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続 ゆうけいの月夜のラプソディ

巴里マカロンの謎 / 米澤穂信

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  本が好き!で風竜胆さんがレビューしておられて、え、今頃新作?と驚きました。私の大好きな米澤穂信の11年ぶりの「小市民」シリーズ新作「巴里マカロンの謎(THE PARIS MAKARON MYSTERY)」です。

 

  ご存知ない方のために一応説明しておきますと、このシリーズは過去三作

 

「春季限定いちごタルト事件」

「夏季限定トロピカルパフェ事件」

「秋季限定栗きんとん事件」

 

と出ているので「冬季限定なんちゃら事件」を期待しているファンは多いのですが、今回は題名から推定できるように番外編的なものです。そして収録されているうちの

 

「巴里マカロンの謎」

「紐育チーズケーキの謎」

「伯林あげぱんの謎」

 

の三篇は随分前に雑誌に掲載されたもので、私も読んでいました。新作は

 

花府シュークリームの謎

 

一本のみ。ちなみに花府とはフィレンツェのことです。

 

  ちなみに本編三作は題名の甘ったるさとは裏腹に相当ブラックな作品なのですが、本作は比較的お気楽に読めます。

 

 

 

       と、これだけ語ってきて今更ながら的に、とってつけたように「小市民シリーズ」をごく簡単に説明しますと、

 

「恋人の関係では全くない船戸高校生小鳩常悟朗小佐内ゆき。かたや鋭すぎる推理力を封印するため、かたや見かけとは正反対のトンデモな性癖を封印するため、互恵関係を結び、大人しく目立たず「小市民」たらんと行動を共にする。が、どういうわけか、というか、お約束というか、事件に巻き込まれてしまう。そこには小佐内さんの大好きなスイーツが必ず絡む。」  

 

 ということになります。米澤穂信らしく本編三作は題名の甘ったるさとは裏腹に相当ブラックな作品なのですが、本作は小佐内さんのブラックな部分が抑えられているため、比較的お気楽に読めます。そしてキーパーソンは高名なパティシエの娘古城秋桜(こぎこすもす、すごいネーミング)です。

 

  「巴里マカロンの謎」では名古屋にできた秋桜の父の店で、小佐内さんが頼んだより一つ多くマカロンが出てきて二人でその謎を解きます。当初スピンオフ的に単発で出た作品ですが、今回の構成では秋桜の紹介的な役割を担っています。

 

  「紐育チーズケーキの謎」では秋桜の中学の文化祭で、とある体育系クラブの事件にふたりが巻き込まれます。ちょっと無理がありすぎる気がします。

 

  「伯林あげぱんの謎」は唯一秋桜が関与しません。船戸高校新聞部で起きたどうでもいいような事件を小鳩がクソ真面目に解決します。犯人(=ある意味被害者)は容易に想像がつきますがそのネタあかしには、なる程と首肯。

 

  「花府シュークリームの謎」では未成年飲酒という無実の罪を着せられた秋桜のためにふたりが奔走します。四作の中でも比較的出来がよく、かつ古城家で燻っていた某家庭事情まで解決してあげることになります。

 

  こう書いてしまうと、他愛無い作品集のように思えますが、実際そうかもしれませんが、そこはそれ、そうですな~、 いきなりの突飛な比喩で恐縮ですが、 南海キャンディーズの山ちゃんのような、一見自嘲的でいて実はシニカルな小鳩常悟朗の語り口はクセになること請け合い。

 

  あとはほんと「冬季限定なんちゃら」だけですね。「時の娘」へのオマージュとなる事だけは宣言している米澤穂信ですが、歴史推理とスイーツの整合性を取るのに苦労してるのかも。。。

 

 

11年ぶり、シリーズ最新刊!創元推理文庫オリジナル
そしていつか掴むんだ、あの小市民の星を。
謎に遭遇しがちな小佐内さんと、結局は謎解きに乗り出す小鳩君
手に手を取って小市民を目指すふたりの高校生が帰ってきました!

