していた世代に比べて暗い。

 

・ 子供時代にバブル時代が終焉を告げ、

・ 「構造改革」なるもので非正規雇用が増え労働環境が一変し、

・ 大人になっていく時期とインターネットや携帯電話の普及がリンクし、

・ 成人したばかりの頃に東日本大震災が起こり、

 

それ以降日本経済は停滞期から衰退期に入ります。

 

  このゆとり世代の就職は「何者」でリョウ自身が描いていたように厳しく、その難関を突破して飛び込んだ一般社会はパラダイムシフトの真っただ中。

 

  高村薫流に言えばあなたは、生産性と称して少ない数の従業員を酷使するような旧態依然の企業に未来があると思うか。(時代へ、世界へ、理想へ)という一般企業の停滞、一発当てようとする有象無象のベンチャー企業の浮沈の繰り返し、現代の黒船と言えるGAFAや中国の巨大企業の浸食といった混沌とした様相を呈しています。

 

  その諸相を高村薫女史はガサっと大づかみにして総論的に論じておられましたが、朝井リョウは各論的にその労働現場で逼塞する人たちをスケッチしていきます。よって今回のケースレポートの題材となる主人公たちは、転職や妊娠出産のラストチャンスである30-40歳あたりの年齢層が中心となっています。

 

  彼等彼女等には仕事、子育て、親の介護などの現実の負担が重くのしかかっており、それでいて日本の経済成長の見通しは立たず、その一方でネット社会という過去になかったいびつに便利な世界が併存している。惹句ととともにまとめてみます。

 

健やかな論理』(死んでしまいたい、と思うとき、そこに明確な理由はない。心は答え合わせなどできない。)では、バツイチの一流企業勤務の女性がマッチングアプリでセックスフレンドを見つけ出し、自殺記事をみてネットのSNSの大海の中からその人物を特定して楽しんでいるうちに、自らのアイデンティティが崩壊しそうになる。

 

流転』(家庭、仕事、夢、過去、現在、未来。どこに向かって立てば、生きることに対して後ろめたくなくいられるのだろう。)では、大学時代に漫画で生きていくことを決意しデビューまでこぎつけた男がそこで行き詰まり、彼女の妊娠を都合の良い理由にして就職する。20年後、起業しようと誓い合った友人を裏切る瀬戸際に立たされ、この間変わらない音楽スタイルを貫いているバンドのライブ会場を訪れる。

 

七分二十四秒めへ』(あなたが見下してバカにしているものが、私の命を引き延ばしている。)では、非正規雇用の女性が、誰もが見下し毛嫌いする「迷惑系Youtuber」の画像を眺め続ける。

 

風が吹いたとて』(社会は変わるべきだけど、今の生活は変えられない。だから考えることをやめました)では、進学を控える子供二人、「出世」とは名ばかりの配置転換で消耗する夫、親の介護問題、鬱屈だらけの職場等々、考えなければならないことは山ほどある毎日を送る主婦に強い風が吹く

 

そんなの痛いに決まってる』(尊敬する上司のSM動画が流出した。本当の痛みの在り処が映されているような気がした。)では、共働きの妻の企業が時流に乗り躍進し、自分が転職した電子決済の企業は中国の大企業と大手携帯会社の提携という圧倒的攻勢に耐えきれそうにない。妊娠を望む妻の前ではインポになってしまうのに、出会い系サイトとカーシェアリングを利用して背徳の行為に耽り続ける。そんな彼にはちっとも「大丈夫」ではないのに「大丈夫です」と会社のために言い続けた元上司がSMプレイの溺れた理由がわかる。そんなの痛いに決まってる。

 

』(性別、容姿、家庭環境。生まれたときに引かされる籤は、どんな枝にも結べない。)では、外れ籤を引かされ続けた女性がそれをバネに大学卒業後大手演劇ホールのホール長まで登りつめ、幸せな結婚、そして妊娠までしたのに、胎児に関する衝撃の事実が明らかになった翌日の仕事中東日本大震災が起こってしまうという、あり得ない確率の凶事が立て続けに起こる。

 

  重く澱んだ世相から独特の感性で選び出した、いかにも今の日本にいそうな人たち。彼等彼女等を独特の筆致とアイデアで徐々に追い詰めていくリョウ。それに加えて凄いのは、物語が終わっても登場人物の人生は終わらないということを作者が明確に意識しているところ。演劇は暗転すれば終わる(「籤})けれど、現実では生きなければいけない明日は来る(「風が吹いたとて」)のです。

 

  そういう意味では、これからの日々にほのかな明かりが見える「籤」が共感しやすい作品だと思いますが、ドロドロで醜い「そんなの痛いに決まってる」の救いようのなさもまた朝井リョウの真骨頂です。ずしんと重く心にのしかかる、読み応えのある作品集でした。

 

 

一人称単数 / 村上春樹

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  村上春樹の新刊です。あれ〜、ハルキストはやめたんじゃないのかよと言う声がセミンゴ方面から聞こえる気がしますが、懲りもせず読んじゃいます、テヘペロ

 

  さて春樹氏は「超長編」「短めの長編」を交互に出版するのをメインのリズムとして、その間に適宜「短編集」「エッセイ」「翻訳」を挟むと言うサイクルを律儀に繰り返しておられます。

 

  で、この新刊短編集は「女のいない男たち」から数えて6年ぶりとなります。

 

  全部で八作からなりますが、最後だけ書き下ろしと言うのは「女のいない男たち」と同じ手法で、その最終作にしてタイトル作で全体をまとめています。それ以外はすべて「文學界」に掲載された作品です。

 

  そのタイトルですが、shinさんがすでにレビューで書いておられるように、ジョン・アップダイクの評論集「Assorted prose(一人称単数)」から拝借しているものと思われます。

 

  しかしそれだけではないはず。なぜなら、彼には馴染み過ぎた「」という一人称単数の文体から卒業することができずに苦しんだ時期があったからです。そしてそれをなんとか克服し三人称で物語を語れるようになったのが「海辺のカフカ」であると、どこかで述べておられました。

 

  その旧村上文体に久しぶりに戻りたくなったのか、それともそんな軛を気にしない境地に達して遊んでみられたのかはわかりませんが、今回の作品はすべて「一人称単数」で書かれており、あのナイーブな「」が帰ってきた感満載です。ですので元ハルキストとしては比較的楽しく読むことができましたが、数多のアンチを産んだスノブさも同時に戻ってきておりますので、ツッコミどころも満載。

