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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

ゴールデンスランバー / 伊坂幸太郎

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   伊坂幸太郎の代表作の一つ「ゴールデンスランバー(A MEMOERY)」です。今回「新潮文庫の100冊2020」のリストに入っており、本サイトでは未レビューだったので久々に読み直してみました。初出は2007年、ライトでウィットに富んだ独特の作風のミステリ作家という定評が確立しつつあった時期で、久しぶりの書き下ろし作品として話題を呼び、2008年本屋大賞と第21回山本周五郎賞を受賞しています。

 

  ケネディ大統領暗殺事件を下敷きに首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の逃亡劇を描いており、連作である「魔王」(2005)と「モダンタイムス」(2008)に挟まれた時期に書かれています。この三作とも権力による個人の弾圧、監視社会の恐怖を描いており、当時伊坂幸太郎の興味が「政治権力対個人」に向いていたことが分かります。

 

  タイトルは洋楽ファンならお馴染み、ビートルズ最後のスタジオ録音盤「アビイ・ロード」B面の「Golden Slumbers(黄金のまどろみ)」からとられています。このアルバム録音当時四人の心は離れてしまっており、ポール・マッカートニーはそれをもう一度つなぎとめようと曲を必死に繋いでメドレーに仕上げた。それと同じように本作の主人公は大学サークルで仲の良かった三人の助けを借りて逃走を続けます。

 

  それらのテーマ、プロット、音楽などが映画向きであり、2010年に映画化もされました。結構面白くて、ヒットもしたように記憶しています。今話題の第二弾「半沢直樹」で貫禄たっぷりに対決している黄金コンビ堺雅人香川照之ですが、実は10年前にもこの映画で対決していたんですよね。

 

  閑話休題、その映画の方は全体に時系列に沿って描かれていましたが、原作は五部構成で「事件のはじまり」「事件の視聴者」「事件から20年後」「事件」「事件から三ヶ月後」と時間を前後させて描かれています。そして最初の三章には能動的な意味では本作の主人公青柳雅春は登場しません。事件の概要を 俯瞰的にラフスケッチで描き、かつ先に総括してしまう という構成の妙が光ります。

 

  舞台はいつもの如く著者のホームグラウンド仙台。ただし、パラレルワールド的な設定で、首相公選制が取られており、またキルオという連続殺人犯対策としてセキュリティポッドが市内各地に設置され携帯電話をはじめ市民の行動は厳重に監視されています。その仙台出身の若くて将来有望な金田首相の凱旋パレードの日が端緒。

 

  第一部 「事件のはじまり」   主人公のサークル仲間で元恋人、今は一児の母である樋口晴子が喫茶店で友達とお茶しています。なんだかんだその後の伏線となることを喋っているうちにテレビでは金田首相のパレードが始まり、そこにラジコンが降りてきて爆発します。

 

第二部 「事件の視聴者」   舞台は一転して仙台市内の総合病院の整形外科病棟。暇を持て余した患者たちが延々見続けるTV、新聞等のマスコミ媒体を通してこの暗殺事件の発端から三日目早朝、主人公がついにTV画面に現れるまでが描かれます。この間のマスコミ報道は第三部冒頭に簡略にまとめられています。

マスコミは当然ながら、大騒ぎだった。今、落ち着いた目から見れば、たがの外れた狂騒だった、と言うことはできる。テレビや新聞は警察庁の発表を垂れ流し、真偽不明の一般人からの情報を次々と放送し、視聴者の感情を煽った。

その狂騒を手際よく描きつつも、ここにも伊坂流伏線が山ほど張られています。

 

第三部 「事件から20年後」   事件から20年後のルポの形式でこの事件を総括していますが、ケネディ大統領暗殺事件と同じく真相は100年非公開とされています。ただその時期には、もう誰一人青柳雅春が犯人だったと信じているものはおらず、金田首相の側近だった副首相、対立野党、仙台の首相支持者、果てはアメリカ政府までもが犯行勢力としてまことしやかにささやかれています。

