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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

太陽と乙女 / 森見登美彦

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   モリミーこと森見登美彦の「太陽と乙女」です。(いろんな意味で)衝撃のデビュー作「太陽の塔」と(乾坤一擲待望の女性ファンを一気に増やした)代表作「夜は短し歩けよ乙女」を合体させたような題名からして、またまた京大腐れ大学生と妄想不思議乙女が活躍するモリミー節全開の快作(怪作)かっ!?

  と期待したそこのあなた、、、残念

 

  ご本人曰く、小説家として出発した2003年以来約14年にわたって様々な媒体に発表してきた、現時点での「森見登美彦エッセイ大全集」です。この現時点とは平成29年なのですが、今回(R2年)文庫化され、それに当たって親本刊行後に書いた文章を新たに二篇収録したそうです。この文庫版が「新潮文庫の100冊2020」のリストに上がっており、この際再度モリミーの売り上げに寄与すべく文庫版を買ってきました(恩着せがましい)。

 

  いやあ、どこもかしこも面白い!どこかで読んだ話も多いのですが(親本読んでるから当たり前だろうというツッコミは無しね)、珍妙軽妙洒脱自虐のモリミー節が随所から立ち上り、抱腹絶倒とはいきませんが、クスクス笑えます。

 

  結構全体として分量があり内容も盛り沢山なので一つ一つ紹介するわけにもいきませんが、各章をさらっとみていきましょう。

 

第一章 登美彦氏、読書する

  書評集です。さすがプロ、読ませますし、この本買おうかな、という気にさせます。なんせ冒頭のつかみが上手い。例えば北野勇作の『カメリ』の解説の書き出し。

 

この小説『カメリ』には、ダンゴロイドというナイスな名前の存在が登場する。

 

ダンゴロイド」という名前を出すことでグッと興味をそそり、「ナイス」というベタな表現でたたみかける。聞いたことのない作家でも(とりあえずレビューは)読みたくなります。

  氏自身も、綿谷りさの「憤死」の解説中で

 

笑える話というものはさりげなく始めるといつまで経ってもへなへなするきらいがある。冒頭から思い切った一撃を加え、手前勝手に勝利を宣言することこそが勝利への道であると私は思う。

 

と書いておられます。自分のレビューもこうありたい、と思うのですがなかなか真似できないですわ。

 

第二章 登美彦氏、お気に入りを語る

  続いて映画評等々雑多なレビュー。ここでも「冒頭の一撃」の法則は生きています。特に日本映画史に燦然と輝く「砂の器」評の最初の一文、

 

 すごいという噂は聞いていた。

 

はすご過ぎる!「砂の器」をこれ以上簡潔明瞭に表現しきるのは不可能でしょう。   もちろん冒頭だけではありません、「ルパン三世」の思い出、

 

私がどれくらいぼんやりしていたかというと、銭形警部のことをルパンのお父さんとおもっていたぐらいである。なぜならルパンが「とっつぁん」と呼ぶからだ

 

は、もう天然なのかネタなのかわからない。

 

第三章 登美彦氏、自著とその周辺

  デビュー前後の出来事などなど大体知っている事ばかりでしたが、2011年連載仕事を引き受け過ぎて頭がパンクしてしまい、東京から都落ちして奈良にすっこんで一年ぶらぶら過ごした、ファンには有名な黒歴史を冷静に語っておられるのが印象的。立ち直られて何よりです。

 

  また京都という土地にこだわる続けているようにみえて、「失われた時を求めて」で「土地の名・名」という章まで設けたプルーストばりに

 

もし景色が変わっていても、我々には地名という心強い味方がある。じつのところ私は、地名さえあればなんとかなる、というふうに思っている。

 

と書いておられるあたりは、さすが作家だな、と感心。

 

第四章 登美彦氏、ぶらぶらする

  旅行記、近辺記など、個人的にはこの章が一番好きです。

 

  小説中のキャラのようなユニークな女性編集者矢玉さんとの東京ショートトリップや結構本格的な山陰行も読ませますが、何と言ってもモリミーと同じ奈良県人である私には、ご本人曰くの私なりの奈良のほそ道『2017年近所の旅』シリーズが嬉しい。   特に、奈良県人にとって

 

西大寺は寺の名前ではなく、近鉄の駅の名前である

西大寺からはどこへでもいける、近鉄西大寺駅は世界の中心

 

説には思わず拍手喝采

 

  中高6年間、N女子大付属に通っておられた登美彦氏は近鉄生駒ー奈良を利用、T大寺に通っていた私は車内全線路線図で唯一名前を載せてもらえない超弱小駅から西大寺経由で奈良まで通っていたので、氏の思い出の数々と共鳴しまくりました。

 

  特に、生駒―奈良であれば西大寺は通過するだけなのに、好きになった女子が西大寺で乗り換えするのでわざわざ降りて彼女に近づこうとするエピソードには爆笑。結構あるんですよ、そういう事例は。西大寺恋のハブ駅だったのです。

 

第五章 登美彦氏の日常

第六章 「森見登美彦日記」を読む

第七章 空転小説家

 

  奈良で興奮してしまい長くなり過ぎたのであと三章は割愛させていただきます(をいをい。

 

  とにかく、ご本人もまえがきで書いておられますが、これほど「寝る前に読むべき本」としてぴったりのものはない。奈良県人なら必読、そうでない方も是非枕元に置いて寝てください(寝るのか)。

 

少年の頃から物語を描いていた。我が青春の四畳半時代。影響を受けた小説、映画、アニメーション。スランプとの付き合い方と自作への想い。京都・東京・奈良をぶらり散策し、雪の鉄道旅を敢行。時には茄子と化したり、酔漢酔女に戸惑ったり。デビュー時の秘蔵日記も公開。仰ぎ見る太陽の塔から愛おしき乙女まで、登美彦氏がこれまで綴ってきた文章をまるごと収録した、決定版エッセイ大全集。(AMAZON)