 

  では各作品を見ていきましょう。タイトル作を星三つとして採点もしてみました。

 

石のまくらに」 ☆☆☆   石の枕といえば漱石枕流草枕)を思い起こしますが、漱石とは何の関係もありません。一言で言うと「ザッツ・ハルキ!」、春樹が嫌いな人が一番嫌がるタイプの作品。

 

  大学生の主人公がバイト先の(その日に辞める)年上の女性と一晩をともにする話で、裸になって布団に入っての彼女の最初の一言がすごい。

「ねえ、いっちゃうときに、ひょっとしてほかの男の人の名前をよんじゃうかもしれないけど、それはかまわない?」

ご丁寧に二度も出てくるこの台詞、アンチの皆さん、盛大に蕁麻疹出してください。

 

  その後も春樹節全開でなんとなく切なくてきっちり「死のイメージ」もついて回る。加えて主語が「僕(一人称単数)」で書かれていることもあり、初期の春樹作品を彷彿とさせます。一番手としては悪くないと思いました。

 

  ちなみに「石のまくらに」はその女性が詠む和歌(二首あり)中の七文字。まあお世辞にもうまいとは言えない和歌ですが、それも春樹さんのテクニック。

 

クリーム」☆☆☆   この話の主人公は「ぼく(やはり一人称単数)」で、十八歳の時に経験した奇妙な出来事について、ぼくはある年下の友人に語っている。例によって例の如く、

いずれにせよ、ぼくが十八歳だったのは遥か昔のことだ。ほとんど古代史みたいなものだ。おまけにその話には結論がない。

なんてフレーズがついてます。さあ、アンチの皆さん、盛大に(ry。

 

  浪人中に昔一緒にピアノを習っていた一つ年下の女の子から突然リサイタルの招待を受け、神戸の山の上まで行ってみたが、そんなリサイタルは開催されておらず、近くの公園の四阿で休憩しているうちに過呼吸となり、気がつくと目の前に老人が座っている。その老人から

 

中心がいくつもありながら外周を持たない円

 

を思い描けと言われる。

 

禅問答ですかっ!?

 

と、これまたツッコミをいれたくなりますが、それでもやっぱり春樹さんにしか書けない文章なのですね、これが。

 

チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」 ☆☆☆☆   この小品の主人公も「僕」ですが、まあそんなことはどうでもいい。村上春樹チャーリー・パーカー愛に溢れた愛すべき作品です。

  個人的な感想ですが、多分村上春樹は名盤と言われる「Getz/Gilberto」スタン・ゲッツのもっさりとしたアルトサックスに満足していないんじゃないかな。

 

ウイズザ・ビートルズ With the Beatles」 ☆☆☆☆☆    表紙イラストでチラッと見えている、モノトーンのハーフ・シャドウの四人の顔が印象的なジャケットが「With the Beatles」、初期の代表作です。

 

  「僕」の高校時代の記憶の中のこのジャケットは、一回しか会わなかった美少女が大事そうに抱いていました。そしてその美少女はこの物語には関係ないのです、なんじゃそりゃ、と言われそうですがこのあたりの話の進め方が村上春樹

 

  別の同級生とガールフレンドとなり、ある日曜の朝約束を一週間間違えて(彼女曰くですが)彼女の家に行くと、普段彼女があまり語りたがらない兄だけしかいませんでした。その兄にはある病気があるのですが、僕はその兄に頼まれて(よりにもよって)芥川の「歯車」の最後を朗読する羽目になります。

 

  約十八年後東京で僕はその兄と偶然再会し、思いもかけぬ妹(僕の元彼女)の消息を聞かされます。

 

  この作品は素晴らしい。「病」や「死」と隣り合わせにあるからこそ美しく切ない「生」の描写がそこにはあり、私が村上春樹の熱烈なファンであった頃の香りが漂ってきます。これ一作だけでも買った価値があると思いました。

 

ヤクルト・スワローズ詩集」 ☆☆   箸休め的な一品。ヒルトンのヒットを見て作家になろうと思った(「職業としての小説家」)くらい根っからのスワローズファンで知られる氏らしい作品、というよりほとんどエッセイですね。だから「僕」は村上春樹、間違いない。そして作中詩の出来は、う〜ん、多くは語るまい。

 

謝肉祭(Carnaval)」 ☆☆   クラシックにも造詣の深い氏のこと、当然シューマンの「謝肉祭」から題名をとっています。

  50を過ぎた「僕」はこれまで知り合った中で最も醜い女性F*をクラシックコンサートで偶然出会った友人から紹介されます。ここから春樹氏お得意の韜晦に満ちた文章で美醜に関する考察が延々と綴られます。

  そしてF*はクラシックに造詣が深く、ハイソです。代官山の瀟洒な3LDKマンションに住み、BMWの最新セダンを乗り回し、オーディオはアキュフェーズ とリンで固め(アキュ使いだった私としては意義あり)、一流ブランドの服に身を包む。で、二人のクラシック談義から、全てのピアノ作品の中でシューマンの「謝肉祭」が一番という事になり、いろんなピアニストの「謝肉祭」を聴きまくる。

  はい、スノブです。アンチの方をマジで挑発してますよ、これは。

 

  まあそれはともかく、ピアノ曲の一番に「謝肉祭」をあげる人はまずいないですよね〜、でも春樹氏はそこからシューマンの狂気について語り、仮面の下に隠された顔について語り、無理やりF*と結び付けるのですが、かなり無理があります。

 

  そしてそこからの展開、F*の正体が明らかになるところが、個人的にはとってもつまらなかったです

 

品川猿の告白」 ☆☆   また品川猿かよ。。。

  ブルックナーが好きで人間女性にしか欲情せず、七人の女性の「名前」を盗んだ猿の究極の恋愛と孤独の物語を、どこか関東の北の方の温泉で「僕」が聞かされる。なんじゃそりゃ、の世界ですな。

 

  最後に一捻りあるとはいうものの、春樹氏得意のメタファーなのか、それともお書きになっているようにテーマ?そんなものはどこにも見当たらないのか、悩むだけ時間が無駄な気がしました。

 

一人称単数」 ☆☆☆   冒頭にも書いたようにこれだけが書き下ろしです。初出ですので読んでのお楽しみということで内容は伏せておきますが、最後に恥を知りなさいと罵倒されるあたり、結構世評を気にしておられてそれを逆手にとって本気で自分の小説をパロってるんじゃないか、とさえ思いました。

