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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

1809 / 佐藤亜紀

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  佐藤亜紀の長編第五作「1809 ナポレオン暗殺」(1997)。前作「モンティニーの狼男爵 」に続き欧州が舞台。でもフランスの話じゃなくて、ナポレオンオーストリア攻めの頃のウィーンが主舞台。題名の通り、1809年の有名な「シェーンブルンの和約」の頃の混乱に乗じて仏墺の一筋縄ではいかない男たちが企むナポレオン暗殺計画を、否応なくそれに巻き込まれていくフランス軍の工兵隊アントワーヌ・パスキ大尉の目を通して描いていく。

 

  「天使」と同じころの作品だけあって、ついて来れる読者だけついてこい、のS的佐藤亜紀節全開である。これがたまらない。歴史的記述について説明一切なし。のっけからパスキ大尉は陰謀に巻き込まれているのだが、それはもう後の後になって分かる話。この頃の欧州の光と影を余すことなく語り尽くしていく中で徐々に手の内を見せていく。

 

  BL的とのレビューが結構多いが、あまりそんな感じはしない。もちろんその気のある男たちもいるが、脇役に過ぎない。ただ、出てくる男たちみな一癖も二癖もあることは事実。その中心にいるのがスタニスラウ・フォン・グラッツェンシュタイン=ヴィルカ公爵。彼が何故ナポレオン暗殺を思い立ったのか最後の最後で明らかになるが、凡庸なサスペンス小説のような単純なものではないのは当然にしても、これだけ性格がねじくれまくりながらも魅力的な人物を描き尽くすのは容易ではない。最初から出ずっぱりだが、見事な筆致ではある。彼の同志や駒となる様々な階級の男たちの細かい描き分け、自分の愛人でありながらパスキ大尉を引き込む餌として使われる、弟の妻クリスティアーネも魅力的。

 

 一方で佐藤亜紀ナポレオン・ボナパルトに関してはにべもない。

青白くむくんだ小男(中略)おそろしくひ弱な、ちっぽけな、指の先で虱のよううにひねり潰してやることもできそうな男

と形容している。さすが欧州史に通暁している佐藤亜紀だけのことはある。

 

  フランス革命の後、何故かこの小男がのし上がり、欧州全体を戦争に巻き込んでいく、その一断面を描いて見事な作品である。もちろん、ここでナポレオンが暗殺されなかったことは、普通に世界史を習ったものなら誰でも知っている。それでもグイグイ引きずりこまれてしまった。「天使」に負けず劣らずの佐藤亜紀の代表作ではないだろうか。

 

 

『1809年、フランス占領下のウィーン。仏軍工兵隊のパスキ大尉はオーストリア宮廷の異端児ウストリツキ公爵と出会い、ナポレオン暗殺の陰謀に巻き込まれていく。秘密警察の追及、身を焦がす恋―。激動期のヨーロッパをさらなる混沌に陥れようと夢見た男たちの、華麗で危険なゲームを精緻に描き上げた歴史活劇。  (AMAZON解説より)

 

佐藤亜紀を読むシリーズ

バルタザールの遍歴

戦争の法

鏡の影

モンティニーの狼男爵

天使

雲雀

スウィングしなけりゃ意味がない