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備忘録、採点表

しゃばけ漫画 佐助の巻 / 畠中恵、萩尾望都、他

⭐︎⭐︎⭐︎

  しゃばけシリーズの文庫本落穂拾い、人気漫画家によるトリビュート「しゃばけ漫画」、仁吉の巻についで今回は佐助の巻。ついに真打モー様の登場!

 

原作:畠中恵

キャラクターイメージ原案:柴田ゆう

漫画:

萩尾望都: うそうそ 箱根の湯治についての仁吉と佐助の反省会議(ミーディング)

雲田はるこ: ほうほうのてい 〜落語「千両みかん」より

つばな: 動く影

村上たかし: あやかし帳

上野謙多郎: 狐者異

安田弘之: しゃばけ異聞 のっぺら(坊に✖️)嬢

柴田ゆう: しゃばけ4コマ

 

うそうそ」 何と言ってもモー様が本巻のハイライト、本腰を入れての約30Pという読み応えのある作品。

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萩尾望都「うそうそ」表紙

 


  第二巻以降唯一の長編である「うそうそ」を丸々取り上げ、手代二人の反省会議として全編をうまく要約、本編ではできなかった湯治を最後に若だんなにさせてあげるというサービスぶり。

 若だんな、佐助、仁吉もイケテルが、山神の娘、お比女がもう全くのモー様タッチになっているが嬉しい。

 

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萩尾望都先生のお比女

 

  もう、読むべし、の一言である。

 

ほうほうのてい」 佐助がついはずみで、若だんなの「みかんが食べたい」というリクエストに応える約束をしてしまい、真夏に江戸中を探して回る苦労譚。雲田はるこさんが落語の「千両蜜柑」に目をつけたところが炯眼。重病の若だんな、番頭、主人という取り合わせとそのストーリー展開はまさに「しゃばけ」の世界そのもの。残念ながら落語では番頭が三房(三百両相当)を持ったまま逐電するが、まさか佐助がするはずはない。そこはうまく雲田さんが処理している。

  先頃亡くなられた桂米朝師匠の十八番だったことを思い出し、そこにもちょっとほろっとした。

 

動く影」  これまたシリーズ名作の一つ、「おまけのこ」所収の「動く影」をつばなさんが漫画化。仁吉と佐助が手代として入る前の若だんな幼少の頃が舞台であり、まだ祖父も健在だった頃で、その頃独特の雰囲気をうまく表現しておられる。人情噺のまとめ方もうまい。

 

あやかし帳」 舞台は現在、クラスでいじめにあっている少年が、すべてあやかしのせいとしてやり過ごそうとするが。。。う〜ん、あまり好きではない題材なので。。。

 

狐者異」  これも「おまけのこ」所収の人気作「こわい」を上野謙多郎さんが漫画化。しゃばけシリーズのあやかし達の中では異質な「本人がどう思っていようが関係なしに妄念と執着の塊で、人と交わらないのは勿論、妖からも嫌われており、さらには仏様にさえ厭われているという、恐ろしいといえば恐ろしい、哀しいといえば悲しい存在」である「こわい」を上手く視覚化しておられる。若だんなの底なしの好意が届かないラストのまとめ方もよかった。

 

しゃばけ異聞」 これは現代少女がしゃばけの世界に入り込むという面白い設定。のっぺらぼうの少女に若だんなやあやかしたちが目、耳、口をつけていく、という安田弘之さんのアイデアはよかった。そう言えば菓子職人栄吉の出番が今までなかったが、この作品でやっと登場(「動く影」では活躍するがこれは子供の頃の栄吉)した。

 

しゃばけ 4コマ」 最後を締めるのはやはり柴田ゆうさん。4コマ漫画4本は安定の面白さ。

 

  以上、二冊楽しませてもらった。このアンソロジーが編まれて以降もたくさんの作品や新キャラが生まれているので、ぜひまたやってほしい企画である。

 

若だんなや妖たちに漫画で会える! 萩尾望都先生をはじめとする超豪華漫画家たちが、なんと「しゃばけ」の世界をコミック化!「うそうそ」「狐者異」といった人気エピソードに、新鮮な視点で描かれるオリジナル作品、そしておなじみのしゃばけ絵師・柴田ゆう先生の四コマもあり。シリーズ初心者からマニアまでが大満足間違いなし、しゃばけ愛があふれる奇跡のコミック・アンソロジー

 

しゃばけ漫画 仁吉の巻 / 畠中恵、高橋留美子、他

⭐︎⭐︎⭐︎

  しゃばけシリーズの文庫本落穂拾い。2013年、「小説新潮」で人気漫画家によるトリビュート漫画の連載が開始され、翌年それらを集めたアンソロジー集がパンチコミックスから刊行され、2016年には潮文庫から「しゃばけ漫画 仁吉の巻」「しゃばけ漫画 佐助の巻」として刊行された。