 

  ということで、原点回帰なのか自己パロディなのかはご本人に聞いてみないとわかりませんが(多分聞いても答えない)、元ハルキストにとっては懐かしい香りがする作品集でした。星は合計24個、一作当たり三つという極めて妥当な線に落ち着いたのでした。

 

 

ゴールデンスランバー / 伊坂幸太郎

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   伊坂幸太郎の代表作の一つ「ゴールデンスランバー(A MEMOERY)」です。今回「新潮文庫の100冊2020」のリストに入っており、本サイトでは未レビューだったので久々に読み直してみました。初出は2007年、ライトでウィットに富んだ独特の作風のミステリ作家という定評が確立しつつあった時期で、久しぶりの書き下ろし作品として話題を呼び、2008年本屋大賞と第21回山本周五郎賞を受賞しています。

 

  ケネディ大統領暗殺事件を下敷きに首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の逃亡劇を描いており、連作である「魔王」(2005)と「モダンタイムス」(2008)に挟まれた時期に書かれています。この三作とも権力による個人の弾圧、監視社会の恐怖を描いており、当時伊坂幸太郎の興味が「政治権力対個人」に向いていたことが分かります。

 

  タイトルは洋楽ファンならお馴染み、ビートルズ最後のスタジオ録音盤「アビイ・ロード」B面の「Golden Slumbers(黄金のまどろみ)」からとられています。このアルバム録音当時四人の心は離れてしまっており、ポール・マッカートニーはそれをもう一度つなぎとめようと曲を必死に繋いでメドレーに仕上げた。それと同じように本作の主人公は大学サークルで仲の良かった三人の助けを借りて逃走を続けます。

 

  それらのテーマ、プロット、音楽などが映画向きであり、2010年に映画化もされました。結構面白くて、ヒットもしたように記憶しています。今話題の第二弾「半沢直樹」で貫禄たっぷりに対決している黄金コンビ堺雅人香川照之ですが、実は10年前にもこの映画で対決していたんですよね。

 

  閑話休題、その映画の方は全体に時系列に沿って描かれていましたが、原作は五部構成で「事件のはじまり」「事件の視聴者」「事件から20年後」「事件」「事件から三ヶ月後」と時間を前後させて描かれています。そして最初の三章には能動的な意味では本作の主人公青柳雅春は登場しません。事件の概要を 俯瞰的にラフスケッチで描き、かつ先に総括してしまう という構成の妙が光ります。

 

  舞台はいつもの如く著者のホームグラウンド仙台。ただし、パラレルワールド的な設定で、首相公選制が取られており、またキルオという連続殺人犯対策としてセキュリティポッドが市内各地に設置され携帯電話をはじめ市民の行動は厳重に監視されています。その仙台出身の若くて将来有望な金田首相の凱旋パレードの日が端緒。

 

  第一部 「事件のはじまり」   主人公のサークル仲間で元恋人、今は一児の母である樋口晴子が喫茶店で友達とお茶しています。なんだかんだその後の伏線となることを喋っているうちにテレビでは金田首相のパレードが始まり、そこにラジコンが降りてきて爆発します。

 

第二部 「事件の視聴者」   舞台は一転して仙台市内の総合病院の整形外科病棟。暇を持て余した患者たちが延々見続けるTV、新聞等のマスコミ媒体を通してこの暗殺事件の発端から三日目早朝、主人公がついにTV画面に現れるまでが描かれます。この間のマスコミ報道は第三部冒頭に簡略にまとめられています。

マスコミは当然ながら、大騒ぎだった。今、落ち着いた目から見れば、たがの外れた狂騒だった、と言うことはできる。テレビや新聞は警察庁の発表を垂れ流し、真偽不明の一般人からの情報を次々と放送し、視聴者の感情を煽った。

その狂騒を手際よく描きつつも、ここにも伊坂流伏線が山ほど張られています。

 

第三部 「事件から20年後」   事件から20年後のルポの形式でこの事件を総括していますが、ケネディ大統領暗殺事件と同じく真相は100年非公開とされています。ただその時期には、もう誰一人青柳雅春が犯人だったと信じているものはおらず、金田首相の側近だった副首相、対立野党、仙台の首相支持者、果てはアメリカ政府までもが犯行勢力としてまことしやかにささやかれています。

 

  そしてこの事件の真相が見えてこない理由の最大のものに、関係者の多くが死亡しているということがあります。その例が次々と列挙され、薄ら寒いものを感じつつ、「事件」はいよいよ幕を開けます。

 

  ここまでが約100P。これをしっかり読んでおくことで、約550Pある第四章「事件」をより楽しめます。

 

最四部 「事件」   いよいよ本編です。各章の題名は「青柳雅春」か「樋口晴子」のどちらかであり、この二人の視点で第一、二章の真実が明らかになります。

  ごく簡単に言うと、青柳雅春は数年前宅配業中に暴漢に襲われていたアイドルを偶然にも助けたことで地元では顔を知らない人がいない有名人となりましたが、その時点で彼に目をつけて「オズワルド」に仕立て上げようとした勢力があり、何年にもわたる周到な準備の上そいつらが金田首相を爆殺したのだ、ということがジワジワ明らかになっていくわけです。

 

   その一方で大学時代の「青少年食文化研究会」(ファーストフード店めぐりして評価するだけ)のサークル仲間四人の回想シーンがノスタルジックに描かれ、そこにも勿論伏線が張り巡らされています。特に花火師との関わりはもう絶対後で出てくるな的に綿密に描かれています。

 

  残念ながら、この四人のうち、妻の借金故に青柳を事件に巻き込む役割を担わされた森田森吾はそれに耐えきれず「お前、オズワルドにされるぞ」と彼に告げて逃し、自らは首相爆殺と同時に爆殺されてしまいます。また一年後輩のカズは最初に警察勢力の手が回り激しい暴行を受け入院してしまいます。

 

  そんな状況下で青柳は知恵を振り絞り、体力気力の極限まで追い詰められながらも、樋口晴子やカズ、その周囲の一握りの人々、宅配業時代の友人などの助けを借り、信じ難いことながらキルオや第二章の整形外科病棟に入院している反社会勢力的な男までもが力を貸してくれ、マスコミも利用して彼は逃げ続けます。

 

  そして最後、詰んでいる寸前で最後の大博打に打って出ますが、果たしてその結末は?