ここにあるべきではない四番目のマカロンの謎、マスタードが入った当たりのあげパンの行方。なぜかスイーツがらみの謎に巻き込まれがちな、小鳩君と小佐内さんの探偵行。「小佐内先輩が拉致されました! 」「えっ、また」?お待たせしました、日々つつましく小市民を目指す、あの互恵関係のふたりが帰ってきます。人気シリーズ11年ぶりの最新刊、書き下ろし「花府シュークリームの謎」を含めた番外短編集。四編収録。(AMAZON解説)

 

 

世にも奇妙な君物語 / 朝井リョウ

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  もう「その昔」と呼ばないといけないのかと時代の流れを感じますが、フジテレビが隆盛を誇っていた頃の看板番組の一つに、タモさんが司会進行役をつとめる「世にも奇妙な物語」がありました。日本版「ヒッチコック劇場」とでもいうべき内容で、君塚良一三谷幸喜をはじめとして錚々たるメンバーが脚本を担当していました。

 

  朝井リョウもこの番組が好きでよく観ていたそうです。そして自分でもそういうコンセプトで書いてみたいということでできたのがこの「世にも奇妙な君物語」です。二時間ドラマ原作程度の内容ですので当然短編集となり、

シェアハウさない

リア充裁判

立て!金次郎

13・5文字しか集中して読めな

脇役バトルロワイヤル

の五篇が収録されています。

 

  ブラックあり、ツイストあり、キレの良いオチありで確かにこれは二時間ドラマにすれば面白いだろうなという作品ばかりでした。ただ、時間に制約のあるテレビドラマを意識しているので小説としてはやや荒っぽい印象を受けます。ただそういう四編が続いた後に種明かし的でコミカルな作品で締めるあたりはリョウらしいうまい構成です。

 

  もちろん上にあげた脚本家をはじめとしてこれくらいの作品を書ける人はゴマンといると思いますが、どの作品を読んでもやっぱり朝井リョウだなあ、と思わせる個性、これがリョウファンにとっては魅力ですね。

 

  それは例えば題名の付け方のうまさ(「13・5文字しか集中して読めな」などは特に秀逸)だったり、ツイストのタイミングのうまさ(「リア充裁判」の二段階ツイストはうまい)だったり、彼独特の視点の転換だったりします。シェアハウス、SNS、モンペ、ネットのジャンクニュースなどのいかにも現代的な流行をテーマとしても、一見批判的に話を進めていきながら、ある時はちょっと見る角度を変えて読者を戸惑わせ、ある時は180度転換して主人公の背後から襲いかかってみる。紛れもない朝井リョウの個性がそこには現れています。

 

  ですから、朝井リョウファンには安心してお勧めできますし、「世にも奇妙な物語」的なライトミステリを読みたい方にもお勧めです。

 

  そうそう、二時間ドラマと言えば常連の脇役俳優がいますよね、この脇役にあの俳優をあててみればどうかな、とか思いつつ読んでおくと、「脇役バトルロワイヤル」がより楽しめますよ。

 

オチがすごい! いくつもの書店で週間ランキング1位に輝いた話題の小説!異様な世界観。複数の伏線。先の読めない展開。想像を超えた結末と、それに続く恐怖。もしこれらが好物でしたら、これはあなたのための物語です。待ち受ける「意外な真相」に、心の準備をお願いします。各話読み味は異なりますが、決して最後まで気を抜かずに――。では始めましょう。朝井版「世にも奇妙な物語」。 オチがすごい・・・! いくつもの書店で週間ランキング1位に輝いている話題作★ 異様な世界観。 複数の伏線。 先の読めない展開。 想像を超えた結末と、それに続く恐怖。 もしこれらが好物でしたら、これはあなたのための物語です。 待ち受ける「意外な真相」に、心の準備をお願いします。 各話読み味は異なりますが、決して最後まで気を抜かずに――。 では始めましょう。朝井版「世にも奇妙な物語」。