 

  まずは「仁吉の巻」

 

原作:畠中恵

キャラクターイメージ原案:柴田ゆう

漫画:

高橋留美子: 屏風の中 

みもり: 仁吉の思い人 

えすとえむ: 月に妖

紗久楽さわ: きみめぐり

鈴木志保: ドリフの幽霊

吉川景都: 星のこんぺいとう

岩岡ヒサエ: はるがいくよ

 

屏風の中」: 言わずと知れた人気漫画家高橋留美子先生のオリジナル作品である。付喪神屏風のぞき」の屏風の世界に入り込んでしまった若だんな。仁吉と佐助に救い出されて、屏風のぞきが怒られる展開は畠中ワールドお約束。安定の畠中路線なのにちゃんとルーミックワールドしてるのもやっぱりすごいなと思うし、一方タッチが柔らかく背景などは繊細で美しいあたり、絵の描きわけもみごと、さすが高橋先生である。

 

仁吉の思い人」: 第二巻「ぬしさまへ」所収、仁吉千年の恋を描いた名作をみもりさんが忠実に漫画化。仁吉の描写はばっちりだが、皮衣様はちょっと可愛過ぎ(幼な過ぎ)?

 

月に妖」: えすとえむという漫画家は存じ上げなかったが劇画調、大人の鑑賞に堪える画風で名月の夜の若だんなと手代二人、鳴家たちを描き出す。

 

きみめぐり」: オリジナルのキャラ、神様の神農様が若だんなに10年かけて作った新薬を持ってくる話。神農さま自体もイケてるが、鳴家に化けた姿もかわいい。一方猫又のおしろ(多分、もしかしたら獺かもしれないが)の妖艶さにはドッキリ。紗久楽さわさんのキャラ作りはなかなか華やか。

 

ドリフの幽霊」: 付喪神と化したアナログ電波の物語。アナログのテレビは1953.2.1-2011.7.24だったから、確かに付喪神化条件の「大事に愛されて50年」はクリアしている。鈴木志保さんの着眼点が良く、題名から想像するようなおふざけではない佳作。

 

星のこんぺいとう」: 「ねこのばば」所収の「ねこのばば」で、猫又の小丸が、見越し入道様が若だんなにくださった「桃色の雲」を食べてしまったというエピソードがあった。その後日譚を描いた吉川景都さんの素敵な作品。成長した小丸がかわいい。その小丸が「桃色の雲」の代わりに探し出してきた藍色の雲」に、若だんなは魅入られてしまう。手代二人になんとかしろと言われた小丸は自らの片目を使って。。。

  オリジナル作品としては二冊の中で一番の出来ではないかと思う、美して粋な作品である。

 

はるがいくよ」: もう待ってました!、と言うしかない、私がシリーズの中でも一番好きな作品。「ちんぷんかん」所収。桜の花の命の短さに、妖と人の寿命の違いを重ね合わせた泣かせるストーリーを岩岡ヒサエさんが見事に漫画化。また泣いてしまった。

 

   さあ、「佐吉の巻」はいよいよあの先生が登場だ!

 

 ファンの皆様の夢が、ここに実現! 高橋留美子先生をはじめ超豪華漫画家が、我らが「しゃばけ」シリーズをなんとコミック化!「はるがいくよ」「仁吉の思い人」などの人気エピソードから、個性たっぷりのオリジナル作品まで。先生たちそれぞれのタッチで、若だんなが、仁吉と佐助が、そして妖たちが大活躍! 「しゃばけ」がもっともっと好きになる、贅沢すぎるコミック・アンソロジー

 

沼地のある森を抜けて / 梨木香歩

⭐️⭐️⭐️⭐︎⭐︎

  梨木香歩2005年発表の作品で、梨木文学の最高峰との評価も高い傑作。「f植物園の巣穴」のレビューでも書いたが、21世紀ゼロ年代梨木香歩の創作意欲が最高潮に達していた時期なのだが、この作品の完成にはなんと4年の歳月をかけている。この作品に精魂を傾けるにあたり気分転換が必要で、そのために裏で書いていたのがあの快作「家守奇譚」だというほどなので、この作品の梨木香歩に占める重要度が推し量れると思う。

 

  執筆動機は随筆「ぐるりのこと」の主要テーマであった「自己と他者(ぐるり)の境界」を小説化したいという希求。驚いたことに梨木さんはこのテーマを徹底的に掘り下げ、自己と他者というマクロな視点から一個の細胞の細胞膜(植物では細胞壁)という境界にまで突き詰めていく。さらには生命の樹を遡り、原初の一個の細胞の絶対的孤独、無性生殖から有性生殖への劇的な転換点まで思いを巡らす。