 

  ハラハラドキドキで最終頁にたどり着き、そこで待っていた一番意外な人物とは?

 

第五章「事件から三ヶ月後」 青柳は警察発表では死んだことになっていますが、比較的穏やかに読むことができる章です。

 

  と言うわけで、もう読みはじめたら止まらないページターナーで、伏線の回収の仕方もこれぞ伊坂と思わせる鮮やかな手際なのですが、伊坂自身は解説の木村俊介氏のインタビューによると

 

今までと同じ方向で書いていては縮小再生産になってしまいかねないので、趣向を変えてそれまで敬遠していたハリウッド映画的な、物語の定形に沿ったものを敢えてやってみた、その結果意外にも伊坂幸太郎の集大成だと言われることも多く、しかもむしろ読者の数はこれまでも増えるという結果になった(要約して引用)

 

と述べています。具体的に言うと

 

・ あまり伏線回収にこだわり過ぎない

・ 風呂敷を無理に畳まない

 

という二点がそれまでの彼の作品と異なるということになります。確かに胸のすくような終わり方ではないし、犯行の真犯人もわからない、伏線もこれだけ回収すれば十分に思えますが、それでも確かに回収されていないところや、回収しきれずに斃れていった登場人物が多いのも気にはなります。

 

  そういう点やプロットの荒唐無稽さにコアなミステリファンからは随分批判もあったと記憶していますし、アマゾンレビューなんか見ても高評価と低評価にはっきり分かれていて、この作品の立ち位置がとても分かりやすい(w。

 

  私はこの作品が大好きです。再読してなおその感を強くしました。シンプルな感想ですみませんが、まあ、そう言うことです。伊坂先生、たいへんよくできました(花丸)!

 

 

衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ? 何が起こっているんだ? 俺はやっていない――。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。(AMAZON解説)

 

 

エクソダス症候群 / 宮内悠介

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    宮内悠介 を読もうシリーズ、今回は2015年の第三作にして初の長編書き下ろしとなる「エクソダス症候群」です。火星の精神病院を舞台に中世から現代までの精神医療史を緻密に考証しつつ描かれる壮大な物語でした。長編をものする実力を遺憾なく示した、と言いたいところですが、惜しむらくは最後でちょっと息切れした感じがあり惜しいところでした。

 

  これまでも作者の小説作法として「参考文献を必ず巻末に収載する」ことを挙げてきましたが、本作も例外ではなく、というか医師の私から見ても尋常ではない数の精神科関連の書籍を読みこんでおられて驚きました。作家の方がよく参考にされる我が母校の名誉教授中井久夫先生の名前もあり、誇らしい気持ちが半分、ちょっとみんな中井先生にばかり頼り過ぎだよな~という気持ちが半分でした。

 

  さてその参考文献の読み込みの凄さは、中世の魔女裁判ナチスの優性主義なども絡めた精神医療史の光と闇の記述に余すところなく活かされていました。一方氏は医療とは関係ない分野を進まれてきた方で、当然ながら臨床はご存じないはずですが、現場の描写もまずまず破綻なく描けてはいたと思います。

 

  ただ、人類が「火星」に行く時代にまだ精神科救急でハロペリドールやらフルニトラゼパムやらが使われているのかな~、という違和感はありましたし、カバラをはじめとしたユダヤ関連のアイテムを多く出すのなら宮内悠介氏お得意の中近東あたりの架空の国での近未来SFにした方がむしろ説得力は増したんじゃないか、とも思います。

 

  そこまでして「火星」にこだわったのは、勿論解説にも書いてあるようにそこがSFのゴールデンスタンダードの舞台であり挑戦意欲を掻き立てられることもあるのでしょうが、おそらくは最終第八章の章名にもなっている「火星の精神科医」というオリバー・サックス(映画「レナードの朝」の原作者として有名な医師)の著書にインスパイアされたのではないか、と思います。

 

10棟からなるその病院は、火星の丘の斜面に、カバラの“生命の樹”を模した配置で建てられていた。亡くなった父親がかつて勤務した、火星で唯一の精神病院。地球の大学病院を追われ、生まれ故郷へ帰ってきた青年医師カズキは、この過酷な開拓地の、薬もベッドもスタッフも不足した病院へ着任する。そして彼の帰郷と同時に、隠されていた不穏な歯車が動き出した。俊英の初長編。(AMAZON解説)

 

  またまた前置きが長くなってしまいましたが(まだ前置きだったのかよ、という声が聞こえる)、物語はカズキ・クロネンバーグという若手精神科医が地球から火星に里帰りして火星唯一の精神科専門総合病院ゾネンシュタイン病院に赴任するところから始まります。

 

  地球ではテクノロジー、薬、医療の発達により従来の躁鬱、統合失調症神経症などは地上から滅びつつあるのに、逆に「特発性希死念慮(ISI)」という原因不明の自死が増加、カズキも恋人をISIで失い、彼女の父親である精神科教授に疎まれて居場所がなくなり、生まれ故郷である火星に戻ってきたのでした。

 

  一方の火星は辺境であり、物資や医療設備も十分ではなく、精神科救急外来は野戦病院状態、ISIなどというある意味悠長な病気はなく、様々な旧来の疾患で満ち溢れていました。そしてもう一つ、脱出願望を特徴とする幻覚妄想を呈する「エクソダス症候群」が問題となっていました。

 

  実はカズキもエクソダス症候群に罹患しており、薬を常用しています。彼の出生にはある秘密があり、亡き父イツキ・クラウジウスが勤めていたこのゾネンシュタイン病院にそれを知る人物が二人います。狸院長のイワンと、EL病棟と称されている特殊病棟の最古の患者で病棟長も兼ねている謎の人物チャーリーです。帰ってきたイツキの息子に接したこの二人の思惑で、物語は動き始めます。

 

  このメインプロットの合間合間に魅力的なあるいは怪しげな人物のエピソードが挿入され、地球の中世から始まる精神医療史が語られ、ぐいぐい読者を引っ張っていくけん引力となっています。

 

  そして後半、ついにチャーリーが仕掛けたクーデター策が発動し、大量のエクソダス症候群患者が発生し、病院機能が麻痺しかけ、院長イワンも経営破綻だとさじを投げます。果たしてイツキにはどのような対抗策があるのか?