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【ミステリ書評家・村上貴史氏】 世界の異様さ、息苦しさで読む者の心をとらえ、先の読めない展開でページをめくらせ、 その展開について終盤で「なるほど」と納得させる。 実に鮮やかで巧妙な読者コントロールだ。そしてそれだけでは終わらない。 最後にもうひと味。いやはや、恐れ入った。やるせない衝撃に圧倒される。

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Tender Is the Night / F. Scott Fitzgerald

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Already with thee! tender is the night,

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 But here there is no light,
  Save what from heaven is with the breezes blown
   Through verdurous glooms and winding mossy ways.
(Ode to a Nightingale by John Keats)

 

すでにして汝(なれ)と共に!夜はやさし

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  されどここには光なし、
 ただあるものは空の偏り木の下闇をくぐりぬけ
  うねりまがりて苔むす道に吹き通う
   そよ風の伴い生きたるもののみ。
  「夜鶯に寄する詩」 (谷口陸男訳 上巻 p8)

 


  このところ、読書スランプで本を読む気が起きないという状況なのですが、そんな時は何度も読み返している作品をぼっと流し読みしながら回復を待つことにしています。それは例えば漱石であったり太宰であったりオースターであったり、そしてこのフィッツジェラルドであったり。というわけでこの一月ほどはずっとこの「Tender is The Night」を流し読みしていました。

 

  この作品はスコット・フィッツジェラルドがもう落ち目となり全盛期の浪費で経済的に困窮、おまけに妻ゼルダの精神病院入院費も稼がねばならずといった状況で起死回生をかけて書き上げた作品です。


  キーツの詩の一節から題名を取るあたり、本人としては相当の自負と自信があり、ゼルダも絶賛したのですが、残念ながらもう時代遅れの作家のレッテルを貼られていた彼に追い風は吹きませんでした。

  そこでやけにならないのがスコットの自分の作品に対して誠実なところでもあり、わかっていないところでもあったのですが、彼はこの小説の構成が読者には分かりにくかったのだと考え、再構成にかかります。残念ながらその途中で彼は急死してしまい、代わりに文芸評論家マルカム・カウリーがスコットの遺した指示に従って編集したものがいわゆる「カウリー版」として流布することになります。ちなみにオリジナル版が三部構成であるのに対して、カウリー版は五部構成となり、時系列を整理したのが特徴です。

 

  この辺りの経緯は村上春樹氏の「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」に詳しく書かれているのですが、氏もこの作品がベタなメロドラマだと認めた上で「不思議な徳がある」作品だと評しておられたと記憶しています。

  確かに「The Great Gatzby」のような完璧な構成でもないし、鳥肌が立つような修辞を尽くした終文でフィニッシュを決めるわけでもない。構成がオリジナル版からカウリー版になったからといって特段良くなったわけでもない。それでもやっぱり何度も読み返したくなる、不思議といえば不思議な小説です。スコットとゼルダ二人の盛衰という悲しいバックグラウンドを知っているから故のことかもしれませんが、確かに「不思議な徳がある」小説です。

 

  とにもかくにも稀代の美文家であったフィッツジェラルドの文章はさすがの一言、逆にいえばかなり長い原文を読み通すことは結構骨です。そこで私が困ったのは、今述べた二つの版の存在。私が昔買ったWordsworth Classicsのペイパーバックはオリジナル版、そして唯一の邦訳、もう絶版になっていますが谷口陸夫先生訳の角川文庫版はカウリー版なのです。

 

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私の持っているペイパーバックの表紙

  そこで今回はオリジナル版の三部構成の冒頭を紹介しつつ、私見を述べたいと思います。

 

Part I Chapter I

On the pleasant shore of the French Riviera, about half-way between Marseilles and the Italian border, stands a large, proud, rose-colored hotel. Deferential palms cool its flushed facade, and before it stretches a short dazzling beach......

