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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

夢印 / 浦沢直樹

⭐️⭐️⭐️

   浦沢直樹の最新作「夢印(むじるし)」。珍しく一巻完結の作品長崎尚志の名前がないのも久しぶりじゃないかな?フジオプロの協力とあるのは、今回の主要登場人物として、赤塚不二夫の名キャラクター、「おそ松くん」のイヤミが登場するから。

 

そのあたりの経緯は、小学館HPから引用すると、

 

 今から4年あまり前、2014年頃にルーヴル美術館から浦沢直樹氏に漫画作品の執筆依頼がありました。ルーヴルは漫画を「第9番目の芸術」と認め、ルーヴル×漫画の共同プロジェクトを企画していたのです。浦沢氏は当時抱えていた連載作品で忙しく、長いことその企画に取りかかることができませんでした。その詳しい経緯は、単行本『夢印』豪華版の浦沢氏のあとがきに詳しく書かれてありますが、「9番目の芸術」としてではなく「日本漫画」として描く。漫画は、漫画であって、より自由で、馬鹿馬鹿しくて、美しい。果たして、浦沢直樹氏が出した答えは、「イヤミ」を主人公にするというものでした。赤塚不二夫先生の生み出した『おそ松くん』のキャラクター「イヤミ」。今も東京のどこかに生きていて、日本、フランス、世界の壮大なドラマのうねりを生み出す中心となる。浦沢直樹氏が生み出す「日本漫画」の自由、馬鹿馬鹿しさ、美しさに、是非、酔いしれてください。

 

ということだそうだ。おフランス=イヤミ、は我々の世代にとっては馴染みのものだけど、若い世代はほとんど知らないんじゃないかな。その点、エヴァ―グリーンな「鉄腕アトム」の浦沢版「PLUTO」ほどの支持は得にくいかもしれない。

 

  とは言え、やはり浦澤の絵の巧さはやはり超一流、現代漫画家の中でも群を抜いている。鉄腕アトムの主要登場人物を見事にリアル化した腕は健在で、イヤミにしても、浦沢らしい精密に描かれた人物として登場するんだけど、どうみても赤塚不二夫の造形したイヤミそのもの。また、ルーブル美術館サモトラケのニケフェルメールなどの描写も惚れ惚れするほどリアルだ。

 

  長崎尚志がいなくても、プロットもそれなりに練られている。随所にちりばめた小ネタにも笑える。最後の一コマのギャグはいつ出るかいつ出るか、と期待していたものではあったけれど、なるほどそう処理するか、と感心した。

 

  故赤塚不二夫と、その時代の漫画への素晴らしいオマージュである。

 

浦沢直樹×ルーヴル美術館プロジェクト!!

ある一つの家族。

ある一枚の絵。

ある一人の謎の男。

 

多大な借金を負った父と娘が、藁をもつかむ気持ちで訪れた古い館。 看板には“仏研”と書かれている…… 館内の暗がりを親子が歩き進むと、一人の男が静かに座っていた。 その男は初対面の親子に告げた。 「夢を見る人にしか、ルーヴルから美術品を拝借した話なんて、してあげないざんす」と………“ざんす”? (AMAZON解説より)』

大貫妙子コンサート in メセナホール

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

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大貫妙子コンサート in メセナホール

 

2018.10.14 16:30-18:30

須坂市立文化会館メセナホール

 

大貫妙子 (vo)

 

ゲストミュージシャン

原田知世(vo)

小松亮太(bandoeon)

 

バンドメンバー:

フェビアン・レザ・パネ(p)

小倉博一(g)

鈴木正人(b)

林 立夫(ds)

 

Setlist

1: 緑の風

2: 色彩都市

3: 横顔

メンバー紹介

小松亮太 参加

4: エトランゼ

5: Hiver(イヴェール)

6: 愛しきあなたへ

小松亮太 退場

7: あなたを思うと

8: 都会

9: 彼と彼女のソネット

原田知世 紹介  大貫妙子 退場

10: 時をかける少女

11: ダンデライオン

大貫妙子 入場 デュエット

12: 地下鉄のザジ

原田知世 退場

13: 夏に恋する女たち

小松亮太 入場

14: 美しい人よ

 

EC

1: 突然の贈りもの

原田知世小松亮太 入場

2:  メトロポリタン美術館

 

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購入グッズ:

サイン色紙付きLP: Pure Acoustic 2018

原田知世バンダナ

 

 

とっぴんぱらりの風太郎 / 万城目学

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

  マキメーこと万城目学の長編時代小説。いやあ畏れ入った。傑作だ。

 

  最初はマキメー流の、ヒョウタの物の怪(因心居士)に憑りつかれた忍び崩れの少年風太(プウタロウ)を主人公としたコミカルな忍者小説かと思わせておいて、最後は大坂夏の陣を舞台に、壮絶で感動的なクライマックスに登りつめていく。

 

  風太郎と犬猿の仲の、悪賢い女百市大阪城に詰める忍びで絶世の美女常世、南方出身の忍者黒弓、敵方(京都所司代方)の忍びの棟梁で凄腕の残菊、そして高台院(=ねね様)、謎の貴人ひさご、等々のキャラが立ち、虚実のバランスが実によく取れ、非常な階級社会の実相も丁寧に書かれており、読み始めたら最終章で涙するまでやめられない、まさしくページターナー

 

  マキメーの会心作、お勧めである。

 

 

