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備忘録、採点表

昨日がなければ明日もない / 宮部みゆき

⭐️⭐️

  宮部みゆきの杉村三郎シリーズ第五弾。私立探偵になって初めての「希望荘」に続き再び短編集で出版された。昨年末の単行本化なのでようやく現在まで追いついたことになる。

 

 杉村三郎vs.“ちょっと困った”女たち。自殺未遂をし消息を絶った主婦、訳ありの家庭の訳ありの新婦、自己中なシングルマザー。『希望荘』以来2年ぶりの杉村シリーズ第5弾!(AMAZON解説より)

 

絶対零度

  中編と呼んでいいくらいのボリュームであるが、ここまでの布石が効いて、杉村三郎というキャラクタ設定・人脈・周囲環境が確立しているので、内容にすっと入っていけてサクサク読める。ようやく私立探偵ものとして安定してきた感がある。

  AMAZON解説にあるように、自殺未遂をして消息を絶った女性の母の依頼により杉村三郎が動き出すのだが、早々に夫婦による自作自演の可能性が出てきてそこには大学の先輩もかんでいることがわかり。。。

  と、今回は速いテンポで話が進む。杉村三郎も多少の駆け引きや嘘は平気になってきているのが好ましい。とはいえ後半には話は陰惨となり、新たな殺人事件が起こり、気が滅入る様な事実が明らかとなる。宮部らしいといえば宮部らしい悪の描き方だが食傷気味ではある。

  ちなみに飛び道具である蠣殻オフィスの木田ちゃんを利用し過ぎ。彼がいれば何でもわかっちゃうというのはミステリの興を削ぐ。

 

華燭

  題名通り、結婚式をめぐる騒動に杉村三郎が巻き込まれる話。同じホテルの同じ階の二つの式及び披露宴がトラブルに見舞われるというのは、いくら何でも無理がありすぎる。宮部の最後の種明かし説明もさすがに説得力がない。

  面白いのは大家さん夫人「ビッグ・マム」が本格的に登場してさすがの貫禄を見せるところ、くらいか。

 

昨日がなければ明日もない

  本のタイトルになっている作品。「名も無き毒」の原田いずみや「楽園」の両親に殺された不良娘を彷彿とさせる、どうしようもない性悪自己中のシングルマザー登場で早速辟易。

 

  我慢して読んでいると中盤から不良娘の「妹」が出てくる。どうしようもない不良の姉と出来のいい妹というのは「楽園」と同じパターン。となると、このシングルマザーも?と思ってしまう。

 

  ここから先はネタバレになるので伏せておく。

 

  以上三作あるが一番最初の「絶対零度」が作品としては一番完成度が高い。あとの二つは今一つで、このシリーズもようやく私立探偵ものとしての位置を宮部作品の中で確立したところなのに、もうマンネリ化してきているのは心配。

 

 

 

 

希望荘 / 宮部みゆき

⭐️⭐️⭐️⭐️

  宮部みゆき杉村三郎シリーズ第四弾。「誰かーSomebody」「名も無き毒」「ペテロの葬列」長編三部作において、巨大コンツェルンの入り婿という「ドールハウス(解説杉江松恋氏の表現)」から、何故か事件に巻き込まれる運の悪い一市井人杉村三郎が観察し続けた現代社会の「」を描き尽くした宮部みゆき

  そして宮部はその三部作で用意周到に準備しつくした上で、杉村三郎を再び庇護のない社会に放り出し、そして「私立探偵」という職業を与えた。

  だから、本書は杉村三郎が私立探偵として活躍する初めての作品で、短編(と言っても中編くらいのボリュームはある)四作から成る。

  彼が研修し今も「調査員」として所属しているという設定の「オフィス蛎殻」が優秀であることもあり、話の流れがスムーズでようやく探偵小説らしくなってきた。

  また、三作で馴染みの喫茶店睡蓮」のマスター・水田大造が杉村の近所に引っ越してきて喫茶「侘助」を開いてしょっちゅう事務所に顔を出すのも嬉しい。率直なところ、とても面白かった。

 

 今多コンツェルン会長の娘である妻と離婚した杉村三郎は、愛娘とも別れ、仕事も失い、東京都北区に私立探偵事務所を開設する。ある日、亡き父が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽を調べてほしいという依頼が舞い込む。依頼人によれば、父親は妻の不倫による離婚後、息子との再会までに30年の空白があったという。はたして本当に人殺しはあったのか――。 表題作の「希望荘」をはじめ計4篇を収録。新たなスタートを切った2011年の3.11前後の杉村三郎を描くシリーズ最新作。 『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』に続く人気シリーズ第4弾。(AMAZON解説より)

