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備忘録、採点表

激しく、速やかな死 / 佐藤亜紀

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     今のところ、「天使」のスピンオフ集「雲雀」を除けば唯一の短編集である。例によって舞台はフランス革命前後の欧州がメインだが、珍しく当時の新天地アメリカも登場する。もちろん佐藤亜紀流で、ではあるが。なお本作も本文中では余計な説明一切なしなので、巻末に「作者による解題」がついている。

 

弁明:   ご存知マルキ・ド・サド侯爵の一人語りで繰り広げられるドタバタ劇。短編集のしゃれたアペリティフとなっている。あのサド侯爵をここまで笑い飛ばせる作家はってのはそういないだろう。さすが佐藤亜紀である。

 

激しく、速やかな死: この作品のみ書き下ろし。題名はカエサルの言葉だそうだが、それをもたらしてくれる「主役」はフランス革命の象徴ともいえるあの「ギロチン」。ギロチンにかかる前の収容所施設の中の陰鬱、そして延々としゃべり続ける男。なかなかに幻想的な佳作である。アメリカの作曲家ココリアーノの「ヴェルサイユの幽霊」へのオマージュだそうである。

 

荒地: フランス革命でギロチンにかかる前にアメリカへ逃れたフランス貴族。しかしそのアメリカも「不毛」の一言だった。本作品集の中でも屈指の力作ではあるが、佐藤亜紀を読み続けた来たファン以外には難解で退屈そのものだろう。ちなみに主人公の名前は一切明かされないが、解題においてフラオー伯爵夫人への書簡であると書いてあるところからしタレイランである。

 

フリードリヒ・Sのドナウへの旅: ウィーンはシェーンブルンのナポレオン閲兵時におきた、突発的なナポレオン暗殺未遂。ゆえに周到な準備と計画をもって行われたもう一つのナポレオン暗殺未遂事件「1809」のスピンオフとも言える。

  十七歳のドイツ人青年の狂信がもたらしたごく単純で無計画な単独犯行。何の打算もなく、だれに吹き込まれたわけでもなく、フランス皇帝ではなくナポレオン・ボナパルトという男を殺さねばならないと考えてやってくる暗殺者。こちらのほうがよほど厄介だ。故にナポレオンはこの事件をなかったことにせねばならなかった。

 

金の象嵌のある白檀の小箱: オーストリアの高名な政治家メッテルニヒの夫人がパリから夫に宛てた書簡、という形式をとっている。夫の浮気相手のロール・ジュノとその夫ジュノ将軍の夫婦喧嘩の顛末を皮肉たっぷりに書き送っている。自分の過去の浮気も隠さない豪胆なメッテルニヒ夫人。きっとメッテルニヒもニヤニヤ笑いながら読んでいるのだろう。哀れなのはジュノ将軍、ナポレオンに訴えても

一々連中の妻敵(めがたき)を討ってやっていたら、まともな仕事をする暇がないだろうが

と一蹴される始末。げに強気は女性なり。「内容はロール・ジュノの回想録による」と解題しているので本当にあった話らしい。

 

アナトーリとぼく: ぼくはくまである。くまだからひらがなとカタカナしかかけないのでぶんしょうはひらがなとカタカナでつづられていく。アナトーリというなまえからわかるように、これはトルストイの「せんそうとへいわ」をてっていてきにわらいとばしたさとうあきりゅうのかいしゃくである。さとうあきはかいだいでこういっている。

何度読んでもピエールは道徳フェチの糞ナルシストであり、救い難き利己主義者である。

 あのながいはなしをなんどもよんでいるんだ(わらい。

 

漂着物: ボードレールに寄せた散文詩である。見事な締め方に感服する。

 

『危険を孕まぬ人生は、生きるに値しない。サド侯爵、タレイランメッテルニヒ夫人、ボードレールetc.―歴史の波涛に消えた思考の煌きを華麗な筆で描き出した傑作短編集。 (AMAZON解説より)』

 

佐藤亜紀を読むシリーズ

バルタザールの遍歴

戦争の法

鏡の影

モンティニーの狼男爵

1809

天使

雲雀

ミノタウロス

醜聞の作法

金の仔牛

スウィングしなけりゃ意味がない