フランス領リヴィエラの海岸で、ほぼマルセイユとイタリア国境の中間に、堂々たるばら色の大ホテルがある。きらきら輝くその正面には棕梠の木立がうやうやしくかしずき、ホテルの前にはせまくてまばゆい浜辺が広がっている。(第二部 ローズマリーの視角 一九一九年−一九二五年 第二章 上巻p95)

 


  オリジナル版では真夏の陽光が眩しく降り注ぐ南仏リヴィエラを舞台として幕を開けます。私はこの明るい幕開けの方が断然好きですね。それがカウリー版になると、時系列に沿うため、第二部第二章という目立たない場所に収納されるため、この文章のインパクトが随分損なわれている印象を受けます。

 

one June morning in 1925 a victoria brought a woman and her daughter down to Gausse's Hotel......

一九二五年七月のその朝、一台の四輪車が一人の夫人とその娘をガウス・ホテルに運んで行った。(同p96)

 

However, one 's eyes moved quickly to her daughter, who had magic in her pink palms and her cheeks lit to a lovely flame, like the thrilling flush of children after their cold bath in the evening. Her fine high forehead sloped gently up to where her hair, bordering it like an armorial shield, burst into lovelocks and waves and curlicues of ash blonde and gold. Her eyes were bright, big, clear, wet, and shining, the color of her cheeks was real, breaking close to the surface from strong young pump of her heart. Her body hovered delicately on the last edge of childhood - she was almost eighteen, nearly complete, but the deep was still on her.

(夫人の色香の失せた顔を描写したあと)とはいえ、見る人の眼はたちまちその娘にとび移ってしまう、彼女のピンク色に見えるてのひらと両頬は、不思議な美しさをもっていて、まるで夕方の冷水浴をすませた子供の紅潮した肌みたいに、かわいいほのおを燃やしている。その美しくて広い額が品のいいスロープを描いて上がりきったところに、紋章のようにくっきりと、うす色の金髪があり、それが突如としてウェーブとなり、カールとなりラヴロック(つくった巻毛)をつくっている。眼は明るく、大きく、澄みきって、ぬれ輝いているし、頬の色はいきいきとして、彼女の若々しい心臓の鼓動がじかにあふれ出たように見えた。彼女のからだは子供が大人になりきろうとするところで、ほとんど大人ではあったが、子供らしさもまだ消え去ってはいない。(同p96-7)

 

  そして、そのリヴィエラにやってきた若手女優の Rosemaryローズマリー)の紹介文が続きます。フィッツジェラルドとしては自信たっぷり思い入れたっぷりなのが笑えるくらいよくわかる長文ですが、もうそれが小説としては時代遅れになっていることを世間の反応で思い知らされることになる。。。ちょっと痛々しい気もします。


  しかしその煌めくような原文は見事なもので、この心地よいリズム感は邦訳が極めて困難で、さすがの谷口氏をもってしてももったりとした文章にならざるを得なかったことがこの引用文でわかっていただけるかと思います。

 

  さて、このローズマリーがこの地でディックとニコル夫妻と知り合い、華やかな雰囲気のなか交流を深める間に美男の精神科医ディックにローズマリーは惹かれていきます。一方、美しく神秘的な妻ニコルの驚愕の秘密を第一部の最後にローズマリーは知ることとなります。
  これがカウリー版だと、それまでにニコルの病気とディックとの結婚の経緯などがわかってしまっているので、ストーリー展開が分かりやすい分、ミステリー 的な要素が損なわれています。私としてはミステリアスな雰囲気を持つオリジナル版第一部を推します。


Part II Chapter I

In the spring of 1917, when Doctor Richard Diver first arrived in Zurich, he was twenty-six years old, a fine age for a man, indeed the very acme of bachelorhood. Even in war-days, it was a fine age for Dick, who was already too valuable, too much of a capital investment to be shot off in gun.