 

  そしてこの事件の真相が見えてこない理由の最大のものに、関係者の多くが死亡しているということがあります。その例が次々と列挙され、薄ら寒いものを感じつつ、「事件」はいよいよ幕を開けます。

 

  ここまでが約100P。これをしっかり読んでおくことで、約550Pある第四章「事件」をより楽しめます。

 

最四部 「事件」   いよいよ本編です。各章の題名は「青柳雅春」か「樋口晴子」のどちらかであり、この二人の視点で第一、二章の真実が明らかになります。

  ごく簡単に言うと、青柳雅春は数年前宅配業中に暴漢に襲われていたアイドルを偶然にも助けたことで地元では顔を知らない人がいない有名人となりましたが、その時点で彼に目をつけて「オズワルド」に仕立て上げようとした勢力があり、何年にもわたる周到な準備の上そいつらが金田首相を爆殺したのだ、ということがジワジワ明らかになっていくわけです。

 

   その一方で大学時代の「青少年食文化研究会」(ファーストフード店めぐりして評価するだけ)のサークル仲間四人の回想シーンがノスタルジックに描かれ、そこにも勿論伏線が張り巡らされています。特に花火師との関わりはもう絶対後で出てくるな的に綿密に描かれています。

 

  残念ながら、この四人のうち、妻の借金故に青柳を事件に巻き込む役割を担わされた森田森吾はそれに耐えきれず「お前、オズワルドにされるぞ」と彼に告げて逃し、自らは首相爆殺と同時に爆殺されてしまいます。また一年後輩のカズは最初に警察勢力の手が回り激しい暴行を受け入院してしまいます。

 

  そんな状況下で青柳は知恵を振り絞り、体力気力の極限まで追い詰められながらも、樋口晴子やカズ、その周囲の一握りの人々、宅配業時代の友人などの助けを借り、信じ難いことながらキルオや第二章の整形外科病棟に入院している反社会勢力的な男までもが力を貸してくれ、マスコミも利用して彼は逃げ続けます。

 

  そして最後、詰んでいる寸前で最後の大博打に打って出ますが、果たしてその結末は?

 

  ハラハラドキドキで最終頁にたどり着き、そこで待っていた一番意外な人物とは?

 

第五章「事件から三ヶ月後」 青柳は警察発表では死んだことになっていますが、比較的穏やかに読むことができる章です。

 

  と言うわけで、もう読みはじめたら止まらないページターナーで、伏線の回収の仕方もこれぞ伊坂と思わせる鮮やかな手際なのですが、伊坂自身は解説の木村俊介氏のインタビューによると

 

今までと同じ方向で書いていては縮小再生産になってしまいかねないので、趣向を変えてそれまで敬遠していたハリウッド映画的な、物語の定形に沿ったものを敢えてやってみた、その結果意外にも伊坂幸太郎の集大成だと言われることも多く、しかもむしろ読者の数はこれまでも増えるという結果になった(要約して引用)

 

と述べています。具体的に言うと

 

・ あまり伏線回収にこだわり過ぎない

・ 風呂敷を無理に畳まない

 

という二点がそれまでの彼の作品と異なるということになります。確かに胸のすくような終わり方ではないし、犯行の真犯人もわからない、伏線もこれだけ回収すれば十分に思えますが、それでも確かに回収されていないところや、回収しきれずに斃れていった登場人物が多いのも気にはなります。

 

  そういう点やプロットの荒唐無稽さにコアなミステリファンからは随分批判もあったと記憶していますし、アマゾンレビューなんか見ても高評価と低評価にはっきり分かれていて、この作品の立ち位置がとても分かりやすい(w。

 

  私はこの作品が大好きです。再読してなおその感を強くしました。シンプルな感想ですみませんが、まあ、そう言うことです。伊坂先生、たいへんよくできました(花丸)!

 

 

衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ? 何が起こっているんだ? 俺はやっていない――。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。(AMAZON解説)