 

  ここからが山場ではあるし、ISIとエクソダス症候群の関係も明かされ、各種伏線も回収はされるのですが、ややあっさりして盛り上がりに欠けるところが残念でした。

 

  というわけで、最後の息切れ感は否めませんが、それでも火星の描写、精神医療史の光と闇の緻密な考証、そして魅力的な人物像の描き分けなど、濃密で満足できる長編大作で宮内悠介の実力を見せつけた長編第一作でした。これからもボチボチと追いかけていきたいと思います。

 

 

鍵のかかった部屋 / 貴志祐介

⭐︎⭐︎

  新型コロナ禍でこの春は人気ドラマ再放送だらけでしたが、中でも楽しみに見ていたのが「鍵のかかった部屋」で、無表情・ボソボソ一本調子で喋る大野智君とコミカルな演技の佐藤浩市戸田恵梨香、この三人の間合いが絶妙でした。

  今回コミュニティ企画「カドフェス2020」の作品リストにその原作があったので読んでみました。

 

  貴志祐介氏の作品を読むのは初めてで、そのぱさぱさな文章に最初は戸惑いましたが、だんだんと慣れていきました。

 

  もう一点戸惑ったのが、弁護士芹沢豪が出てこないことです。調べてみたら芹沢はTVドラマのオリジナルキャラで、原作では防犯ショップ店長(防犯探偵)の榎本径(大野)と、彼を盗みのプロではないかと疑いながらも行動を共にする弁護士の青砥純子(戸田)のコンビで事件を解決していきます。佐藤浩市演じる芹沢のコミカルなキャラが立っていただけに残念、彼がいないだけで原作は全体に暗いムードでした。

 

  閑話休題、一番気になっていたのがTVドラマのこれでもか的な装飾過剰密室トリック。テレビならではの脚色だったのか、原作がそうなのか、以下四作品で(実質上三作品)でチェックしてみました。なお三作品とも倒叙推理形式で初めから犯人の目星はついていますのでそれに関してはネタバレでいきます。

 

「1:佇む男」(TVドラマ:Episode 1)

  葬儀会社の社長が末期の膵癌で余命があと半年(もあるかい!)、旧知の医師からモルヒネを分けてもらって(日本の麻薬管理はとても厳しいのでその医師即逮捕)、自分の別荘で勝手に自分で静脈注射している(まじかっ!)。なぜできるかと言えばアメリカでエンバーマーの講習を受けているから(をいをい)。

 

という、もう職業柄到底許せない、というか、ありえない設定。これはもう絶対TVドラマの脚本家が勝手に脚色したんだろう、と思っていましたが、、、

 

もろにそう書いてあった...( ゚Д゚)

 

そんな明日にでも死にそうな社長をわざわざ殺さなくてもよさそうなものを風間杜夫演じるワルの専務が殺してしまう、葬儀社ならではのデコラティブで過剰な四次元密室トリック。これも、

 

もろにそのまんまなのであった...( ゚Д゚)

 

  まあこれだけ手が込んでいるとツッコミどころ満載で警察が簡単に自殺で片付けるなんて信じられないのですが、極めつけは

 

社長の体内からは、5グラム以上のモルヒネが検出された

 

。。。。。モルヒネって普通1アンプル10㎎なんですよね。「社長、500本モルヒネいっときますかっ?」って、ありえんでしょ。。。。。

 

「2:鍵のかかった部屋(TVドラマ:Episode 2)

  中村獅童高嶋政宏の手に汗握る演技対決が印象深かった回です。高嶋政宏演じる冷血理科教師が仕掛ける物理トリックは前回よりはまともでしたが、練炭自殺に見せかけた密室の中は部屋中に紙テープがひらひら垂れ下がっており「まともじゃない感」満載でした。

 

  読んでみるとやっぱりそのまんまだったんですが、文字だけで内容を追っていくとそれほど違和感がなく、これはいいと思いました。

 

「3:歪んだ箱」(TVドラマ:Episode 5)

  新築欠陥住宅殺人事件。犯人役は現実世界でも逮捕されてしまった新井浩文でした。いい役者さんで好きだったんですけど。。。まあそれはさておき、この密室トリックは尋常じゃない。まさか、と思っていましたが、

 

もろにそのまんまなのであった...( ゚Д゚)

 

  これだけはネタバレさせてください。建て付けが悪く内側からゴンゴン叩かないと閉まらなくなったドアを屋外からどう閉めるかがこのトリックのキモなんですが、な、な、なんと、反対側のエアコンダクトの外側からピッチングマシンでテニスボールを投げ、ドアに当て続けることによって閉めてしまうという荒技。。。こんなんでバレないと自信満々の犯人。。。

 

  葛城ミサト(cv三石琴乃)風に言えば、、、「アンタバカァ!?

 

「4:密室劇場」(TVドラマ:Episode 6???)

  唖然茫然。。。。。TVドラマのEp6のサブタイトルと同じ題名なので、ジャニーズのお二人が主演のお洒落な雰囲気の劇団密室ドラマの原作の筈なんですが。。。。。ケッタイな三流劇団のバカみたいな話が延々と綴られて作者がふざけてるんだかおちゃらけてるんだか分からないまま殺人事件が起こり榎本の宣言通り30分で解決。

 

なにこれ?

 

  もう降参、ということで調べてみましたら、こういうのをバカミスというらしいです。3本真面目にやってきてラストでこんなの出す?

 

  というわけで、個人的には玉木宏がめちゃくちゃカッコ良かった(トリックの荒唐無稽さもハンパない)「硝子のハンマー」を読みたかったんですが、これは一冊の長編だそうです。ちなみに「防犯探偵榎本」シリーズは文庫版三冊、ハードカバーが一冊あるそうで、このレビューを読んで興味を持たれた方(おらんわなあ)は是非どうぞ。

 

 元・空き巣狙いの会田は、甥が練炭自殺をしたらしい瞬間に偶然居合わせる。ドアにはサムターン錠がかかったうえ目張りまでされ、完全な密室状態。だが防犯コンサルタント(本職は泥棒!?)の榎本と弁護士の純子は、これは計画的な殺人ではないかと疑う(「鍵のかかった部屋」)。ほか、欠陥住宅の密室、舞台本番中の密室など、驚天動地の密室トリック4連発。あなたはこの密室を解き明かせるか!? 防犯探偵・榎本シリーズ、第3弾!