 

  こうなるともうSFと呼んでいい内容だが、実際この小説を読んでいると、A.C.クラークの「幼年期の終わり」、レムの「ソラリス」、オールディスの「地球の長い午後」などに思いが及んでいった。

  また、構成的には「ぬか床」のメインストーリーの間に「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」という美しい架空世界の物語が三回に分けて挟まれており、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を彷彿とさせるものがある。また、彼女自身の「裏庭」の世界も思い起こさせる。

 

  だからどうなんだ、と言われればそれまでだが、そのような様々な過去の傑作に比肩しうる内容を持ち、イマジネーションを刺激する作品だと思った。

 

  **********   

 

  と、いきなり大上段に構えてしまったが、では早速レビューを始めよう。(まだ始まってなかったのかよ©︎ナイツ土屋)

 

  まず「ぬか床」編。

 

1. フリオのために

2. カッサンドラの瞳

4. 風の由来

5. 時子叔母の日記

7. ペリカンを探す人たち

8. 安世文書

10. 沼地のある森

 

の7章からなり、起承転結のはっきりとした意外に緻密な構造になっている。意外に、と述べたのは「起」の部分があまりにも奇妙奇天烈な内容だからで、「実に奇妙な小説である」という評価が多いのもこの2章のイメージが強いからだと思う。

 

  なんせ、ぬか床から卵が出てきてそれが孵って人間になるというのだから、確かに尋常の小説ではない。

 

  主人公は化学メーカーの研究室に務める上淵(かみふち)久美という独身女性。両親は事故で亡くなっており、祖父は失踪、係累としては母方の叔母が二人いるが、下の時子叔母さんが突然心臓麻痺で死んでしまうところから物語は始まる。

 

  そして時子の姉の加世子叔母さんから、家宝として曾祖父母が昔故郷の島から持ち出してきた、島の沼の成分が入った「ぬか床」を受け継ぐように命じらる。このぬか床は母が受け継ぎ、その死後久美に引き継がせるには忍びないと、時子が引き受けてくれていたのだ。

  なんせ加世子叔母曰く、このぬか床、

 

代々の女に毎朝毎晩かしずかれて、すっかりその気になったのよ。しかもどうやら代々の女たちの手のひらがぬかになじんでいるせいで、念がこもっているのよ。

 

であるからして、家宝であるとともに大変厄介な代物で、手入れを怠ると

 

呻く、文句を言う、ものすごく臭いにおいを発する

 

という恐ろしいもの。

 

  母の次に継ぐべきは加世子叔母さんのはずが、時子叔母さんが引き受けたのは、なぜかそのぬか床に嫌われていたためとのこと。

 

  時子叔母さんのマンション付きという条件に惹かれて渋々ながら引き継いだ久美だったが、幸いぬか床から嫌われず、叔母さんからあんたには「ぬか床用の素質がある」と太鼓判を押される。

 

  とそこまでは良かったのだが、そのぬか床を世話しているうちにある日卵が現れ、それが孵って人間になったから大変。でも久美は現実を受け入れるしかない。

 

  第1章では幼馴染の優柔不断な「フリオ」にそっくりな(フリオ自身は小学校時代の恩人で事故死した光彦だと主張)半透明で美しいパンフルート少年が、第2章では両目だけが浮遊してあちこち覗き込む「カッサンドラ」というのっぺらぼう三味線女が産まれてくる。

  「フリオ&光彦」の方はフリオに引き取られていき、ほろっとする後味のよいエンディングで終わるが、「カッサンドラ」は母みたいだけれど記憶の中の母とはかけ離れた嫌味や憎まれ口ばかり言う女、おまけにぬか床がたまらなく臭くなってきて、加世子叔母の入れ知恵でぬか床に芥子粉を入れると言う荒療治をしたところ、この女も消えてしまう。

 

  短編としてこれだけで終わっていれば、まあ梨木さんらしい摩訶不思議系ファンタジーだったなで済むところだが、今回はそうはいかない。梨木さんもこのままで終わらせるつもりは全くなかったはず、なぜならこの二章の中に結末に至るまでの様々な伏線を張り巡らしている。

 

  さてさてこの久美という女性、梨木小説の主人公としては例外的なほど積極的で行動力のある人物。

  第2章で時子叔母さんの知り合いで偶然同じ会社の別の研究室にいた風野(かざの)なる人物を探し当て、一拍置いた第4章でその風野さんとともにぬか床、ひいては上淵一族の謎を探索し始める。

 