一九一七年の春、ドクター・リチャード・ダイヴァーは初めてチューリッヒにあらわれた、ときに年二六歳、男として申し分のない年齢であり、まさしく独身時代の最盛期にあたる。戦時下ではあったが、ディック(リチャード)にとっては申し分のない年齢にかわりはなかった。すでに彼の体には莫大な投資がおこなわれ、値打ちがつきすぎて、銃丸の的にはむかなくなっていたからだ。(第一部 診断資料 一九一七年−一九一九年 第一章 冒頭 上巻p8)

 

Switzerland was an island, washed on one side by the waves of thunder around Gorizia and on another by the cataracts along the Somme and the Aisne.

そのころスイスは孤島のごとき存在で、一方の岸にはゴリーツィア争奪戦の怒涛がうちよせ、反対側はソンム河とアンヌ河のこう水にさらされていた。(同 p8-9)

 


  オリジナル版では真夏のリヴィエラから一転して第一次大戦後のスイスに舞台を移すこととなります。この暖色から寒色への舞台転換は見事だと思うのですが、カウリー版ではこの文章から始まることで時系列に沿って起承転結を整理しています。


  この章で美男頭脳明晰な完璧な男性として登場するディック・ダイヴァーが、同僚医師がさじを投げた精神疾患患者である美貌の富豪の娘ニコルを立ち直らせ恋仲となる、この作品中でもハイライトとなる美しく切ないパートで、ここを先に持ってきたスコットの意図は十分うなづけるところではあります。

 

  カウリー版での第一部の最後、この禁断の恋の果てにディックが彼女と生涯を共にする決心をする場面はこの小説の一つのハイライトです。

 

They made no love that day, but he felt her outside the sad door on the Zurichsee and she turned and looked at him he knew her problem was one they had together for good now. (Part II Chapter IX p138)

その日二人は愛を語ることはなかったが、チューリッヒ湖畔の物悲しい戸口の外に彼女をおろし、相手が振り向いて彼をじっと見たとき、この人の問題は二人が永久にいっしょにになうべき問題なのだと彼はさとった。(上巻 p89)

 


  'for good'という熟語の例文にしたいほどのいい文章です。

 

Part III Chapter I

Frau Kaethe Gregrovious overtook her husband on the path of their villa. 'How was Nicole?' she asked mildly; but she spoke out of breath, giving away the fact that she had held the question in her mind during her run.
Frantz looked at her in surprise.
'Nicole is not sick. What makes you ask, dearest one?'
'You see her so much. - I thought she must be sick.'
'We will talk of this in the house.'

ケーテ・グレゴロヴィウス夫人は自宅の小路で夫に追いついた。
「ニコルの容態はどうでしたの?」その聞き方は控え目だったが、息をきらせながらしゃべっているところを見ると、走っているときからその質問を胸にもっていたことがわかった。
フランツはびっくりして彼女を見つめた。
「ニコルは病気じゃないよ。どういうわけでそんなことをきくんだい、君は?」
「あなたがしょっ中かかりっきりでしょーだから病気にちがいないと思ったの」
「そのことは家に入ってから話そうよ」
(第五部 帰郷 一九二九年 ー 一九三〇年 第一章 下巻p120)

 
  オリジナル盤では第三部冒頭、カウリー版では第五部途中となる文章です。イタリアで酒と女で不始末をしでかし帰れないディックの代わりにニコルの面倒を見ているのが、同僚医師のフランツです。


  転落していくディック・ダイバー、対照的に精神疾患から離脱していくニコル、二人が対照的に描かれていきます。二人は結局離れ離れになり、ニコルはトミーという男性と結婚します。それでも彼女はディックと連絡を取りあい、渡米したディックのその後が簡潔に報告されて物語は終わります。

 

  ギャッツビーのような悲劇的な最後に終わらないことで、ギリギリ安直なメロドラマに堕していない。そこがスコット・フィツジェラルドの最後の矜恃であったのでしょう。

 

When she said, as she often did, 'I loved Dick and I'll never forget him,' Tommy answered 'Of course not - why should you?'

