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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

地下街の雨 / 宮部みゆき

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  宮部みゆきの現代小説はもう大概読み尽くしているのですが、ブックオフに行くとたまに「あ、これは読んだことがない!」という作品に出くわします。この「地下街の雨」も先日見つけた未読品で、調べてみると1994年集英社から出版された短編集で1998年に文庫化されていました。そして今回たまたま同社のナツイチ2020のリストに上がっており、コミュニティ企画参加も兼ねて読んでみました。

 

  が、う~ん、いくら比較的初期の作品とは言え、これは出来が悪いな~、というのが偽わらざる感想です。

 

  宮部みゆきさんはデビューまでに随分長い文学修行をされた方で、講談社の小説作法教室で山村正夫氏等の薫陶も受けられています。ですからデビュー当時からしっかりとした文章と巧みなプロットの小説を書いておられ、そこへ社会問題やSF要素などを巧みに取り入れて一流の作家になっていかれました。

 

  よって現代小説、時代小説、SF小説、長編、中編、短編、なんでもござれ、何を書かせても常に水準以上のクオリティを保てるオールマイティな方だと思っています。

 

  それだけに期待しすぎたのかもしれませんが、本作は「出来の悪いものだけ詰め込んだんじゃないか?」と訝るくらい面白くなかったです。確かに「小説作法」的には破綻はしていないんですが、彼女にしては読者への訴求力に乏しい。

 

  試しに同時期に出た短編集を調べてみましたところ、「ステップファザー・ステップ」「寂しい狩人」「鳩笛草」「人質カノン」などの錚々たる作品が揃っていますので実力がなかったわけでもない。さすがの宮部みゆきでも出来不出来のムラがあったのだな~と妙な感心をしてしまいました。

 

  とりあえず都会の片隅で夢を信じて生きる人たちを描く、愛と幻想のストーリー七篇を寸評してみます。

 

地下鉄の雨」 結婚直前で裏切られて失意のまま地下街の喫茶店でアルバイトをしている女性が主人公。その喫茶店に通ってくる謎の女。最初は同じ境遇で意気投合するも、段々とその異常性が露わになってきて。。。杉村三郎シリーズにとんでもない嘘つきのサイコパスの女がいましたが、この話はとんだしりすぼみの展開で、オチが弱すぎます。これが表題作とはつらい。

 

決して見えない」 雨の夜待てども来ないタクシー待ちをしている男の後ろに並んだ人の好さそうな老人の正体は?軽いホラーで、定石通りの夢オチ、そしてそのあと一ひねりはしてありますが、宮部に求められるクオリティではないですね。

 

不文律」 一家四人で海へ自動車で転落。常識的に考えて一家心中と思われますが、そこまでする理由がわからない。関係者のさまざまな証言だけで構成し、そこから真実を浮かび上がらせる手法はよく考えられてはいますが、真実が明らかになった時の衝撃に乏しかったです。

 

混線」 電話ストーカーを懲らしめる電話の精。その懲らしめ方がホラーでなかなか強烈ですが、そこへいたるまでの話が無駄に長い。

 

勝ち逃げ 」 一生独身で通した厳格な教師の伯母の死に際して明らかとなる失恋秘話。スケベな迷惑叔父の話を含めて前置きの状況説明がだらだら長く、今一つ盛り上がりにも乏しい。

 

ムクロバラ」 正当防衛で刺殺してしまった男の妄想に長年付き合わされて徐々に自分も蝕まれていく部長刑事。自分のためにも家族のためにもさっさと胃カメラ飲めよ、とツッコミたくなりました。

 

さよなら、キリハラさん」 耳の遠い祖母と親子四人計五人の騒々しい一家にある日突然、とんでもない事態が生じます。家の中に限り全員耳が聞こえなくなるのです。犯人は捜すまでもなく皆の前に堂々と現れ、銀河系共和国の元老院から派遣された音波Gメン「キリハラ」ですと自己紹介。ユーモアドタバタSF小説のまま突っ走ってくれたらよかったのに、種明かしが現実的過ぎでした。

 

  というわけで、なんと七篇すべて落第点!(個人の感想です)「宮部みゆきでもこういうことはある」ということが分かった短編集でした。  

 

 麻子は同じ職場で働いていた男と婚約をした。しかし挙式二週間前に突如破談になった。麻子は会社を辞め、ウエイトレスとして再び勤めはじめた。その店に「あの女」がやって来た…。この表題作「地下街の雨」はじめ「決して見えない」「ムクロバラ」「さよなら、キリハラさん」など七つの短篇。どの作品も都会の片隅で夢を信じて生きる人たちを描く、愛と幻想のストーリー。(AMAZON解説)