  この風野さんがまたまたユニークな人物。男尊女卑の時代に一家の男どもに虐げられた母のあまりにも哀れな最期を目の当たりにして、決然と「男性」であることを捨て「無性」を選択した人物。だから「ぬか床」のような家に女をしばりつけるための装置などは敢然と拒否する人物なのだが、その一方でその「ぬか床」の主役である「真核生物」酵母の研究をしていたり、粘菌をペットとして飼っていたりと、この小説のテーマである「」「自他境界」を体現しているかのごとき重要人物で、最後の最後まで久美と行動をともにすることになる。この小説のフックとなる、なかなかいけてるキャラクタである。

 

  閑話休題、第5章はマンションの部屋を探して出てきた時子叔母さんの日記がメインとなり、驚愕の事実が明らかになっていく。てか、それを一番最初にそれを探し出して読めよ、という話なのだが。

 

  久美が子供の頃「うちは遠い親戚の出入りが多い」と感じていたこと、「フリオ」の出生の秘密、行方不明になった祖父のこと、そしてカッサンドラが残した様々な言葉

おまえは本当に恩知らずだよ。覚えていないのかい。一体誰に育ててもらったと思ってるのか

ペリカンは沼地に来るんだよ。

おまえがいったんじゃないか。あんたは嫌なことばっかしいう、でもあんたの言葉なんて誰も信じない、って。まるでトロイアの王女、悲劇の予言者、カッサンドラのようだ、って。

久美ちゃん、おやつのドーナッツ、テーブルの上にあるからねえ・・・・・・。

 

 

の秘密、果ては両親と時子の本当の死因。全てぬか床、そして曾祖父母の故郷の島が関与している。。。

 

  久美は加世子叔母さんの制止を振り切り、その島へぬか床を返しに行く決意を固める。勧めてくれていた風野さんとともに。

 

  そして第7、8章は島での怒涛の展開。二人は島へ渡る際に知り合った謎の男富士さんの助けを借りて、曽祖母一族の秘密、島の沼の秘密を次々に解き明かしていく。

 

  そして久美と風野の思索は生命樹から有性生殖、無性生殖の境界、そして宇宙で初めて生まれた原初の細胞の絶対的孤独にまで敷衍していく。果たして二人は「ぬか床」を「沼」に返すことはできるのか?

  それはつまるところ、「ぬか床」「沼」の終わり、つまり沼から生まれた「種」の終わりを見届けることなのだが。。。。。

 

  終章第10章は短く静かに美しく幕を閉じる。やや物足りないと思われる方もおられるかもしれないが、例えば恩田陸さんなら絶対に超豪快な「投げっぱなしジャーマン」をかますところ。それに比べれば実にきっちりとした落とし前のつけ方。

 

  最後の文章を引用して静かにレビューを終えてもいいのだが、ここは妬ましいくらいにうまい、翻訳家鴻巣友希子さんの解説をお借りしよう。

 

久美と(男をやめた)風野さんのあいだにも、ふしぎな「化学反応」が起きている。これを恋とか愛とか呼ぶ必要はないだろう。命の生まれそして果つる沼地のまわりには、枝間から陽がふりそそぎ、しかしそこには微かにタナトスが匂う。この森は『裏庭』の裏庭とどこか似た香りがする。「死の世界にとても近いところ」にあり、「生活の営みの根源」でもあると書かれていた裏庭・・・・・。

  そうだ、梨木香歩の物語のなかでは、つねに生と死はつながる。つながっているという実感のもとに書かれているのだ。どちらも無限に繰り返されながら、今ここにしかないだたひとつのものとして。ふたりは、生と死の入り口である沼地のある森を抜ける。「円環と再生」という作者の大きなテーマが感じられる静謐なラストシーンに感動した。

 

 

  **********   

 

  さあいよいよ本題。(いいかげんにしろよ、をい、ま~だ本題じゃなかったのかよ©︎ナイツ土屋)

 

  と言う訳で、ここまで大真面目にストーリーを追ってきたが、半分ネタバレを承知で言ってしまえば、沼のミクロフローラがどんなに豊かであったとはいえ、そこから無性生殖で人間という種と有性生殖できる生物が生まれてくるわけがないだろう、とは思う。どんなにまじめに久美、風野、富士さんが生物学、哲学を駆使して考えようとも。

 

  そんな荒唐無稽性を絶妙に緩和してSF小説として成立させる役割を追っているのが、インタールードとして存在する「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」I,II,IIIである。

 

  無性生殖で細胞分裂することにより永遠の命を保っていた細胞が、ある日ある時他者との境界を知り有性生殖を知る、それは絶対的孤独からの脱却と引き換えに「死」を受け入れ、世代を継いでいく事。これが梨木香歩さんがこの小説で突き詰めて考えたテーマの一つ。

 