 

風とともにゆとりぬ / 朝井リョウ

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  朝井リョウを読むシリーズ、ゆとり世代のトンデモ大学生活を綴った「時をかけるゆとり」に続く第二弾「風と共にゆとりぬ」です。堂々と巻頭に「マーガレット・ミッチェルに捧ぐ」と書いてあります。よう言うた、というか、どの口が言う、というか。。。

 

読んで得るもの特にナシ! 500枚超の楽しいことだけ詰まった大ボリュームエッセイ集。 対決!レンタル彼氏/ポンコツ!会社員日記/冒険!朝井家、ハワイへ/諦観!衣服と私 失態!初ホームステイ/本気!税理士の結婚式で余興/阿鼻叫喚!痔瘻手術、その全貌等

ダヴィンチBOOK OF THE YEAR 2017 2位

ブクログ大賞2018 ノミネート

読書メーター OF THE YEAR 2018 3位

桐島、部活やめるってよ』で鮮烈なデビューを飾り、 『何者』で戦後最年少直木賞作家となった著者のユーモアあふれるエッセイ集が待望の文庫化。 日経新聞「プロムナード」連載エッセイや、壮絶な痔瘻手術の体験をつづった「肛門記」を収録。 また、その顛末が読める「肛門記~Eternal~」書き下ろし!(AMAZON解説)

 

   とにもかくにも猫毛で馬面、胴長短足猫背で痔持ちのスットコドッカーさくらももこさんの「少し長め、かつ、メッセージ性皆無のくだらないエピソードばかりで編まれたエッセイ集」をお手本に仰ぐ朝井リョウの快進撃は続きます。今回は三部構成となっており、順番に見ていきます。

 

  第一部「日常」

小説に込めがちなメッセージや教訓を「込めず、つくらず、もちこませず」をモットーに綴ったエピソード12編

ですので、基本的に前回と同じノリ。前作でものすごい存在感を示した謎の眼科医の先生が再登場し、いきなり笑わせてくれます。

 

  とは言え、前作以降のエッセイですので必然的に大学卒業後就職生活についての記事が多くなりますので、学生時代とは違っておふざけ度はやや控えめとなっています。そんななかでもバレーボール愛に満ちた奮闘ぶりは微笑ましい。4人で出られるビーチバレー大会にエントリーしたらきっちり一人が大寝坊で間に合わず、「四人います」とウソをついた当の相手である受付けのオバサンをスカウトしてくる仲間の行動力には脱帽。

 

  それでも社会人生活にはそれなりにまあまあ大人の雰囲気が漂うわけですが、高校時代のエピソードは本領発揮、前作並みにおバカ度満開。

  インキンタムシをカナダにもたらしたホームステイ、高校卒業と大学入学のはざまのモラトリアム時期に友人と初体験するアルバイトが「結婚式場の披露宴フロア係」といういきなりハイレベルすぎる仕事でお決まりの大失敗する話など、楽しめました。

 

  ちょっと驚いたのは「ままならないから私とあなた」収録の短編「レンタル家族」を編集者と一緒に実地で実験しているくだり。レンタル家族っていう仕事、やっぱり本当にあるんだ〜、と妙に感心しました。

 

  第二部「プロムナード」

日本経済新聞で2015年下半期の半年間連載というフィールドオブドリームスに錯乱した著者が、新聞購読者を増やしたいという野心に司られつつ綴ったコラム21編

なのでさすがにマジメ度数アップ、ここまでの1.5巻ほどのバカ笑いはできませんが、相変わらずの面白さです。

 

  そして最後に地雷ならぬ「痔雷」が待っていました。第三部「肛門記」です。

  学生時代から痔と粉瘤に悩まされていたリョウですが、仕事の忙しさにかまけて痛くても治療を先延ばしにしていたところ、ついに一番厄介な「痔瘻」になっていることが判明。

お尻の穴が増えちゃう病気、こと、痔瘻。 発症、手術、入院、その全てを綴った肛門界激震の一大叙事詩

がこの第三部となっています。作者には悪いけど思いっきり笑わせてもらいました。

 

  いやあ、これだから朝井リョウはやめられない。  

 

 

時をかけるゆとり / 朝井リョウ

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 朝井リョウを読むシリーズ、小説を一通り読み終えたのでエッセイに入ります。畏れ多くも原田知世様の「時をかける少女」からお題をいただいた「時をかけるゆとり」です。風の噂でバカバカしいエッセイだとは聞いていたのですが、まあ予想をはるかに上回るバカっぷりでした。おそるべしゆとり世代

 

就職活動生の群像『何者』で戦後最年少の直木賞受賞者となった著者。初のエッセイ集では天与の観察眼を縦横無尽に駆使し、上京の日々、バイト、夏休み、就活そして社会人生活について綴る。「ゆとり世代」が「ゆとり世代」を見た、切なさとおかしみが炸裂する23編。『学生時代にやらなくてもいい20のこと』に社会人篇を追加・加筆し改題。 (AMAZON

 

  冒頭の(作者たっての希望で作ってもらった)年表によりますと、リョウは1989年生まれ、俗に1990年問題と言われる「ゆとり教育」世代です。岐阜県有数の大垣北高校という進学校で学んだくらいで決しておバカではないのですが、東京での大学(早稲田大学)生活は一言で言うと

 

浅慮無分別没常識

 

これはもう「銭形警部はルパン三世の父親(とっつぁん)だと思っていた」1979年生まれの森見登美彦や、「あの頃ぼくらはアホでした」1958年生まれの東野圭吾でさえ尻尾を巻いて逃げ出すくらいひどい。けど、無分別ゆえの行動力はある。故に余計に騒動は大きくなる。

 

  例えば東日本大震災で各地の花火大会は当然中止。しかしリョウたちは「自粛我慢」という言葉とは無縁。探しに探して伊豆諸島の御蔵島の花火大会にでかけることにしたのはいいが、出発当日太平洋上には三つも台風ができている。でもそんなこと気にせずダイジョブダイジョブと乗船。その結末は想像通りでもあり、越えているところさえあり。

 

  また、夏休みに北海道で行われる某フェスに仲間と車で出かける予定を綿密に立てたはいいが「青函トンネルは一般車は通れない」という基本的知識が欠如していた。。。それならとフェリーやら列車やらを予約しようとするが、これまた友人が留学先で教えられていた日本のOBONの大変さをなめていて。。。

 

  かと思えば、友達と東京から京都までサイクリング旅行する計画を立てたはいいが、ロードバイクを出発わずか二日前に購入するという無計画ぶり。まあそれでも死ぬような思いをしつつ達成してしまうところは凄い。

