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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

狐火の家 / 貴志祐介

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   防犯探偵榎本シリーズ二作目です。一作目の「硝子のハンマー」が好評を博し、シリーズ化の要望に応えて書かれた4篇の短編をまとめたのがこの「狐火の家」で、さらに4篇を編んだのがカドフェスで読んだ「鍵のかかった部屋」ということになります。ちなみに計9作全てテレビドラマ「鍵のかかった部屋」でドラマ化されました。

 

  防犯ショップ店長にして盗みのプロでもある榎本径(TVでは大野智)と彼を泥棒と疑い(本作ではほとんど確信)ながらも頼らざるを得ない弁護士青砥純子戸田恵梨香)のホームズ&ワトソン的なコンビが「密室殺人事件」を解決していくわけですが、遊びのほとんど無いハードな長編であった「硝子のハンマー」から一転して、ここからの短編群はいい意味で肩の力が抜けており、このコンビのユーモラスな面が前面に出ており、なかなか楽しめました。

 

  余談ながら、青砥の携帯着信音はこのシリーズ全体の楽しみの一つで、音楽(特にロック)ファンは楽しめます。ちなみに「狐火の家」ではアリス・クーパーのダミ声で「The Telephone Is Ringing!」、いけてる〜(笑。

 

  ではテレビも思い出しつつ、四作品を簡単にレビューしてみます。

 

狐火の家」(TV Episode 7)

    名優にて演出家でもある吉田鋼太郎さんが被害者の父親役をやっていて印象深かった回です。

 

  長野県の片田舎の素封家の古い一軒家で父が帰ると娘の女子中学生が殺されていました。家全体が密室というのは無理があるように思われますが、たまたまその日は雨という気候や正面のリンゴ農園で近所のおばさんが仕事してたりといった条件が重なり実質上密室化していました。しかも不良家出息子の残したらしきライターについた匂いで警察犬に追尾させるもダメだったという、念には念をいれた設定となっています。

 

  よって、仕方なく、という感じで第一発見者の父が勾留され、その弁護、というよりは所属事務所の密室担当として、たまたま長野県のリゾートに合コン休暇で来ていた青砥純子が呼び出され、プンプン怒りながら愛車Audi A3で現場へ向かいます。最初は自分一人で密室トリックを解こうとした青砥でしたが、やっぱり無理で榎本を呼び出すという今後ルーチン化しそうな展開へ。

 

   一旦榎本を使って脱出可能であることを実証し、読者をミスリードさせるプロットは秀逸。「狐火」やポットン便所のでかい「クモ」(青砥純子は蜘蛛恐怖症!)などの舞台装置もなかなかいい雰囲気を醸している佳篇でした。

 

黒い牙」(TV Episode 4)

    ペット殺人事件。TVでは殺された被害者の妻を白石美帆さんが演じていて、嫁姑問題、離婚問題まで絡んでいましたが、原作はシンプルで一場面、短時間解決の短編でした。それだけに気持ち悪さ倍増、よく白石さん、あんな役やりましたね(汗。

 

  被害者は大事に育てていた「黒い牙」を持つペットたちのうちの一匹に咬まれて死んでしまったのですが、それはわざわざ借り上げて完全防備でドアを閉めてしまえば完全密室になるマンションの一室。

 

  登場人物は青砥純子と彼女にペットたちの引き取りを依頼した被害者の友人古澤(もちろんマニア)、そして被害者の妻の美香の三人だけ。榎本は電話でだけの登場(ちなみに青砥が最初に電話した時は「仕事中」)。

 

  青砥弁護士は榎本との電話のたびに外に出ては、喧嘩してる二人と「ペットたち」がゴロゴロいる部屋に恐怖に怯えつつ入らなければならない、その様が実にユーモラス。ついでに言うとメスのペットにはキャメロン、シャーリーズ、ニコールといった、チャーリーズエンジェルにでもできそうなステキな名前がついており、被害者がいかに彼女たちを愛していたかが伺えて微笑ましい(か?)。