     この無性生殖から有性生殖への転換点を、象徴的に、「裏庭」の如き架空世界としてとびきり美しい描写で、本ストーリーと上手く対比させながら描き切ったこの三編があることで、この小説は最後の最後に島(シマ)の燈台に光を灯しまばゆく輝くことができた。

 

  この三章に言及しているレビューはあまりなく、梨木さんも何の説明も加えておられないのだが、個人的にはとても大切なインタールードだと感じた。

 

  それぞれの終章の、この小説の白眉と言える部分を抜粋して今度こそこの長いレビュー、終了とさせていただく。

 

  まずは本編。性を拒否していた久美と風野さんが境界のない粘菌タモツ君の力を借りて初交合するクライマックス。

 

解体されていく感覚 - たった一つ、宇宙に浮かんでいる - これほど近くに相手がいて、初めて浮き彫りになる壮絶な孤独。(中略)私と彼のあらゆる接触面が、様々の受動と能動の波を形作り、個を作っていたウォールを崩し、一つの潮を呼びこもうとしている。

  大海原の潮。

  そこに遠く光るのは、まるで闇夜に見つけたたった一つの燈台の光。   ああ、どうか、と、それだけを頼りに、見失わないように、すっと背骨を反らすと、それに沿って灼熱のなにかが駆け上がり、どこまでも天を射してゆくのを知覚した。思わずこぼれた声は、傾きかけた満月の光りを受けて白銀の気体となり、そのまま軽く開いた風野さんの口腔の奥の宇宙に吸い込まれていった。

 

「それ」が渡されたのだと、私は知った。(10 沼地のある森)

 

 

  それに対応する、「かつて風に靡く白銀の草原があったシマ」終章においてロックキーパーから「ロックオープナー」の名をもらった「」が、「ウォール」の向こうからやってきたアザラシの娘たち、すなわち「」と出会い接合する場面。

 

アザラシの娘は、 ー ロックオープナー - と囁き、僕はそのとき、雷鳴がとどろくような揺るがない確実さで彼女の名前を再確認した。彼女こそが、アザラシの娘たちが囁いていた、あの名前の実体だったのだ。 ー シ - と、僕は彼女の名前を呼んだ。   全てを失って、確実さへの渇望があまりに激しくなり、白い火花を生んだ。(中略)それと気づいたときは、相手はほとんど液状化しており、僕は存在自体を相手に包まれ、そして接合していた。(中略)これが「シ」の実相なのだろう。なぜなら、「僕」は変容し始めていた。そして、そのことは以前の「僕」が終わったということを意味していたから。

 

  白い火花は「僕たち」を覆い、それはシマ全体に伸びる白い閃光となった。そして長くくねる白銀の生き物のように虚空へ飛び去った。

  僕は最後に 残った意識で、これが燈台に灯った最初で最後の光だと知った。(かつて風に靡く白銀の草原があったシマ III)

 

 

 

 

 

はじまりは、「ぬかどこ」だった。先祖伝来のぬか床が、うめくのだ――「ぬかどこ」に由来する奇妙な出来事に導かれ、久美は故郷の島、森の沼地へと進み入る。そこで何が起きたのか。濃厚な緑の気息。厚い苔に覆われ寄生植物が繁茂する生命みなぎる森。久美が感じた命の秘密とは。光のように生まれ来る、すべての命に仕込まれた可能性への夢。連綿と続く命の繋がりを伝える長編小説。 (AMAZON

 

スペードの3 / 朝井リョウ

⭐︎⭐︎⭐︎

  朝井リョウを読んでいくシリーズ、今回は「スペードの3」を選んでみた。

 

  トランプゲームの「大富豪」に擬えた「スペードの3」「ハートの2」「ダイヤのエース」の三章からなり、それぞれの仕掛けに工夫を凝らすとともに、三編がうまくリンクして一つの物語を形成している。その中でいかにも朝井リョウらしいタッチで、女性仲間の優越感や劣等感、そしてそれぞれの世界でのカーストを描いた作品。

 

スペードの3

スペードの3は、場にジョーカーが単独で出ているときのみ、「革命」の有無に関係なく最強のカードとなる。

  明らかに宝塚を想定した劇団の元男役スター香北つかさの私設ファンクラブ「ファミリア」の幹部美知代が主人公。彼女は第一希望の化粧会社の就職に失敗しその関連会社である配送センターに勤務しているという劣等感がある一方、クラブ全員を取り仕切り、マネージャーと直接交渉できる地位であることに密かな優越感を抱いている。しかし小学校の同級生アキがファンクラブに入会することでそんな平穏な日々に波風が立ち始めます。

 