 

  

  以上、第一世界大戦後の欧州を舞台とした’Tender'で悲しくも美しいフィツジェラルド渾身の長編小説で、個人的には原書をオリジナル版で読まれることをお勧めしますが、谷口先生の平仮名を多用した分かりやすい訳も秀逸です。図書館やオークションなどで手に入ると思いますので是非ご一読ください。

  オリジナル版とカウリー版の比較、原文と邦訳の比較をしながらの紹介でまた随分長くなってしまいました。お付き合いありがとうございました。

 

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角川文庫 谷口訳 上下二巻

 

Marantz PM-10 購入

    先日貸し出し試聴させて頂いたマランツのプリメインアンプPM-10、ルーツサウンドさんを通じて正式注文していたのだが、昨日無事到着した。

 

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  アキュフェーズほどではないが、立派で頑丈な箱に収まっている。白はSA10も同じだったので、マランツ色かな。

 

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開封

 

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出ました、まっさらの個体。

 

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ブルーのバックライトと、天板越しのレッドのLEDが綺麗である。

 

早速音出ししてみると、たった10分ほどで驚くほどの美音になった。試聴機を早や超えているではないか。試聴機との違いは付属の電源ケーブル(試聴機にはついてなかった)くらいなのだが、これは嬉しい誤算。

 

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  鳴らし続けていると、音場も広くなってきて、ドライブ力も発揮してきた。

 

  今日は色々なソフトを取っ替え引っ換え聴くつもり。

 

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  やはり純正ペアが一番なのだなぁと再認識。もう少し聴き込んで、最終的にはこのラックにPM10も収納してスピーカー周りをスッキリさせて断捨離を終わりたい。マランツから頂いたオーディオクエストのラインケーブルWATERも有効に使いたいしね。

 

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  そのために長いSPケーブルが要るのだが、これはまたルーツさんにJIVEでお願いするつもり。というか、そういう配置を勧められているんだけど。

 

 

  

 

 

 

KOJO TECHNOLOGY 医療用タップ MKI-4

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  現在使っているオーディオ用タップはハッベルの4個口のしっかりしたものだが、もう20年以上使用しており、さすがに経年劣化は否めない。

 

  そこでオーディオ断捨離を機にこれも買い換えることにした。オーディオ用と称するバカ高いタップはもとより眼中になかったが、かと言って安物のプラスチックのものでは心許ない。ということで、職業柄手に入る医療用タップを物色。耐久性が高く金属製のものを探していてIMIのMKI-4が良さそうと思われた。

  実はこれ、私が使っているクリーン電源Fairyなどでも有名な青森のKOJO Techこと光城精工が作成している。KOJOのオーディオ用タップも高価だがこれなら防塵キャップも含めて10,000円程度。

 

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  というわけで2、3週間前に注文したが、欠品とのことでなかなか来ず、ようやく二月三日に届いた。思ったより箱が大きく驚いた。

 

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  タップは冒頭写真の通り、しっかりした作りである。4色あるがフローリングで目立たない茶色を選んだ。裏にはしっかり光城精工の文字があるが、残念なことに青森ではなく台湾で生産しているようである。

 

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 医用コンセントプラグは明工社製ME 2591、透明なタイプである。医用なのでコードグリップをはじめ各所は一般品に比べて格段に強化されている。

 

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オプションのキャップも購入。3個入り。

 

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  早速J1プロジェクトの壁コンに繋ぐ。当然ながら噛み込みはガッチリしており、コードとの連結部もしっかりとして安心感がある。