 

聖域

  東京都北区の北東部、墨田川上流の流れを望む尾上町の古家の一角に事務所を構えた杉村探偵事務所としての初事件。と言っても、探偵事務所ともい見えない古家の一角を借りて「杉村」という表札を出しているだけなので、最初からそうそう客が来るものでもない。初めは殆どがオフィス蛎殻の調査員としての下請け仕事ばかりだった。

  そんな折、近所のおばさんが知り合いの女性を連れてきた。この女性も杉村と同じこの地の大資産家である竹中家の店子なのだが、同じテラスハウスの下に住んでいて先日亡くなった老婆が車いすに座って若い女性に連れられているのを見かけたというのだ。

  ここから大家さんの竹中家の細かい紹介が始まるがそれは省略。竹中さんの話によると葬儀を出したわけではなく、消えそうな声でもう死にますという電話があり姿を消した、というだけ。調べているうちに娘が新興宗教に入れ込んでいることが分かってきて。。。

  題材の割に後味は悪くない。杉村探偵事務所、いい出足である。

 

希望荘

  老人ホームに入居していた、人格温厚で評判のいい老人が心臓発作で亡くなった。ところがその老人は亡くなる少し前の昨年暮れごろから、しばしば自分は人殺しだ、それは昭和50年のことだった、と話すようになっていた。息子はある事情で、それが気になって仕方がない。そして杉村に調査を依頼する。

  昭和50年の殺人事件はもう犯人が分かっていて刑も確定していてその老人が犯人ではありえない上、歳月はその現場や老人が暮らしていた街を大きく変貌させていて、なかなか調査は進まない。そこへ依頼人の息子も絡んできて話はますますややこしくなるが、ある日突然街で見かけた情景から杉村はヒントをつかむ。

  これも宮部流人情噺ではあるが、老人の真意と言動にかなり無理がある。

 

砂男

  今回一番の長い話でしかも杉村三郎が探偵になるきっかけとなる話であるから、本作で一番の読みどころ。

  杉村三郎が離婚の失意のうちに決して喜んで迎えてはくれない故郷山梨へ帰り、余命幾ばくもない父の世話を焼いたり、農産物の販売センター「なつめ市場」を手伝ったりしている情景がまず丁寧に描かれる。

  次いで、配達先の一つである評判の蕎麦屋の夫婦にある事件が持ち上がる。その蕎麦屋は妻の親から引き継いだものだが、評判も良く繁盛していた、ところが夫が突然知り合いの女性と駆け落ち同然に姿を消してしまったのだ。妻は、自宅内で呆然自失しているところを杉村等に発見され、病院に入院してしまう。しかも身重であることも判明する。

  そして運命の出会いが訪れる。配達を頼まれて出かけた「斜陽荘」と言う別荘のオーナー、蛎殻昴(かきがら・すばる)との出会いだ。そう、彼こそ創業者である父を次いだ「オフィス蛎殻」の社長である。

  足に障害があるが車いすテニスの達人、極めて頭脳明晰、趣味も多彩、料理もうまい青年として描かれている。

  既に杉村三郎の過去と彼が出会った事件の詳細を調査しており、彼を呼んだのも当然目的があった。この蕎麦屋の事件の調査を通じて彼の調査員としての敵性と実力を推し量り、あわよくば社員として採用しようという腹だったのだ。

  杉村は当然ながらその調査を開始する。蕎麦屋の主人であった男には意外な過去があった。そして温厚に見えた人格も以前はそうではなかった。そこから話は一直線に進むと思いきや、杉村の予想は次々と引っくり返っていき。。。

  この話は本当によく練られていて感心する。そして杉村家の人々、前妻と娘もしばしば登場し、悲しくも暗い話の絶好の緩衝材となっている。

  そして蛎殻昴は最後に杉村に勧める。

 

「杉村さんにはうちみたいなオフィスの調査員より、フリーで動く私立探偵の方がいいと思います。生活が成り立つように、毎月うちからある程度の仕事を回しますし、サポートもしますから、独立開業したらいい」

 