  そしてこの独りよがりな優越感は、彼女が小学生で学級委員であった頃からの習性だったことをアキにズバリと指摘されてしまう。

  そう、彼女は皆のまとめ役であること、かっこいいけれど荒っぽい男子とただ一人口を聞ける間柄であること、ブスで目立たないむつ美という子を庇護してやること、合唱のピアノ伴奏をクラスでただ一人できること、修学旅行の予定やしおり作成を仕切ることなどで自尊心を満足させていたのだ。

 

  しかし、そんな日々に亜希(アキ)という美少女転校生がやってきて、少しずつその優越的な立場が崩れ始める。

 

  この今と昔を絶妙なミスリードで繋げていく朝井リョウの手腕に脱帽、この作品が一番面白かった。そして最後、もう脇役しか回ってこなくなっていた香北つかさのブログでの唐突な引退宣言。それが最後の「ダイヤのエース」に繋がっていく。

 

ハートの2」   「スペードのエース」でブスで縮毛でクラスの誰からも相手にされず、声をかけてくれるのは優越感を感じるための委員長美知代だけだった明元むつ美が主人公。彼女は校区の関係で、小学校のクラスからただ一人だけ別の中学校に進学、そこで絵の才能のある彼女は同級生に誘われて演劇部に入部、美術係に自分のいる場所を見出す。

  そして演劇好きの部員から借りた演劇雑誌で、香北つかさという研究生が自分に何か似ていると感じ、それから香北つかさの記事を収集し始める。

 

  そして

自分を、自分のために変えたくて

行った、つかさを真似たある決断を最後にこの章は終わる。そこまでの経緯をうまくまとめ上げた、リョウの作品にしては前向きな、救いを感じる作品。

 

ハートのエース」   最後は香北つかさ。同期の研究生沖乃原円との、長い長い友情と確執の物語。

 

  華やかなスターにも人知れず抱いているコンプレックスなり嫉妬心はある。彼女の場合、劇団員になるに際して売り物となるような特別な家庭環境とか生い立ちとかはなく、またルールを平気で破るけれどなぜか許されてしまうというようないい意味での不良性とかが皆無。

  平凡で優秀で男役としては成功し退団後もファンクラブも未だにあるけれど、最近回ってくるのは主人公の引き立て役ばかり。有名演出家にもズバリと致命的な欠点を指摘されてしまう。

 

「あなたは、同期の中ではエースと呼ばれ、寮でもリーダー的な存在だったそうですね」

「あなたの演技を見ていると、あなたが昔からリーダー的な存在で、優等生だったということもよくわかります。」

「あなたは、まわりから迷惑をかけられることも、まわりに迷惑をかけることも、あまりなかったのではないですか」

「その姿のまま舞台に立って人の心を揺さぶろうなんていうのは、少し、ずるい考えではないですか」

 

  つかさはずるいのは円の方だと思う。私もどちらかと言えばつかさタイプだったので彼女の気持ちは痛いほどわかる(気がする)。でも舞台で光り輝くのは残念ながら円の方なのだ。

 

  そう、円はつかさにない全てを持っていてスターダムに君臨していた。そして引退宣言さえつかさにとっては妬ましい。実はつかさも今の自分の立ち位置が嫌で、ブログに引退記事を長い期間かけて下書きし続け周到に準備していた。しかしそれでさえ突然のハプニングでおじゃんになってしまう。そう、「スペードの3」で突然発表された引退宣言はハッキングによるイタズラだったのだ。。。

 

  つかさと円を結びつけていた「黄色のストール」を「スペードの3」でアキが身につけているのを見つけた時のつかさの反応にはホロリとさせられました。

 

長身、ショートカットの髪の毛、黄色いストール。まるで、あのころの自分がそこにたっているかのようだ。(中略) ー ごめんね。ずっと私の方がずるくて。   頭の中で円の声が聞こえる。真っ暗な視界の中で、夢組に入って間もないころの円が、つかさの首に黄色いストールをかけてくれる。

 

  このレビューをよく読めば、リョウのミスリードがわかるはず。

 

異邦人(いりびと) / 原田マハ

⭐︎⭐︎

   この小説を個人的感想を抜きにして評価すれば良くできた小説である、と思う。

 

  プロットはよく練られており、東京と京都に離れてしまった夫婦の感情のすれ違いや行動の行き違いが傷口を徐々に広げていく様、女性同士の交情と最後の種明かし、画廊経営の現実と私企業の美術館経営の難しさ、東西画壇の違いと温度差、京都の情景や祭りの描写、京都人の矜持と閉鎖性、さらには東日本大震災原発事故の東京の落とした暗い影、等々、よくもまあこれだけたくさんのテーマを長編とはいえこの分量に収めてまとめきったな、と思う。

 

  主人公女性の贅沢お嬢様からの脱皮、天才絵師の暗い過去とその作品の魔性の魅力の描写も見事。

 