 

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  同じ光城精工のFairyのコードを差し込む。相性が悪いはずもなく、音がよりクリアになったような。まあ、プラセボでも別に構わない。安全と信頼性が第一。

 

 

 

 

Marantz PM-10 貸し出し試聴

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   Marantz SA-10を購入した時から対になるプリメインアンプPM-10のことは気になっていたのだが、SA-10自体は素晴らしいプレーヤーだが物理的特性としてマランツとアキュの相性があまり良くない感じがする(特に音量調整)ことが気になった。そこでルーツサウンド さんにお願いして、PM-10を貸し出し試聴を打診したところ、貸し出していただけることになった。D&Mホールディングス とルーツサウンドに深く感謝申し上げます。

 

  PM10に関しての詳細は

・ Marantz オフィシャルHPのPM-10紹介サイト

・ファイルウェブの「開発者に聞く」サイト

に譲るが、究極のミニマル構成とダウンサイジングを目指すオーディオ断捨離計画にとって、スイッチングアンプをパワー段に採用したプリメインアンプというのは非常に魅力的であった。

 

 ちなみにPM-10は21.5kgで、約50kgのP7300に比して半分の重さで一回り小さい。当然ながらSA-10と縦横は同サイズ、同デザインになっている。冒頭の写真では遠近法で少しわかりにくいが圧倒的に扱い易い。

 

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   デザインも機能もミニマル、シンプル美の極致、ブルーのバックライトが美しい。ちなみに左が入力セレクター、右がボリュームコントロールであるが、ほとんどリモコンで操作するため触ることはほとんどない。

 

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   後面の入力端子、スピーカー端子とも高級感あふれる作りで、この辺はアキュフェーズ と全く遜色はない。

 

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   天板にはメッシュの放熱窓が設けられている。写真ではわかりにくいかもしれないが、写真上端に赤色LEDが光っていて綺麗である。このLEDを使用した理由として、ファイルウェブの対談で村山氏が「オーディオ回路上でダイオードとして使っている」と語っておられる。ちなみに赤は青よりノイズが少ないそう。

 

  中央後ろ1/3にはHypex社のNcore NC5001が4基設置され、パワー段の左右独立かつBTLのスイッチングアンプとなって片チャンネル400W(4Ω)を叩き出している。電源部は写真手前の方でトランスはない。

 

  写真上の方を占めるのがディスクリートで組んだプリアンプの基板で、この写真では見えないが中央前のプリアンプ用のトランスが主な放熱源である。ただ、長時間使用しても気になるほどの発熱はない。

 

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   さて、ルーツサウンド さんで受け取り、持ち帰って早速ぽん置きで音出ししてみたのだが、驚いたことに、いきなりほとんどアキュのC3800+P7300と変わらない音色とドライブ力で音楽が流れてきた。

 

  当初はそのまま試聴して返すつもりだったのだが、俄然やる気が起き、早速正式にセッティングした。台はウェルフロートボード。

 

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   2日間エージングしつつ聴いてみたが、ドライブ力はP7300に全く劣らない。というか、P7300では膨らみすぎてかえって聞き辛くなっていたのではないかと思えるほど。おそらく前のディナウディオ・サファイアでは低音がP7300に比べれば物足りなかったかもしれないが、アッコルドにとってはジャストフィットのドライブ力である。

 

  さてプリ部はどうか。確認のためPM-10をパワーダイレクトでパワーアンプとして使用し、SA-10との間にアキュフェーズ のC3800を入れてみた。確かに音の深みや音場の奥行きといった点で向上することは間違いない。

  しかし音の色付けを極力廃してアンプ段を無色透明とし、スピーカー本来の魅力を最大限に引き出すという方向性がC3800とPM-10で一致していることは再確認できた。

  マランツ・アンバサダーの澤田氏は「まだまだ無色透明でなくすりガラス」と謙遜されているが、私がアキュフェーズ史上最高のプリアンプと信じているC3800と同等に近い能力を有しているのは立派なものである。