二重身

  もちろんドッペルゲンガーのことであるが、それほど題名にこだわる必要はない。それよりこの物語に大きく扱われているのは、東日本大震災である。この物語は実際には大震災の4年後に書かれたそうである。さすがの宮部みゆきもこの体験を作品に冷静に取り入れて、感情に流されずまた扇動的にもならずに物語を構築することが出きるようになるまで、それだけの時間を要したということだろう。

  ここで杉村が担当するのはあるアンティークショップの店長の失踪で、依頼案件と言うよりは、ある女子高生が持ってきた相談に乗ったに過ぎない。その店長はアルバイトの店員によると、大震災の前日に東北地方に買い出しに出かけた。当然何万人と言う死者行方不明者と一人になった可能性がある。

  しかし杉村は蛎殻のある優秀な社員からこうアドバイスを受ける。

 

「杉村さん、余計なお世話を申しますが、その案件の場合、震災がらみのーこう、何と申しますかね、感情的に揺さぶられる部分は脇に置いて、単なる行方不明の案件としてとらえることを忘れない方がいいと思います。」

 

これはとても貴重なアドバイスとなる。と同時に、宮部自身が物語を綴るにあたり心したことでもあるのだろう。

 

  それでもこの物語に落としている大震災の影は大きい。

 

  その中で竹中家の末っ子、三男である竹中冬馬トニー)というユニークな新登場人物が新鮮な空気を物語に吹き込んでくれる。この話はこういう一文で終わる。

 

トニーはまだ、竹中家の父上から、原発の絵を描きに行く許しをもらえずにいる。

 

楽園 / 宮部みゆき

⭐️⭐️⭐️⭐️

  大作「模倣犯」はあまりにも登場人物が多く、一人一人取り上げていくとレビューが煩雑になるため、敢えて言及しなかったキャストも多かった。その一人に、前畑滋子というフリーライターがいた。事件を追いかけるルポライターとなり、主犯のピースこと網川浩一に翻弄されながらも最後にTV討論で一矢報い、自白を引き出した人物である。

 

  この前畑滋子を主役に据え、事故死した子供の母親からの奇妙な依頼に応じて取材するうちに、バブル崩壊直前の1989年に起きた両親による不良娘殺害事件の真相(深層)が徐々に明らかになっていくという筋立てで再び社会派ミステリーを宮部みゆきは書き上げた。それがこの「楽園」である。「模倣犯」に量的には及ばないものの渾身の力作であり、今回は「」というテーマも加わり感動的な物語である。

 

未曾有の連続誘拐殺人事件(「模倣犯」事件)から9年。取材者として肉薄した前畑滋子は、未だ事件のダメージから立ち直れずにいた。そこに舞い込んだ、女性からの奇妙な依頼。12歳で亡くした息子、等が“超能力”を有していたのか、真実を知りたい、というのだ。かくして滋子の眼前に、16年前の少女殺人事件の光景が立ち現れた。  (AMAZON解説上巻)

 

彼の告白には、まだ余白がある。まだ何かが隠されている。親と子をめぐる謎に満ちた物語が、新たなる謎を呼ぶ。 (AMAZON解説下巻) 

 

  宮部みゆきが「模倣犯」を書き上げることにより心身とも著しく消耗したように、この前畑滋子もあの事件で深く傷つき、事件の真相を本に著すこともなく9年が過ぎたという設定で物語は始まる。このあたり解説でも書かれているが、宮部みゆきの味わった苦悩を主人公に投影しているのであろう。前畑はしばしば

 

「犯人には勝ったかもしれないが、事件そのものには敗北した」

 

という言い方で自身の無力感を表している。しかし「前畑滋子という名前」は「あの事件を取材し犯人を追い詰めたジャーナリスト」として独り歩きしており、著作もあると誤解されている、という設定はうまい。

  ちなみにピースは当初はふてぶてしく嘯いていたものの今は拘禁反応に苦しんでいる。夫昭二と滋子はよりを戻しており、今回も滋子を励ましている。秋津刑事も再登場し彼女に協力する。

 

  というお膳立てのもと、今回彼女に依頼を持ち掛けるのは、ごく普通の中年女性萩谷敏子である。彼女は二か月前交通事故死した一人息子(ひとし)の描いた絵が未来を予見していたと前畑に語る。事故を起こしたトラックの絵もあるし、ある事件を予見していた絵もある。だから彼が超能力を有していたのかどうか調べてほしいと前畑に依頼する。

