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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

硝子のハンマー / 貴志祐介

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  先日TVドラマ「鍵のかかった部屋」の原作(同名短編集)の(やや辛口の)レビューをしたのですが、文庫本であと二作あるとのことで、乗りかかった舟、とにかく読んでみることにしました。

 

  まずは「硝子のハンマー」です。テレビでは本作が最終話で二週連続で放映されました。玉木宏のいい具合な汚れ方がカッコよくて、大野君との対決の演技も印象的でしたが、彼があんな仕事してれば「あ、この男が犯人だな」とみんな分かっちゃうという難点はありました。 。

 

   そのテレビドラマでは大金をせしめた榎本(大野君)が高飛びしちゃうのですが、原作ではこれが第一話でしかも600P近い長編小説でした。巻末インタビューを読むと、貴志祐介氏のミステリ初挑戦作で、綿密な取材を行い執筆に長い年月をかけたそうです。その結果好評を博し、2005年日本推理作家協会賞も受賞しておられます。。

 

 日曜日の昼下がり、株式上場を間近に控えた介護サービス会社で、社長の撲殺死体が発見された。エレベーターには暗証番号、廊下には監視カメラ、窓には強化ガラス。オフィスは厳重なセキュリティを誇っていた。監視カメラには誰も映っておらず、続き扉の向こう側で仮眠をとっていた専務が逮捕されて……。弁護士・青砥純子と防犯コンサルタント・榎本径のコンビが、難攻不落の密室の謎に挑む。(文庫本裏表紙解説)

 

  一読して感心したのは構成の妙で、第一部「見えない殺人者」、第二部「死のコンビネーション」の二部から成ります。

 

   第一部では、社長殺人事件の発生状況、経過、誤逮捕された専務の弁護を引き受けた美人女性弁護士青砥純子と防犯ショップ店長にて実は盗みのプロの榎本径との初めての出会いが手際よく描かれます。   そして密室トリックの探索といくつもの仮説の検討と破棄が重ねられた末、榎本がようやくこいつは、デッド・コンボだ!と密室トリックを見破るところまでで終了。

 

  第二部はいきなり犯人の視点に切り替わります。偽名に成りすましヤクザから逃げて故郷を後にし東京に出てきた事情、東京での生活と職にありつくまで、そして犯行を思いつき実行する過程が綿密に描かれます。その結果盗難と殺人は見事に成功するものの、疑心暗鬼に苛まれるようになり、最後は榎本の理詰めの問い詰めで窮地に追い込まれ、さらには決定的な証拠を示されて屈服します。

 

  犯人を第二部で早々に飽かしてしまうというリスクを追ってまでこの倒叙形式にしたのは正解だと思います。第一部で榎本と青砥のトライアル&エラー、介護ロボットという目新しいガジェット、ビル管理清掃のテクニックが既に十分説明されているので、興味をそがれることはありませんでした。

 

  インタビューによると、最初は犯人も違う人間で、このような構成も考えていなかったが、書いていくうちにこういう形になっていったそうです。結果的にこの犯人設定と構成は成功していると思いますし、著者渾身の綿密な取材と考え抜かれたトリックには敬服しました。

 

  もちろん主人公の魅力もこういうミステリの大事な構成要素ですが、TVドラマシリーズにもなったように榎本と青砥のキャラも既にこの作品で確立していますし、シリーズ化の要望があったことも頷けます。佐藤浩市(芹沢豪弁護士)をコミックリリーフとして立てたTVスタッフもさすがではありますが。

 

  ただ一点、私の専門分野である医学的考証には大いに異議あり。あまりたくさん言いすぎると嫌味になっちゃいますから、一点だけ。

 

脳外科手術で切った後の頭蓋骨は弱いので普通の人よりずっと弱い衝撃ですぐ死んでしまう

 

ことはありません。今回のトリックのような「デッド・コンボ」程度で死亡発見される可能性は極めて低いと思います。

 

  これだけ防犯や介護やビル管理やら薬剤やらの取材をしておきながら、直接死因に対する考証がなおざり過ぎる。とても残念です。

 

  とは言うものの、まあ私のこだわりは普通の方には関係ないことであり、小説的には☆四つ入れてもいい内容でした。また、玉木宏を犯人役にもってきて脚本を書き上げたテレビスタッフにも敬意を表します。たしかにマーブルさんのおっしゃる通りかなり忖度していましたけどね。