 

  そして一日二日と聴き込むうちに、より滑らかで美しい音に変化してきた。DSD録音などは音の木目が細かく、軽やかに音の微粒子が舞うような美しさがあり、アキュではどうしても破れなかった殻を突き抜けた気がする。カタログ的に言えば、これが動的過渡特性が良い無帰還スイッチングアンプのアドバンテージなのだろう。

 

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   ということで究極のミニマル構成

 

 Loudspeakers:  STUDIO FRANCO SERBLIN Accordo

SACD/CDP+Digital Inputs:  Marantz SA-10

Integrated Amplifier: Marantz PM-10

 

で最終形となることでほぼ決まり。故障修理の面でアキュより心配ではあるが、とりあえず3年保証があればいいだろう。

 

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   リモコンもこれひとつで事足りるのはありがたい。 

 

 

 

 

 

武道館 / 朝井リョウ

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  朝井リョウの作品をボツボツと読み進めているが、今回はこの「武道館」。AKB48が隆盛を極めた時代の女性アイドルグループの成立から「武道館」公演を成功させるまでを、いつものようにちょっと斜に構えるのではなく、もうど真ん中どストライクを狙った直球一本勝負、というくらいけれん味を排除し真面目に描いていて驚いた。

 

 「武道館ライブ」を合言葉に活動してきた女性アイドルグループ「NEXT YOU」。さまざまな手段で人気と知名度を上げるが、ある出来事がグループの存続を危うくする。恋愛禁止、炎上、特典商法、握手会、スルースキル…“アイドル”を取り巻く様々な言葉や現象から、現代を生きる人々の心の形を描き表した長編小説。(AMAZON解説)

 

  私の世代から見ると、AKBの所謂「秋元商法」は卑怯というか悪どいというか、年端もいかない少女たちを一束いくらで売りにかけ消費者を思いのまま操っている、という印象しかなかった。この作品でも名前は出さずに触れられているが、2013年に「恋愛禁止」などという人権無視のルールを破った、というだけで峯岸某という女性が丸坊主になったのは強烈な嫌悪感を覚えたものだった。

 

 しかしそんな世界でも、入ってくる女の子たちは必死で頑張っているのだし周囲のスタッフたちも彼女たちを本物にしてグループとして長続きさせるべく奮闘しているのだというところを、先ほど述べた恋愛禁止のみならず、炎上、CD特典商法、握手会、スルースキルと言ったAKB以降の風潮を取り入れつつ、朝井リョウは活写していく。

 

 主人公たち、「武道館ライブ」を合言葉に活動してきた女性アイドルグループNEXT YOUのメンバー

アイドルに憧れてこの世界に入るも幼馴染大地への恋心に揺れる主人公愛子

センターでリーダー格ながら、影を帯びた美女(あおい)、

最も芸歴が長く炎上してもそれをスルーできる波奈(はな)、

一番年下ながら年齢を重ねるにつれ心身ともに成長していくるりか

太るのが嫌で極端なダイエットに走り周囲を心配させる真由(まゆ)、

五人五様の個性も上手く書き分けられている。

 

  苦難を経ながらも成功の階段を登っていき、波奈の卒業を祝う武道館公演が間近に迫ったある日、碧と愛子の恋愛がすっぱ抜かれ、最大の危機をNEXT YOUは迎える。。。一転して最終章は武道館公演を仕切るイベントスタッフの視点で語られ大団円を迎える。そこにやっと作者らしい仕掛けがしてあるのだが、これは読んでのお楽しみ。

 

  女性アイドルグループの話で涙腺が緩むとは思いもしなかった。さすが朝井リョウである。やや楽天的というか、肯定的過ぎる感もあるが、今に続いているアイドル商法について一石を投じた、良い作品だと思う。