コイコワレ / 乾 ルカ
⭐️⭐️⭐️
螺旋プロジェクト#5、ここから女性作家が二人続く。まずは乾ルカの「コイコワレ」。「蒼色の大地」の明治と「シーソーモンスター」の昭和後期の間を埋めるピースで昭和前期が舞台。具体的には太平洋戦争末期の1944-5年の出来事を海族山族二人の少女を主人公として描いている。
これまでの作品に比べて地味だけれどジワリと胸に染みてくる好編であり、その中で螺旋プロジェクトのルールを荒唐無稽にならずとてもうまく活かしていた。特に付けているものの命を一度だけ救って壊れてしまうという、螺旋(あるいは蝸牛)型のアクセサリーを物語の中心に置いたところが乾ルカの炯眼。
太平洋戦争末期。日本の敗色が濃くなる中、東京から東北の田舎へ集団疎開した小学生たち。そのひとり、清子は疎開先で、リツという少女と出会う。「海」と「山」という、絶対相容れない宿命的な対立の出会いでもあった――。 戦争という巨大で悲劇的な対立の世界で、この二人の少女たちも、長き呪縛の如き、お互いを忌み嫌いあう対立を繰り広げるのだが……. 「螺旋」プロジェクト、激動の昭和前期篇、ついに登場!
敗色濃厚になりつつある日本、海族の少女清子は東京から宮城県の山奥の村に集団疎開してきた。優しい母と離れ、青い目が故に仲間外れにする同級生と共同生活するだけでも辛いのに、その村には決して相入れない種族である山族の少女がいた。おまけに宿所となる寺の子で否応なく顔を合わせてしまうことに慄然とし、吐き気がするほど激しい嫌悪感を抱く。唯一の心の拠り所は出立前に母からもらった手作りの螺旋の首飾り。
一方の山族の娘、リツは捨て子で山族の特徴である大きくとがった耳を持つが故に村の子供達から山犬と蔑まれている。彼女の味方は育ててくれたお寺の家族、特にリツが片想いしているこれまた寺のもらい子の健次郎と、山中に棲む炭焼きで彼女を拾って寺に預けてくれた源助という老人。源助は片目が青い。そのリツも当然ながら清子に猛烈な嫌悪感を抱く。
この静の清子、動のリツの二人の、狂的とも言える対立を軸に物語は進み、それに螺旋の首飾りが深く関わってくるという設定。
まずはリツが、赤紙が来て出征する健次郎にその螺旋のお守りをあげたくて清子に頭を下げるが激しく拒絶される。
リツはどうしても欲しくて、清子が風呂に入っている間に盗んでしまう。
健次郎はそれを察し、一晩だけつけて明日清子に返すとリツに言う。
その健次郎、出征前の夜山向こうの母親がいるかもしれない村へ雪の中でかけ、、、
ここから先を書いてしまうと興を削ぐので割愛するが、源助が拾って返しはしたものの清子は激怒、一方のリツも起こってしまった事件に逆恨み的に激怒、あげくに清子を山中の滝壺に落としてしまう。
これだけ激しい憎しみ合いの中で、二人はお互いに謝罪しお互いを許容していくことができるのか?清子には母、リツには源助という理解者・指導者はいるが、当然一筋縄ではいかない。挨拶をするようになっただけでも大変な進歩であるが、最後の最後まで和解までは至らない。そして別れの日、リツがようやく完成させたあるものを届けようとして待ち受けていた運命は?
その個人対個人の攻めぎあいの中でも、聡明な清子は、国対国の戦いの中で相手国のすべてを拒否するのではなく、個人のレベルでは母を思い恋人を思う気持ちは我々と変わらないのではないだろうか、というところへ思いを致していく。この辺りの話の進め方もとても自然で上手いと思った。
それにしても「コイコワレ」にはどういう漢字をあてるのが正しいのであろうか?この二人の関係は少なくとも「恋い恋われ」ではない。ヒントは各章の題名にあると思う。ヒントはおそらく「こう」で固めた凝った各章の題名にあると思う。
「逅」「恋う」「紅」「乞う」「光」「交」「攻」「効」「考」「劫」
「乞い乞われ」が文字的には一番しっくりくるが、「コワレ」は単なる受動形ではなく、首飾りの運命「壊れ」かも。私としては「乞い壊れ」を当てたい。
まあその首飾りに関するラピュタの飛行石のような超自然現象はあるものの、このシリーズの中では最も現実的に個人のレベルで対立と憎しみを深く掘り下げ、かつルールのアクセサリーをうまく使った佳作だと感じた。
なおプロジェクトのサービスとしては次の「シーソー・モンスター」へのバトンタッチとして、リツの夢の中で、教師になった清子の生徒として一瞬「みやこさん」が顔を出す。
螺旋プロジェクト
原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟
古代 「月人壮士」 澤田瞳子
明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳
昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ
平成 「死にがいを求めて生きてるの」 朝井リョウ
未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