  これだけ書くと星五つだろう、ということになるが、残念ながら上記長所を最大限評価しても、個人的には星二つ。

 

  一言、絵の描写以外の全てが面白くなかった。

 

  なぜ面白くないのか。京都人描写への反感とか、京都の四季の情景が観光パンフレット的だとか、主人公やその母、夫にちっとも感情移入できないだとか、京都画壇の巨匠があまりにも予想通りのダメダメ親父だとか、まあ色々と理屈はつけられるが、要するに波長が合わなかった。

 

  私はデビュー当時からマハさんのファンで、「カフーを待ちわびて」「さいはての彼女」「キネマの神様」といった泣かせる小説、「#9」「楽園のキャンバス」「ジヴェルニーの食卓」と言ったキュレーター職を活かした絵画小説などなど大好きである。最近では新聞連載された「リーチ先生」に夫婦共々ハマり、終わった時はリーチロス症候群になったほど。

 

  ではなぜこの小説が面白くなかったのか?マハさんは真面目すぎて一生懸命書き過ぎて、羽目を外せない、おまけに最近は超多忙である。そこに入魂の部分と通り一遍の部分の温度差が生まれ、ひっかかってしまったのではないかと。

 

  そういう意味では「総理の夫」とか「アノニム」とか「ユニコーン」などに見られるやや粗製濫造的な傾向がこの作品の中(京都の祭りや行事の情景など)にもあったと思う。

 

  それに今回は谷崎潤一郎川端康成の京都へのオマージュとして書いたとのこと、そりゃ無理だろ、の世界。率直に言って谷崎や川端に親しんだものとして、そして関西人としては、マハさんは「異邦人(いりびと)」でしかなかった。

 

 「美」は魔物―。たかむら画廊の青年専務・篁一輝と結婚した有吉美術館の副館長・菜穂は、出産を控えて東京を離れ、京都に長逗留していた。妊婦としての生活に鬱々とする菜穂だったが、気分転換に出かけた老舗画廊で、一枚の絵に心を奪われる。強い磁力を放つその絵の作者は、まだ無名の若き女性画家だったのだが…。彼女の才能と「美」に翻弄される人々の隆盛と凋落を艶やかに描く、著者新境地の衝撃作。(AMAZON

 

おおあたり / 畠中恵

⭐︎⭐︎

  しゃばけシリーズもついに第15弾、文庫本で出ている限りではこれで最終、一つの区切りとなる。今回は「おおあたり」がテーマだが、統一感には乏しく、残念ながら大当たりではない。とはいえ、もう職人技の域、安定したクオリティではあるので、しゃばけシリーズにハズレなし、ではあるのだが。

 

おおあたり」 常連中の常連、菓子職人の栄吉の物語。餡子を作るのが恐ろしく下手な栄吉だが、辛あられを作ったところ、これが美味しい。若だんなの長崎屋であつかっておおあたり。それはよかったのだが、早速ニセモノが現れ、その犯人探しをしているうちに、許嫁のお千夜さんが他の男に気があるらしいということが分かって来る。そういう設定とは言え、畠中さんは栄吉に試練を与えすぎ。

 

長崎屋の怪談」 夏の暑さで参っている若だんなのために、例の一軒家で獏の馬久がたくさんの人妖を集めて怪談を披露する。その怪談にあわせたような災難が馬久、次いで岡っ引きの日限の親分に降りかかる。筋立てはすぐに読めてしまうがそこを読ませる安定の一本。

 

はてはて」 この頃すっかり常連となった貧乏神の金次。今度はひょんなことから富札を手に入れるが、それが何と百両以上の大当たり。その富札、半分に割られた割り札だったのだが、なんとその割り札が三枚も現れたからさあ大変。当たり札がもたらす大騒動に辟易した金次はさっさと辞退しようとするがそうもいかない。真相を解明するしかなく、かかわりを持った若だんな、仁吉と調べ始めるが。。。最後は珍しく若だんなの大立ち回りがあるが、手代二人に見つかり、大目玉を喰ってしまうという安定の展開。

 

あいしょう」 ガラッと話は変わって、神の国のおぎんの頼みで仁吉と佐助がはじめて長崎屋へやってきた時の話。やってきた途端に5歳の一太郎の誘拐事件が勃発、それを解決していく中で、互いにあまり相性がよくないと思っていた仁吉と佐助が融和していく話。

 

暁を覚えず」  またまた栄吉の餡子を虚仮にしておいて、中途半端で終わってしまう、あまり後味のよくない話。兄の松之助の妻お咲の妊娠が分かるあたりだけがほのぼの。でも第9弾「ゆんでめて」ですでに松之助夫婦には子供ができているのだが?その後の話であるはずの第12弾「たぶんねこ」で出てきた両国の大貞の親分も出てきているし、ちょっと時系列がおかしいことになっている。

