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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

間宮兄弟 / 江國香織

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  江國香織の落穂ひろい、今回は「間宮兄弟」です。映画化されたこともあり江國さんの作品の中でもよく知られていますが、彼女が男性を主人公にするのは珍しいことなんですよね。そういう意味では異色作です。

 

女性にふられると兄はビールを飲み、弟は新幹線を見に行く。そんな間宮兄弟は人生を楽しむ術を知っている。江國香織もてない男性の日常を描いて話題になり、森田芳光監督の映画化も大ヒットした小説の待望の文庫化。(AMAZON解説)

 

  ちなみに映画は「の、ようなもの」の森田芳光監督がメガホンを取り、間宮兄弟のイメージにぴったりな佐々木蔵之介塚地武雅ドランクドラゴンの塚ちゃん)が期待通りの好演をしたのでとても楽しい佳作になっていました。

 

  一方の女優陣は、平凡でもてない二人の周りにいるごく普通の女性ばかりのはずなのに、ありえないほど豪華絢爛で、

 

  常盤貴子沢尻エリカ北川景子戸田菜穂中島みゆき(そう、歌手のみゆきさん!)

 

等々錚々たる面々でした。今では(いろんな意味で)実現不可能な豪華キャスティングですね。

 

  閑話休題、江國さん自ら解説して曰く、

 

  愉快に快適に暮らすのは有意義なことです。たとえ世間から多少「へん」に思われても。
  そういう人たちの話を書きたいとと思って『間宮兄弟』を書き始めました。(中略)
  この二人の男性には、自分のスタイルと考え方があります。それさえあれば大丈夫、と、私は個人的には思うのです。世界は荒野ですから、彼らがこの先どうなっていくのかはわかりません。わからないふうに書けていたら嬉しいです。

 

という主旨はよく理解できますし、実際そういう作品になっていたと思います。ただ、やはり江國さんの持ち味は、一見普通の女性が静かな狂気に蝕まれていくところを描くことにあります。

 

  そういう意味では、もてない兄弟がそれなりに奮闘してもそれほどの波風も立たず、やっぱり二人はふられ、また元の愉快に快適に暮らす二人の生活に戻っていくという展開は江國さん独特の毒気がなくてやや物足りなく感じました。

 

  もう一つ読む前に危惧していた事は、文章の天才江國さんが男性を主人公にすると村上春樹ぽくならないかということでした。

 

  そういう見方をしている人は私だけではないようで、文庫版解説をなんと村上春樹評論で有名な三浦雅士さんが書いておられました。当然ながら村上春樹にも言及しておられます。

 

  三浦氏曰く、ジェイズ・バー(「風の歌を聴け」1979)からロビンズ・ネスト(「国境の南、太陽の西」1992)へ、昭和から平成へ、ロウワー・ミドルからアッパー・ミドルへ、村上春樹は死に物狂いで働いた世代の子供たちが豊かさを少しずつ身に馴染ませる過程をこの二作品に反映させた。

  江國香織が登場するのはこの後者の頃、豊かさを身に馴染ませた子供たちの、その成長した姿を無理なく描く作家として、彼女が登場したのだと。

 

村上春樹の『風の歌を聴け』から『国境の南、太陽の西』までの道のり、つまり「昭和」から「平成」までの長い道のりが、遠近を構成しないで、まるでモザイクのようにそのまま背景になっているのである。明信も徹信も、「昭和」の破片をいつまでも身に着けているのである。

 

だから、やせて背の高い、オシャレに気を配ればけっこうもてるはずの明信を始めて見た女性教師が

 

顔を出した明信を見て、依子は、最悪だわ、と、思った。

 

という思いもします。

 

  そう、「今」を生きる女性たちが、兄弟とかかわる時だけそれとなく「レトロ」を感じる。特に昭和を知らない女子校生などは、面白がって徹信にまとわりつくまでになる。

 

  このへんがこの作品の面白さだと思います。もちろん昭和を否定するわけではない。だささとともに実直さもあるし、誠実でもある。特に二人が母親をとても大事にし、言いつけを守る姿はとても微笑ましいし、それもこの作品の重要なテーマだと思います。

 

  というわけでまたまた内容を語らないレビューになってしまいましたが、映画とセットで読めばより楽しめる佳作です。日々の生活に疲れ、たまにはホノボノしたい、という方にもおススメ、かな。  

 

  最後に今回一番印象に残った江國さんらしい文章を引用します。ラスト近く、母のいる静岡で過ごすお正月の一場面です。

 

三日間とも天気がよく、低い屋根屋根の上に広がった青い空を、明信は「モネの、日傘をさした女の絵の空みたい」だと思ったし、徹信は「クラプトンの”BLIND FAITH"のレコードジャケットみたい」だと思った。

 

 

 

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モネの日傘をさす女

 

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BLIND FAITHの当時物議をかもしたジャケ