醜聞の作法 / 佐藤亜紀
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佐藤亜紀を読むシリーズ、今回は2010年発表の「醜聞の作法」。革命前のフランスはパリで起こる騒動を、いかにも翻訳フランス文学的な文章と書簡体小説という形式で描き出す。
実際ディドロの小説のパスティーシュ的な部分もあり、これを当時のフランスの小説の翻訳だと言われてもそのまま信じてしまいそうなくらい、佐藤亜紀の文章は相変わらず上手い、上手過ぎるといっていいくらいだ。
梗概については下記AMAZON解説を参考にしていただければいい。そして数多くのレビューで語りつくされているので詳しくは述べないが、今の世のSNS炎上と同じく、当時流行ったという「パンフレット」という形での「煽り文」で世間が炎上していく様を描いて、いつの世も変わらぬ
彼らが何を真実と考え何を出鱈目だと考えるかは、どちらということにした方がより面白いか次第、なのでございます。
という「醜聞の作法」をテーマとしている。もちろん、どこに落としどころを持ってきて、庶民を納得させるかも「醜聞の作法」ではあるが。
そしてそこに当時のフランス庶民の鬱屈した貴族への反感が含まれているのが、この小説のキモであり、こんなくだらない悲喜劇もフランス革命へ至る要因の一つなのだ、ということを佐藤亜紀は暗に示唆しているのだろう。
例えばB***とルフォンが連れていかれるV***の部屋の描写。
ルフォンは茫然と口を開けて(中略)天井に描かれたシテールの洞窟の風景を見上げ、私(B****)は幕を上げられたままのヴェニュスの嬌態に見入りました。(中略)この部屋を丸ごと売りに出したら、一体どれほどの値が付くものか。
という、当時の中身のない貴族の贅沢を容赦なく抉り出す。
技法的にもうまい。書簡体小説の形をとっているが、この小説の語り手といえるB***が依頼を受けた侯爵夫人へ送る「現実」の手紙と、うだつの上がらない弁護士ルフォンが描く「パンフレット」の「創作」をアトランダムに配置することにより、読む者は何が真実で何が虚構なのかが次第に分からなくなってしまう。騙されていると分かっていて騙される快感がそこにはある。それが頂点に達するのは、インド系の美少女で侯爵夫人の養女ジュリーを自分の囲い者にしようと侯爵に働きかける極悪貴族V****の正体が明らかになる部分だろう。
佐藤流の説明なしの衒学的文章も健在。例えばかの有名な、シャン・ゼリゼ通りにしてもChamps-Élysées(エリュシオンの園)という意味を分かっていないと、文章が理解できない。
以上、一見軽い小品に見えてまぎれもなく、佐藤亜紀、である。ファンにはやはりマストであるし、ファンであろうがなかろうが、この雰囲気を楽しまない手はないだろう。ある程度勉強が必要だけれど。
『さる侯爵が、美しい養女ジュリーを、放蕩三昧の金持ちV***氏に輿入れさせようと企んだ。ところが、ジュリーには結婚を誓い合った若者がいる。彼女を我が子同然に可愛がり育ててきた侯爵夫人は、この縁談に胸を痛め、パリのみならずフランス全土で流行していた訴訟の手管を使う奸計を巡らせた。すなわち、誹謗文を流布させ、悪評を流して醜聞を炎上させるのだ。この醜聞の代筆屋として白羽の矢が立ったのは、腕は良いがうだつの上がらない弁護士、ルフォンだった。哀れルフォンの命運やいかに―。猛火に包まれたゴシップが、パリを駆けめぐる。『ミノタウロス』の著者が奏でる、エッジの効いた諷刺小説。(AMAZON解説より)』
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