 

  ということで最後の二本にすっきりしない感じが残るが、とりあえずしゃばけシリーズ本編はこれで一休み。

 

 

 

長崎屋にまたまた事件が。金次がもらった富札が百両以上の大当たりだったのだ!噂を聞きつけた人々が金の無心に寄ってくる一方で、当たり札が偽物ではないかという疑いも出てきて―。栄吉の新作菓子の成功が招いた騒動に、跡取りとしての仕事を覚えたい一太郎の奮闘、場久が巻き込まれた夏の怪異、そして小僧時代の仁吉と佐助の初々しいお話も堪能できる、めでたくて晴れやかな第15弾。

 

なりたい / 畠中恵

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  しゃばけシリーズ第14弾。今回は「〜になりたい」と言う題名が五つ並んでいる。ことの始まりは、畠中さんは断言はしていないが珍しくも大妖の手代二人仁吉佐助の失策である。

  若だんなが恒例によって寝こむ少し前に、近所で似た年頃の若者が亡くなる。主人の藤兵衛はいつも以上に寺社への寄進や供え物をするように仁吉と佐助に命じる。二人も十分承知であれこれ準備するが、寺社へ向かうと若だんなの側にいられない。それは困ると思った二人、なんと

「ならば、神様の方から、来ていただいてはどうかな」(仁吉)

「それはうまい考えだ。」(佐助)

いつも貧乏神の金次がいるとは言え、相手は神様。願い事を叶えてくれるだけではない。神とは、

人を喰らいかねない者であった。

町ごと、ひっくり返しかねない方々であった。

存在である。そんな神を五柱(稲荷神、大黒天、生目神、比売神、橋姫)も招いてしまったのだ。案の定、神々は話の流れから、

若だんな、我らが帰るまでに、来世何になりたいか、答えを口にしなさい

と注文をつける。それが気に入ったら若だんなの望む先の世を引き寄せてやろうと言うのだ。人が神と知り合うことは良いことでもあり、危ないことでもある。恩恵も厄災ももたらしうるのだ、それも五柱となれば数倍になる。

「心して返答なさいまし」

比売神が柔らかく言った。

と、仁吉と佐助にしては浅慮な行動が若だんなを窮地に追い込むわけである。

 

  ただし、そこから五編は若だんなの「〜になりたい」と言う願いではなく、他人(妖)のものである。

 

妖になりたい」は、長崎屋に蜂蜜を卸してくれている甚兵衛と言う男が妖になって空を飛んでみたりしたい、と願っており、そこに黒羽の友達の天狗赤山坊が絡んでくる話。

人になりたい」は江戸甘々会という「会」に入会している勇蔵という元道祖神が殺されて(当然死なない)起こる騒動から、子供相手の菓子店を開くまでの人情噺。

猫になりたい」はおしろが連れてきた猫又の春一の頼み事に、前作「ずえずえ」で登場した戸塚宿の猫又虎と藤沢の猫又熊市の覇権争を絡めた人情噺。

「親になりたい」は子供ができずに長崎屋に出戻ったおようという女中の二度目の縁談相手に子供がいて、その子がどうも妖であるようだと若だんな御一行が気づくあたりから始まる騒動を描いている。

最後の「りっぱになりたい」は冒頭に述べた「近所で似た年頃の若者が亡くな」ったところから始まる騒動。茶問屋古川屋の息子万之助のお通夜に出向いた若だんながまだ死に切れない万之助の幽霊(幽体?)に頼まれごとをされる。親の枕元に立って生まれ変わったら「〜になる」と言ってやって安心させてやりたいので何になるか一緒に考えてほしいという無茶な注文である。そこに万之助の妹の誘拐身代金要求事件も勃発して若だんなと妖一同の大捜索が始まる。

 

と、他人(妖)の頼み事を次々と解決してやる若だんなだが、果たして五柱の神の前でどんな返答をしたのか?それは読んでのお楽しみである。もちろん、

「今度は、神の方を呼びつけてはならん。」

と釘を刺されてしまうが、これはまあ当然、この程度のお叱りで済んでよかった。

 

誰もがみんな、心に願いを秘めている。空を飛んでみたくて、妖になりたいという変わり者。お菓子を作りたいがため、人になりたがる神様。弟を思うがゆえ、猫に転生した兄。そして、どうしても子を育てる親になりたい女―。それぞれの切実な「なりたい」を叶えるために起きた騒動と、巻き込まれた若だんなの本当の望みは?願いをめぐる五つの物語がつまった「しゃばけ」シリーズ第14弾。