 

  事件に関する絵ではある家の地中に灰色の女性が埋まっている。等は生前「この人は出られなくて悲しんでいる」と言っていた。そして訪問の一か月前、つまり等の死後に、北千住の土井崎という家で火事があり焼け出された老夫婦が16年前にどうしようもない不良娘を殺して自宅下に埋めたと告白、なんと屍蝋化した茜の死体が発見されるという事件が起きたのだ。

 

  前畑はサイコメトラーについては詳しくはないが、当然当初は否定的である。ただの偶然か、あるいは無意識のうちに見聞したことを書いたのではないかと推論し、その証拠をつかむために早速取材を開始する。そして彼が知り得るはずのなかった、家の屋根に描かれていた蝙蝠の風見鶏という変わったオブジェが本当にあったことを知る。

 

  それでも半信半疑の滋子であったが、敏子に見せて貰ったある絵に強烈な衝撃を受ける。それはどう見てもピースの山荘であった。その地面からは埋められた女性たちの腕が飛び出しており、さらには絶対に等が知りえなかったはずの、ある被害者を埋めた場所の目印であるドンペリの瓶まで描かれていたのだ。。。

 

  そこから「断章」という全く本筋に関係ない少女のモノローグをたびたび挟みつつ、物語は息もつかせぬほどのスピードで16年前の事件に関する新事実を明らかにしつつ展開していく。

 

  「模倣犯」において私は医学的記述に瑕疵があると述べたが、今回は「超能力」である。ネタバレになるが、中盤あたりまで進んだ段階で前畑滋子は等に

 

実際に接した他人の記憶を読み取る能力

 

があったと確信する。フィクションとはいえ社会派ミステリーに超能力をアイテムとして持ち込んでいいのかどうか、評価はここで別れることだろう。ただ、宮部は超能力に関しては「龍は眠る」「クロスファイア」「蒲生邸事件」等で存分に使いこなし自家薬籠中のものとしているので、「模倣犯」よりもこちらのほうが説得力があると思えるほどうまくこのアイテムを使いこなしている。

 

  閑話休題、後半は等が誰の心を読んで土井崎茜のことを知り得たのかが焦点となり、彼女の当時の恋人であった札付きの悪、”シゲ”の存在が浮かび上がり、それが「断章」の事件と最終盤にリンクし、モノローグの少女の誘拐事件がクライマックスとなる。

 

  そして、最終盤、等の母敏子とシゲの母の二人の母同士が相対し、敏子が驚くべき行動をとり、事件は急転する。ずっと不幸な境遇のまま慎ましく生きてきただけの存在であった敏子が豹変する瞬間には驚きと涙を禁じ得ない。

 

  最後の心に残った、宮部らしい文章をいくつか。

 

  まずは、「理由」をはじめとして彼女がこだわり続ける、日本人の心の有り様の大きな変換点となったバブルの時期の描写。

 

だが、そんな彼女に、底抜けで拝金的で享楽的な時代は、彼女のまだ若い心では処理しきれないほどの情報を与えまくった。茜の頭と心が、最短距離を行くことだけが正解ではないという人生の素朴な心理を理解する前に、茜の我欲は、茜という人間の存在そのものを乗っ取ってしまった。(中略)あの夜、命を落とさなければ、茜はいつか気づいたろうか。そんな自分の幼い愚かさと、無駄にした時間がいかに尊く、取り返しのつかないものであるかということに。時間は浪費するのはたやすい。買い戻そうとするときに初めて、人は、その法外な金利に驚くのだ。(下巻p269)

 

  勿論、茜のぐれた原因はバブルの時代の風潮だけにあるのではない。人間としてダメだったからだ、という厳しい意見も忘れない。

 

「今はあのころより、もっとそういう風潮が幅を利かせているんじゃありませんか。わたしがちゃんとできないのは親が愛してくれないから。先生が不親切だから。環境がよくないから。みんな言い訳ですよ。」(下巻p296、茜の叔母木村夫人言)

 

  この作品が書かれた頃(2005-6年)よりさらに「言い訳」が幅を利かせ、利己主義が当然の権利とはき違えられる現在。宮部がまた前畑滋子を主人公とした小説を書くのであれば是非読んでみたい。

  その時には今回新たに登場し、なぜ9年前の事件をちゃんと本にしなかったのか、と前畑を問い詰めつつ彼女に協力した新米女性刑事野本にも登場願いたい。

 

