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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

アメリカ最後の実験 / 宮内祐介

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   久しぶりの宮内悠介を読もうシリーズ、今回は2016年の作品で山本周五郎賞候補になった作品「アメリカ最後の実験」です。若い頃にアメリカ在住歴があり、ゲーマーでもあり、元プログラマーでもあり、DTMミュージシャンでもあるという彼のキャリアを存分に活かした「音楽格闘小説(吉田隆一氏の解説より引用)」で、さらにそこに連続殺人事件を絡ませたサスペンスアクションとなっています。

 

  音楽による格闘と言えば恩田陸の「蜜蜂と遠雷」を思い出しますが、あちらが東海地方の小都市を舞台にしたクラシックのコンクール小説であったのに対して、こちらはジャズをメインとしたなんでもありの異種格闘技、恩田さんの方が品の良いお嬢様小説に思えてくるほどド派手で奇想天外なストーリーでした。ちなみに作者は格闘漫画「グラップラー刀牙」の音楽版として構想を練ったそうです。

 

  そしてそのバックグラウンドとしてここではないどこか、誰も書いたことがない世界を書きたいと意気込んだ宮内悠介が選んだのは、アメリカ大陸清教徒が入植してネイティブアメリカンを駆逐しつつ巨大国家を築いていき、今や多民族がごった返す「合衆国」となったアメリの諸相がたっぷりと描かれているところも読みどころでした。

 

  そのアメリカという土地には元々ネイティブアメリカンの音楽があり、そこにアイリッシュ民謡、黒人音楽、ラテン音楽等様々な要素が持ち込まれ、それらを吸収しつつジャズ、ポップス、ロックを一大産業に発展させていった長い歴史があるわけですが、それでも   

征服者にかかわらず、土地そのものが孕む音楽というものがある

のではないか、と問う宮内悠介の言葉には考えさせられるものがありました。

 

  主人公(しゅう)はピアニスト、それも「共感覚」の持ち主で、音楽を聴くと眼前に奇岩群の立ち並ぶ赤茶けた荒野が見えるのです。これはかなり極端な設定ですが音に色を見たり、文字に味を感じるというのは実際にあります。例えば私の好きなピアニストのエレーヌ・グリモーさんはピアノの音に色を感じるそうです。この荒野の奇岩群のイメージはそのまま荒凉としたアメリカ西部の荒野地帯を象徴するかのようで、「主題」をなして何度も登場してきます。

 

  さて、その彼がアメリカ西海岸に現れるところから話は始まります。彼は西海岸では有名なグレッグ音楽院の入学試験を受けにきたのですが、その真の目的は昔この学院を受験したらしい父を探すためでした。

 

  彼の父俊一もピアニストで、脩と母を残し失踪してアメリカに渡り、謎のシンセサイザー「パンドラ」を作成していました。このシンセの設定は非常にマニアックで詳細は実際にお読み頂きたいのですが、ピアノでは下の音のシャープと上の音のフラットは微妙に異なるというところを表現できないのですがそれを可能にしたのが「パンドラ」なのです。う〜ん、マニアック(笑!

 

  それにしても、宮内悠介の音楽的素養とDTM、シンセなどの知識の豊富さには驚嘆すべきものがあります。うかうかしてるとあっという間に置き去りにされてしまうほど多様な知識をうまくストーリーに取り入れつつ話は進んでいきます。

 

  もちろん音楽院入学試験が核にはなるわけですが、その試験場で起こった殺人事件現場のホワイトボードに

The First Experiment of America(アメリカ最初の実験)

という文字が大書されていたことから、次々と共鳴現象のようにアメリカ各地で引き起こされていく第二第三・・・・の殺人事件。

 

  そして主人公たちは音楽バトルを重ねつつも否応なく「アメリカ最後の実験」に巻き込まれていきます。

 

  現代のアメリカで暮らすことの綺麗事ではすまない難しさ、そしてこの国の病根、ネイティブアメリカンの忸怩たる思い、様々な要素がごった煮のように詰め込まれておりストーリーをなぞっていては果てしなく長いレビューになってしまうので割愛しますが、第一の実験の犯人のアメリカ観を引用してみましょう。

 

 どのみち、メイフラワー号で祖国を逃れた漂着者の末裔だ。言語も文化も違う人々がいっとき集い、擬似家族をなし、刹那、アメリカという白昼夢を見ている。  解散までのひととき、忘れなれない輝くを放つバンドのように。

 

  そして最後の実験の犯人はネイティブアメリカンの末裔。

 

誇りを失った民がその日その日を生き延びてなんになる。そうだ。忌々しい故郷に、自分自身に流れる血に、銃口を向けてやるのだ。

 

  この犯人の引き起こした”アメリカ最後の実験”は、巡り巡って、この死んだ街(*)に黒い火を放ちます。(*:ネイティブアメリカンのリストリクション)

 

  その現場を鎮静化したのは、改良版「パンドラ」で純正律を奏でることにより試験会場を席巻したばかりの脩と同行していたネイティブアメリカン系女性。この騒動の最後に彼は、自分が見ていた荒野の奇岩群の共感覚のイメージが

 

 モンゴロイドのイメージなのではないか。  アジアで生まれ、ベーリング海峡を渡り、北アメリカから南アメリカへ長い旅をした、モンゴロイドの共通の無意識を、自分は見ているのではないか。

 

と感じます。そして自分が見ているのは未来なのだと。

 

  そうしてアメリカ最後の実験は終わりを告げますが、果たして最終的目標である父との再会は叶うのか?

 

  まあ全体として何でもかんでも盛り過ぎた感は否めず、音楽小説、格闘小説、ミステリ小説それぞれの要素をうまく処理しきれなかったきらいはありますが、彼第二の故郷アメリカへの愛憎相半ばする想いにかたをつけたことは評価されて然るべきかと思いました。   その辺りにレビューの重きを置いてしまい、ストーリーについてはほとんど触れないままになってしまいましたが(それでも十分長いって?)、宮内悠介ファンなら楽しめる内容だと思いますので是非どうぞ。

 

ここではないどこか、誰も書いたことがない世界を書きたい――気鋭の作家の新感覚小説! 失踪した音楽家の父を捜すため、西海岸の難関音楽学校を受験する脩。そこで遭遇する連鎖殺人――「アメリカ最初の実験」とは? ピアニストの脩が体感する〈音楽の神秘〉。才能に、理想に、家族に、愛に――傷ついた者たちが荒野の果てで摑むものは――西海岸の風をまとって、音楽が響き渡る……著者新境地のサスペンス長編。