 

  まあそういうアホエピソードのオンパレードで当時真面目に働いていた社会人や東日本大震災で苦汁をなめていた人々からすると噴飯ものなんですが、「桐島、部活やめるってよ」「チア男子!!」に始まる一連の小説にその経験をきっちりと取り入れているところはえらい。

 

  にしても、大学二年生というまだ就職活動に関係ない時期に編集者の依頼で

・ ちゃっかり就活を取材し

・ 超知ったかぶりのエラそうな就活エッセイを書き上げ

・ その後の就職活動に役立て

・ 後年「何者」という小説にして直木賞をかっさらい

・ 再び「知りもしないで書いた就活エッセイを自ら添削する」エッセイを書く

 

一粒で5度おいしい思いをしているのは、賢いというか、ちゃっかりしているというか。。。

 

  そんな朝井リョウの紹介文が最後に載っていますが、そこでもシャレのめしていて、もういっそ清々しい(苦笑。一部抜粋して終わります。

 

2009年「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。お腹が弱い。10年「チア男子!!」でスポーツ小説ならではの大人数の書き分けに失敗。13年「何者」で第148回直木賞を受賞し、一瞬で調子に乗る。14年「世界地図の下書き」で第29回坪田譲二文学賞を受賞するが、「イイ話書いてイイ人ぶってんじゃねえ」と糾弾されれる。

 

。。。。。「朝井リョウの優しさを感じさせる」と「世界地図の下書き」レビューのキャッチコピーに書いた私の立場が。。。。。(そんなものないって?) 

 

 

楽しみと日々 / マルセル・プルースト

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  「失われた時を求めて」以外で岩波文庫版で手に入るマルセル・プルーストの作品はもう一つあり、これも読んでみました。「楽しみと日々」というヘシオドスの「仕事と日々」を衒った題名の第一作品集で、短篇、散文、詩などから成っており、一つ一つが短いので安心して読めました(笑。

 

プルースト(1871‐1922)が20代前半に書いた短篇小説・散文・詩をまとめた第一作品集。鋭敏で繊細な感受性、細部にわたる緻密な観察、情熱や嫉妬といった心理の微妙かつ執拗な探究、スノビスムへのこだわりなど、大作『失われた時を求めて』にも見られる特徴の数々が本書にはすでに現れている。作家プルーストの原点。 (AMAZON解説より)

 

  1892〜94年に彼が同人誌などに寄稿した作品を集め、師のアナトール・フランスに序文を、挿絵画家マドレーヌ・ルメールに花々の挿絵を依頼し作成された豪華本で、1896年にようやく完成しました。彼はこれを自費出版し、しかも買ってくれそうな友人知己には献呈したため、ほとんど売れなかったそうです。

 

  それ故に「社交界で有名な有閑作家が手遊びに書いて道楽で出版した」程度にしか思われず、文学界では話題にも登らなかったのですが、その評価が一変したのはやはり「失われた時を求めて」(「スワン家のほう」(1913)「花咲く乙女たちのかげに」(1919))で彼が一挙に有名になってからでした。

 

  雑多な作品を集めて詰め込んだと思われていたそうですが、構成を見るとおそらくそうではなくプルーストらしい美学が垣間見えます。

 

 序(アナトール・フランス

 献辞

シルヴァニー子爵バルダサール・シルヴァンドの死 *

ヴィオラントあるいは社交生活 *

イタリア喜劇序章 **

ブヴァールとペキュシュの社交趣味と音楽マニア *

ド・ブレーヴ夫人の憂鬱な別荘生活 *

画家と音楽家の肖像 ***

若い娘の告白 *

晩餐会 *

悔恨、時々に色を変える夢想 **

嫉妬の果て *

 

*: 短編小説

**: エチュード的散文

***: 詩

 

中央に詩集である「画家と音楽家の肖像」を配し、その前後に「小説ーエチュードー小説」を対称的に配置していることがわかります。選から漏れた作品も、この文庫版には収録されています。

 

付録

夜の前に

思い出

アレゴリー

つれない男

 

「夜の前に」は女性の同性愛をテーマとしてあるので外したと考えられています。「つれない男」は初出が1896年で長い間行方不明であったものを書簡研究家コルプ氏が執念で探し出し、なんと1978年になってようやく日の目を見たそうです。

 

  小説では愛、背徳、苦悩、嫉妬、死、スノビズム、芸術といったテーマが上流階級の社交界を舞台として描かれ、その背後にはプルーストの同性愛対象であったと言われる音楽家レーナード・アーン等の影がちらつき、散文では花、月、海、木立等々の自然描写がパリやノルマンディーといった「土地の名」とともに鮮やかに描かれています。

 

  どれもこれも全て「失われた時を求めて」において花開く材料ばかりで、この頃の修練があの大作につながっていくのだな、という感慨をいだきながら読んでいました。

 

  しかし、あの大作をもし彼が発表せずに亡くなっていたらどうだったか?

 

自意識過剰がプンプン鼻につく、華美な文章で埋め尽くされた、有閑作家の若書き

 

という評価のまま、文学史の彼方にうずもれてしまっても致し方のないところだったと思います。アナトール・フランスが序を書くのを嫌がったので出版が遅れたという話も(代筆という噂まであった)満更作り話でもないのでは、と思います。

 

  個人的には「庶民」の描写がほとんどないことに薄っぺらさを感じました。「失われた時を求めて」では女中のフランソワーズを始めとして多くの庶民階級を描いており、貴族、ブルジョア、庶民という三階層全てを登場させることにより作品に厚みをもたらしていたのだな、と今更ながらに再確認できました。

 

  以上のことを鑑みるに、やはりこれは「失われた時を求めて」を読んでから読む本なのでしょう。私にはクールダウンとしてちょうどよかったと思います。

  未読の方には、例えばエチュードの「悔恨、時々に色を変える夢想」の習作群あたりが、自分がプルーストの文章に親和性があるかどうか、「失われた時を求めて」を読み続けられそうかのリトマス試験紙になると思います。

 

  試しに、いかにもな文章を二つ挙げておきます。気に入ればこの本を踏み台にして「失われた時を求めて」にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

 僕は貴女の花を取りはずす。貴女の髪をもち上げる。宝石をちぎり取る。貴女の肉肌に届き、砂に打ち寄せる海のように、僕のキスがあなたの肉体を覆い、打つ。しかし貴女自身は僕の手を逃れ、貴女といっしょに幸福も去っていく。(p262、二十五 愛の光による期待の批判)

 

 現実だけでは満足できないことを予感したかのように、初めて悲しみを覚えるよりも前に、まず生を嫌悪し神秘の魅力に惹かれる人々。海はそういう人々を魅惑してやまないだろう。まだどんな疲れも覚えたことがないのに、もう憩いを必要とする人々を海は慰め、漠たる昂揚に誘うだろう。(p266、二十八 海)

 

 

太陽と乙女 / 森見登美彦

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   モリミーこと森見登美彦の「太陽と乙女」です。(いろんな意味で)衝撃のデビュー作「太陽の塔」と(乾坤一擲待望の女性ファンを一気に増やした)代表作「夜は短し歩けよ乙女」を合体させたような題名からして、またまた京大腐れ大学生と妄想不思議乙女が活躍するモリミー節全開の快作(怪作)かっ!?