  最後に題名の「楽園」について、宮部みゆきが強い思いを込めて書いた見事な文章を引用してこのレビューを終わりたい。

 

 誰かを切り捨てなければ、排除しなければ、得ることのできない幸福がある。

 滋子には馴染みのない、よくできた物語にしか思えない海の向こうの宗教は、人間は原罪を抱えているのだと説く。

 (中略)それが真実ならば、人々が求める楽園は、常にあらかじめ失われているのだ。

 それでも人は 幸せを求め、確かにそれを手にすることがある。(中略)この世を生きる人びとは、あるとき必ず、己の楽園を見出すのだ。たとえほんのひとときであろうとも。

 敏子と等のように。

 土井崎夫婦のように。

 誠子(茜の妹)と達夫のように。

 茜と”シゲ”のように。

 ”山荘”の主人、網川浩一でさえも、きっときっとそうだった。

 血にまみれていようと、苦難を強いるものであろうと、短く儚いものであろうと、たとえ呪われてさえいても、そこは、それを求めた者の楽園だ。

 支払った代償が 、楽園を地上に呼び戻す。

 萩谷等は、それを描いていた。あらかじめ失われたすべての楽園と、それを取り戻すために支払われるすべての代償を。(下巻p425-6)

 

 

ペテロの葬列 / 宮部みゆき

⭐️⭐️⭐️

   宮部みゆきの杉村三郎シリーズ第三弾にして文庫本上下巻に渡る大作。「ペテロの葬列」という題名のうち、ペテロはレンブラントの名画「聖ペテロの否認」に描かれたイエスを裏切った弟子ペテロである。葬列とは被害者が加害者になり連綿と続く悪の連鎖のことである。ということで、一市井人杉村三郎が悪を観察し続けるシリーズ三作目は、かの豊田商事に端を発する悪徳詐欺商法の闇を描き尽している。

 

 杉村三郎が巻き込まれたバスジャック事件。実は、それが本当の謎の始まりだった――。『誰か』『名もなき毒』に続くシリーズ第三弾。 今多コンツェルン会長室直属・グループ広報室の杉村三郎は、ある日、拳銃を持った老人によるバスジャックに遭遇する。事件は3時間ほどであっけなく解決したかに見えたが、実はそれが本当の謎の始まりだった――。 事件の真の動機に隠された、日本という国、そして人間の本質に潜む闇。杉村三郎が巻き込まれる最悪の事件。息もつかせぬ緊迫感の中、物語は二転三転、そして驚愕のラストへ。2014年、小泉孝太郎主演で連続ドラマ化。 (AMAZON解説上巻)

 

杉村三郎らバスジャック事件の被害者に届いた「慰謝料」。送り主は?金の出所は?老人の正体は?謎を追う三郎が行き着いたのは、かつて膨大な被害者を生んだ、ある事件だった。待ち受けるのは読む者すべてが目を疑う驚愕の結末。人間とは、かくも不可思議なものなのか―。これぞ宮部みゆきの真骨頂。 (AMAZON解説下巻)

 

  冒頭のバスジャック事件は鮮やかな筆捌きでさすが宮部と思わせる。ただ、三作目ともなって来ると、テレビドラマのシリーズもののように、どうしてこれだけこの人(杉村三郎)ばかりが事件に遭遇するの、という感が否めない。

  そして、人質同士で妙な連帯感が生まれてしまい、AMAZON解説にある、送り付けられてきた被害者慰謝料を(いくら事情があるとはいえ)警察へ報告をしないことに決めるあたりは、さすがに無理がありすぎる。それに、いくら義父に相談済みとは言え巨大コンツェルンの総帥の娘の入り婿と言う立場をわきまえていないと思わざるを得ない(これには作者側の理由があるのだが)。

  また、人質によって慰謝料が違う理由もそう決めた送り主の判断も、今ひとつ要領を得ない。

 

  だから杉村三郎の行動もさすがに今回は暴走気味である。ここからはネタバレになる。

 

  その理由として、宮部みゆきはこの杉村三郎を延々三作も引っ張っておいて、妻菜穂子と離婚させ、巨大コンツェルンからも引き離すつもりだったのである。そのための伏線や本筋と無関係のエピソードが満載のため、長くなってしまった、と言うのが今回の作品が上下巻に渡った理由である。