 

  まあありえんくらい気色悪いトリックですが、これを一時間かそこらで解決されてしまうユーモラスな短編に仕上げた貴志祐介さんはエライ。

 

盤端の迷宮」(TV Episode 3)

    被害者の恋人の女流棋士相武紗季さんが演じ、ちょい役(それも竜王)で作者貴志祐介さんが特別出演された回でした。

 

  ホテルの一室で鍵ロックに加えてチェーンロックまでかかった状態で刺殺されていた将棋棋士。恋人の女流棋士は警察に三人の将棋関係者の名前を容疑として挙げます。しかし「硝子のハンマー」で登場した、泥棒榎本に情報を流してやる見返りに手伝わせる警視庁捜査一課のクセ者「ハゲコウ」こと鴻野警部補がわざわざ榎本を呼びつけて確認させても、密室は破れそうにない。

 

  さあ、犯人は誰?相武紗季がやるくらいでしょうからその恋人でしょうと思ったあなた、人間の棋士のような先入観は捨てて、将棋AIのようにあらゆる可能性を検証するように(笑。

 

  今回珍しいのは、というか、ここまでで初めてのパターンですが、青砥と榎本が真っ向から対立すること。これもなかなかいいパターンだなと思いました。

 

犬のみぞ知る」(TV Episode 8)

  フッフッフ〜、バカミス再び!

 

  というかこちらが先なんですが。実は「硝子のハンマー」で唯一の遊びネタとして、舞台となった介護サービス会社に松本さやかという副社長秘書がいて、内緒で副業で舞台女優をしているという設定がありました。その劇団の名前がなんと「土性骨(どしょっぽね)」。この名前には見覚えがありました。そう、最初に読んだ「鍵のかかった部屋」の4作目「密室劇場」のアングラ三流劇団です。「密室劇場」は一つの事件が解決して青砥が(無理やり?)劇団の演劇を見せられているところから始まります。

 

  ここまで言えばお分かりかと思いますが、そのミッシングリンクを埋めるのが本作なのです。劇団の主宰者が自宅で殺害されたが放し飼いの番犬がその殺害時刻に限って吠えなかった。アリバイがないのが3人でそのうちの一人が犬になつかれていた松本さやか

 

  もうこの作品に難しいことを書いても仕方ない。「密室劇場」に負けず劣らずのバカミスです。笑って読み流すべし。あえていうと、青砥が微妙に「天然」であるとすれば、女優として恥ずかしくない美貌の持ち主松本さやかはいい具合に頭のネジが抜けている。このあたりを楽しみましょう。残念ながらテレビでは松本さやかもこの劇団も出てこないんですよね〜。

 

  以上、なかなかよくできた推理ミステリだったと思います。なのになんで「鍵のかかった部屋」はあんなトンデモトリックになっていったのかなあ(嘆息。

 

  最後に一言だけ、短編でディテイルの書き込みよりトリックの謎解きに重きを置くようになると、(バカミスは別として)人の命をあまりにも軽く扱っているなという気がしないでもありませんでした。テレビドラマだとまあこんなもんかと流せますが、小説として読むにはちょっと辛い感じ。それならミステリを読むなよ、と言われればそれまでなんですが。

 

 

長野県の旧家で、中学3年の長女が殺害されるという事件が発生。突き飛ばされて柱に頭をぶつけ、脳内出血を起こしたのが死因と思われた。現場は、築100年は経つ古い日本家屋。玄関は内側から鍵がかけられ、完全な密室状態。第一発見者の父が容疑者となるが……(「狐火の家」)。表題作ほか計4編を収録。防犯コンサルタント(本職は泥棒?)榎本と、美人弁護士・純子のコンビが究極の密室トリックに挑む、防犯探偵シリーズ、第2弾!月9ドラマ『鍵のかかった部屋』原作!