  と期待したそこのあなた、、、残念

 

  ご本人曰く、小説家として出発した2003年以来約14年にわたって様々な媒体に発表してきた、現時点での「森見登美彦エッセイ大全集」です。この現時点とは平成29年なのですが、今回(R2年)文庫化され、それに当たって親本刊行後に書いた文章を新たに二篇収録したそうです。この文庫版が「新潮文庫の100冊2020」のリストに上がっており、この際再度モリミーの売り上げに寄与すべく文庫版を買ってきました(恩着せがましい)。

 

  いやあ、どこもかしこも面白い!どこかで読んだ話も多いのですが(親本読んでるから当たり前だろうというツッコミは無しね)、珍妙軽妙洒脱自虐のモリミー節が随所から立ち上り、抱腹絶倒とはいきませんが、クスクス笑えます。

 

  結構全体として分量があり内容も盛り沢山なので一つ一つ紹介するわけにもいきませんが、各章をさらっとみていきましょう。

 

第一章 登美彦氏、読書する

  書評集です。さすがプロ、読ませますし、この本買おうかな、という気にさせます。なんせ冒頭のつかみが上手い。例えば北野勇作の『カメリ』の解説の書き出し。

 

この小説『カメリ』には、ダンゴロイドというナイスな名前の存在が登場する。

 

ダンゴロイド」という名前を出すことでグッと興味をそそり、「ナイス」というベタな表現でたたみかける。聞いたことのない作家でも(とりあえずレビューは)読みたくなります。

  氏自身も、綿谷りさの「憤死」の解説中で

 

笑える話というものはさりげなく始めるといつまで経ってもへなへなするきらいがある。冒頭から思い切った一撃を加え、手前勝手に勝利を宣言することこそが勝利への道であると私は思う。

 

と書いておられます。自分のレビューもこうありたい、と思うのですがなかなか真似できないですわ。

 

第二章 登美彦氏、お気に入りを語る

  続いて映画評等々雑多なレビュー。ここでも「冒頭の一撃」の法則は生きています。特に日本映画史に燦然と輝く「砂の器」評の最初の一文、

 

 すごいという噂は聞いていた。

 

はすご過ぎる!「砂の器」をこれ以上簡潔明瞭に表現しきるのは不可能でしょう。   もちろん冒頭だけではありません、「ルパン三世」の思い出、

 

私がどれくらいぼんやりしていたかというと、銭形警部のことをルパンのお父さんとおもっていたぐらいである。なぜならルパンが「とっつぁん」と呼ぶからだ

 

は、もう天然なのかネタなのかわからない。

 

第三章 登美彦氏、自著とその周辺

  デビュー前後の出来事などなど大体知っている事ばかりでしたが、2011年連載仕事を引き受け過ぎて頭がパンクしてしまい、東京から都落ちして奈良にすっこんで一年ぶらぶら過ごした、ファンには有名な黒歴史を冷静に語っておられるのが印象的。立ち直られて何よりです。

 

  また京都という土地にこだわる続けているようにみえて、「失われた時を求めて」で「土地の名・名」という章まで設けたプルーストばりに

 

もし景色が変わっていても、我々には地名という心強い味方がある。じつのところ私は、地名さえあればなんとかなる、というふうに思っている。

 

と書いておられるあたりは、さすが作家だな、と感心。

 

第四章 登美彦氏、ぶらぶらする

  旅行記、近辺記など、個人的にはこの章が一番好きです。

 

  小説中のキャラのようなユニークな女性編集者矢玉さんとの東京ショートトリップや結構本格的な山陰行も読ませますが、何と言ってもモリミーと同じ奈良県人である私には、ご本人曰くの私なりの奈良のほそ道『2017年近所の旅』シリーズが嬉しい。   特に、奈良県人にとって

 

西大寺は寺の名前ではなく、近鉄の駅の名前である

西大寺からはどこへでもいける、近鉄西大寺駅は世界の中心

 

説には思わず拍手喝采

 

  中高6年間、N女子大付属に通っておられた登美彦氏は近鉄生駒ー奈良を利用、T大寺に通っていた私は車内全線路線図で唯一名前を載せてもらえない超弱小駅から西大寺経由で奈良まで通っていたので、氏の思い出の数々と共鳴しまくりました。

 

  特に、生駒―奈良であれば西大寺は通過するだけなのに、好きになった女子が西大寺で乗り換えするのでわざわざ降りて彼女に近づこうとするエピソードには爆笑。結構あるんですよ、そういう事例は。西大寺恋のハブ駅だったのです。

 

第五章 登美彦氏の日常

第六章 「森見登美彦日記」を読む

第七章 空転小説家

 

  奈良で興奮してしまい長くなり過ぎたのであと三章は割愛させていただきます(をいをい。

 

  とにかく、ご本人もまえがきで書いておられますが、これほど「寝る前に読むべき本」としてぴったりのものはない。奈良県人なら必読、そうでない方も是非枕元に置いて寝てください(寝るのか)。

 

少年の頃から物語を描いていた。我が青春の四畳半時代。影響を受けた小説、映画、アニメーション。スランプとの付き合い方と自作への想い。京都・東京・奈良をぶらり散策し、雪の鉄道旅を敢行。時には茄子と化したり、酔漢酔女に戸惑ったり。デビュー時の秘蔵日記も公開。仰ぎ見る太陽の塔から愛おしき乙女まで、登美彦氏がこれまで綴ってきた文章をまるごと収録した、決定版エッセイ大全集。(AMAZON)