 

  三作とも解説を担当されているミステリ評論家杉江松恋氏の解説は的確ではあるがほめ過ぎである。本作は作者都合が多すぎる。

 

  個人的には、バスジャックした老人が「トレイナー」であったという設定にいささか感慨深いものがあった。悪い意味でだが。

  このトレイナーとは、一時期日本で流行した合宿による新人研修セミナーの指導員、コンサルタントのことである。テレビでよく特集されていたが、限界を超えるような肉体的鍛錬をしたり、明らかに洗脳じゃないかというような頭ごなしの人格否定をしたりで文字通り「飼い慣らされた豚」に新社会人を追い込んでしまうようなものだった。幸い私の職種には無関係だったが、自分がもしこういう研修を受けさせられたら即退社するか自殺するかどちらかだな、と思った覚えがある。

  こういうセミナーを請け負う業者が悪徳商法のノウハウを受け継いだという作者の設定が本当なのかどうか私は知らないが、十分有り得ることであったのであろう。

 

 

名も無き毒 / 宮部みゆき

⭐️⭐️⭐️

  続いて杉村三郎シリーズ第二弾。杉村三郎と彼を取り巻く人々、環境が「誰かーSomebody」で提示されているので、二作目はすっと作品世界に入っていける。

 

『今多コンツェルン広報室に雇われたアルバイトの原田いずみは、質の悪いトラブルメーカーだった。解雇された彼女の連絡窓口となった杉村三郎は、経歴詐称とクレーマーぶりに振り回される。折しも街では無差別と思しき連続毒殺事件が注目を集めていた。人の心の陥穽を圧倒的な筆致で描く吉川英治文学賞受賞作。(AMAZON解説より) 』

 

  手あたり次第悪意という毒をまき散らす女、猛毒の青酸カリによる連続殺人事件、土壌汚染と言う毒、毒の三題噺と言った趣。

  この三つは巧妙に絡め、杉村三郎とその家族を窮地に追い込んでいく宮部みゆきのプロットは相変わらず巧みであるし、丁寧な文章はもう抜群の安定感である。AMAZON解説にもあるように圧倒的な筆致でもある。文学賞を受賞して当然であろう。感動もする。ただ、全編でまき散らす毒に当たり気味のせいか、その感動がイマイチ弱い、と思うのは彼女にあまりにも多くを求め過ぎか。また毒に重きを置くあまり、人物造型がやや浅い気もする。

 

  それにしても、原田いずみという女のまき散らす毒はすごい。

  特に、何の罪もない兄の結婚式の最後で場を混乱の極みに落とし込み、後に兄の妻を自殺させることにもなった、嘘で固められた壮絶なスピーチは「えぐい」の一言。読むのが辛く目を覆いたくなるほどだ。

  小説家はフィクションとは言え、ここまで書けるのかと思ってしまう。

 

  閑話休題、二作を読んでどうにも気になるのが、杉村三郎と言う人物にそれほどの魅力がないところ。連作を意識してか、わざと主人公を浅く書いているのかもしれないが。。。今回巨大コンツェルン会長の愛娘である、元々病弱な妻菜穂子心理的にもかなり痛手を蒙っているので、次作「ペテロの葬列」では家族にそれ相応の波風が立つのかもしれない。

 

 

誰か-Somebody / 宮部みゆき

⭐️⭐️⭐️

  宮部みゆき杉村三郎シリーズ第一作。2003年の作品なので、2001年の「模倣犯」とそう離れていない時期である。「理由」「模倣犯」で心身共に疲弊した宮部が再び社会派ミステリーに挑んだわけだが、さすがに「模倣犯」ほどの重さはなく、主人公を刑事でも探偵でもないごく普通の広報室の社員に設定したところからも分かるように、自転車轢き逃げ事件(それもおそらく子供の過失による)という比較的軽い事件を提示して物語は始まる。

 

『今多コンツェルン広報室の杉村三郎は、事故死した同社の運転手・梶田信夫の娘たちの相談を受ける。亡き父について本を書きたいという彼女らの思いにほだされ、一見普通な梶田の人生をたどり始めた三郎の前に、意外な情景が広がり始める―。稀代のストーリーテラーが丁寧に紡ぎだした、心揺るがすミステリー。  (AMAZON解説より)

 

  そこから、被害者の過去、娘二人のうち姉の過去の恐怖の思い出、勝ち気で積極的な妹のある秘密など、いつも通りの語り口で宮部は真実を少しずつ丁寧に明らかにしていく。

  そしてその結末はほろ苦い。というか、納得できないほど杉村三郎という男にとっては理不尽である。以下漠然としたネタバレになるのでご了解いただきたい。

  懸命に探り当てた被害者の過去は娘姉妹には語るに語れないものであったし、姉妹の間にあった秘密については結局疎まれ恨まれただけで終わってしまう。巨大コンツェルンの会長である義父から頼まれた仕事自体も果たせなかった(このことに関しては義父は十分納得しているが)、これではあんまりではないか。

  顔もわからない電話越しの会話で昔被害者と秘密を共有した女性の魂を救済してあげたこと、ひき逃げ犯の中学生を自主的に出頭させるのに一役買ったことだけが救いといえば救いとなり、本作は終わる。

 

 わたしたちはみんなそうじゃないか?自分で知っているだけでは足りない。だから、人は一人では生きていけない。どうしようもないほどに、自分以外の誰かが必要なのだ。

 

人情派宮部みゆきの本領発揮の一文で、題名の説明にもなっている。

 

  そして、杉村三郎のほうも、姉妹から投げかけられた毒に存外平然としている。実の母から浴びせられ続けた毒ですっかり免疫ができていたから、という説明がなされる。

 

  シリーズ化するつもりがあったのだろう、この杉村三郎の現在の境遇と家族(妻、娘)については今回詳細に語られるが、本人に関しての記載は浅い。母との確執の原因も語られないし、巨大コンツェルンの会長の妾腹の娘との結婚の詳しい経緯も語られていない。そのあたりはまた、第二弾「名もなき毒」以降で語られるのであろう。

 

 

 

フェルメール展 @ 大阪市立美術館

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今朝コンタクト眼科の診察、買い物を済ませ,その後フェルメール展に行ってきた。 alt

 

阪神高速天王寺で降りてすぐの天王寺地下駐車場に車を止める。ポルシェ・マカンの隣が空いていたのでそこに止めて記念撮影(w。

 

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地上に上がると天王寺公園。昔は路上カラオケ屋が立ち並ぶディープ大阪な雰囲気がたちこめていたが、今はオサレなてんしばというカフェなどが立ち並ぶエントランスエリアとなっている。巨大なあべのハルカスも見える。 alt

 

で、大阪市立美術館

 

フェルメール展

 

2000年にここが主催で催された時はものすごいブームとなり、2〜3時間待ち当たり前で私も恐ろしいカラオケ屋の前から2時間以上並んだ覚えがある。 今日も始まったばかりだしそれくらい覚悟で行ったが、なんとガラガラ。さっと入れて、絵もゆっくり観ることができた。

 

今回きたフェルメールは6点。

 

1:マルタとマリアの家のキリスト alt

(絵葉書)

 

2:取り持ち女 alt

(絵葉書)

 

3:リュート調弦する女 alt

(マグネット)

 

4:手紙を書く女 alt

(マグネット)

 

5:恋文

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(絵葉書)

 

6:手紙を書く女と召使い

 

 

このうち今回初来日したのは「取り持ち女」。
 
娼家で男が金貨を渡しながらもう胸をお触りしてる(笑。横の取り持ち婆あのなんとも下卑た顔、いやあゲスの極み乙女的で面白かった。意外とマチエールや色も素晴らしく保存状態も良好。ドレスデン国立古典絵画館所蔵。
 
 

興味深かったのは、現存する彼の作品の中で最も大きく、最初期の、唯一の宗教画と言われる「マルタとマリアの家のキリスト」。スコットランド・ナショナル・ギャラリー所蔵。

 

三人三様の表情、服の色合い、光と陰影、さすがフェルメール だけの事はある。

 

そのほかの4点はもう現物を過去に見ていますし、よく取り上げられる絵画なのでまた会えましたな、という感じ。 alt

 

テンシバにあるイタリアンレストラン青いナポリイン・ザ・パークでランチ。ランチプレートのボリュームがすごかったので満腹になったし美味しかった。

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帰宅してもまだ日は高く、洗車。ここしばらくの雨や雪でホイールやタイヤが大分汚れていたので、そこと下回りはケルヒャーで洗った。 それでもまだお腹がもたれていたので、ジムへ。プールで1200くらい泳いで帰った。