『時は戦国、豊臣から徳川の時代への大転換期。 重なり合った不運の末に、あえなく伊賀の国を「クビ」になった忍びの者、風太郎。 しかたなく出た京でぼんくらな日々を送るなか、彼が出会ったのは一個の「ひょうたん」。 老獪に語りはじめる謎の「ひょうたん」に誘われるようにして、風太郎の人生は時代に翻弄されながらも転がり始める。 「ひさご様」こと豊臣秀頼。恐ろしさと美しさをたたえる高台院ねね。ねねからのミッションで邂逅することになる大芸術家・本阿弥光悦マカオから来た黒弓、大阪城に仕える美忍者・常世、幼なじみのくノ一・百、対立する忍び・蟬――。 やがて豊臣と徳川の「いくさの気配」は法螺貝の音とともに開戦へ。 (上)

徳川方として従軍する風太郎。冬の陣での真田丸との闘い、戦間期に芽生えた「守るべきもの」への思い――。 和議成立ののち、平穏な日々が戻ったのも束の間、血なまぐさい因縁が風太郎を追い立てることとなる。 最後の大決戦。燃え盛る大坂城目指し、だましだまされ、斬っては斬られ、忍びたちの命を懸けた死闘が始まる。崩れ落ちる天守閣、無情の別離、託された希望、圧巻のクライマックス。堂々の完結!(下)(AMAZON解説より)

天子蒙塵 第三巻 / 浅田次郎

⭐️⭐️

  浅田次郎先生のライフワークとも言える、中国史シリーズ「蒼穹の昴」「中原の虹」に続く「天子蒙塵」も早や第三巻。読まねばと思いつつ、他に積読が多くて後回しになっていたが、この壮大なシリーズの完結巻になるという噂の第四巻の予約が始まっているという事で取り急ぎ読んでみた。

  今更ながら、の感があるが、作者紹介を読んで驚いた。

 

蒼穹の昴」 → 第一部

珍妃の井戸」 → 第二部

中原の虹」 → 第三部

マンチュリアン・リポート」 → 第四部

天子蒙塵」 → 第五部

 

なんだそうである。どう考えても「珍妃の井戸」はスピンオフものだし、「マンチュリアン・リポート」に至ってはRough and Readyの駄作で浅田先生ほどの方なら無かったことにした方がいいんじゃないかという作品。

 

  まあその超駄作は置いておくとしても、私個人の評価としては「蒼穹の昴」が完璧な浅田先生の代表作で、「中原の虹」は後半息切れ気味。そして天子蒙塵」は率直なところ全然面白くないなというのが第一、二巻の印象で、とにかく早く面白くなってくれ、と願っていた。

 

  が、第三巻は残念なことに益々失速気味。最終巻へのブリッジだとしてもあまりにもヤマがない。

 何しろ、愛新覚羅溥儀張学良の回想とぼやきで前半三分の一が過ぎてしまうのだ。それを過ぎてようやくお馴染みの面々(李春雷、志津、吉永、酒井、馬占山等々)が出てくるが、かといって本巻に劇的な事件・出来事はない。

  満州事変は過ぎているし、満洲国は建国されたものの溥儀はまだラスト・エンペラーとはなっていない。ましてや西安事変はまだまだ先のようだ。

  実在の人物として川島芳子ココ・シャネルが出てくるが、キーパーソンと言う訳でもない。嬉しいキーパーソンとして張作霖の五番目の妻、女傑寿梅明が登場する程度。

  それなのに一方で、新しい架空の男女(駆け落ち)と少年二人(それぞれ家出)が満洲へやって来て話を動かすことになる。次巻が最終巻だというのに大丈夫なのか。

 

  そして最も肝心な龍玉も春雷が隠したまま、一向に誰の手に渡るか分からない。まさかとは思うが、あの男に渡るのでは、という危惧も抱かせる。あの男に渡るくらいなら粉々に砕けて天に還る方がよほどいいと思うが。

 

  浅田節も随所に出ては来るが、どうも湿りがちだし、贔屓の引き倒し的な人物描写は鼻につく。とりあえず張学良が帰国するので次巻で物語が大きく動き、最後に浅田先生流の感動の大団円となることを祈るのみである。

 

『新天地から始まる果てしなき道へ。 「馬賊の歌」も高らかに、日本を飛び出した少年二人、妙齢の美男美女は駆け落ちか。 満洲の怪人・甘粕正彦男装の麗人川島芳子も加わり、新たな登場人物たちが、それぞれの運命を切り拓くため走り出す。 満洲ではラストエンペラー・溥儀が執政として迎えられ、張学良は妻子を連れヨーロッパへの長い旅に出ていた。 日中戦争以前に何が起こっていたのか? 伝説のベストセラー『蒼穹の昴』シリーズ第5部。著者ライフワークはいよいよ昭和史の「謎」に迫る。(AMAZON解説より)』

月の輝く夜に/ザ・チェンジ / 氷室冴子

⭐️⭐️⭐️

   今年は氷室冴子没後10年とのこと。私はコバルト文庫には縁がなく一冊も読んだことがなかったが、ジブリの「海がきこえる」もこの人の作品だと「本が好き!」で全作レビュー中のあかつき姐さんに教えてもらった。ついでに、初めて読むのなら何がいいか訊いてみると、シリアス+コミカルのバランスがいいこの作品がいいとのこと。おかげさまで初氷室冴子はなかなかに楽しめた。

 

月の輝く夜に: こちらはシリアス。源氏物語少女小説風にするとこういう感じになるのだな、と納得。不穏な空気を孕みつつ静かに物語は進み、最後の最後に主人公がチラ見で懸想していた男の正体が明らかになる、結局出てくる女たちの誰も幸せにはなれない、という展開を平安絵巻のように読ませる氷室冴子の筆力はなかなかのもの、好短編だと思った。にしても、年の離れた恋人、こいつが実は一番曲者だな。

 

ザ・チェンジ: うって変わってこちらは抱腹絶倒のお笑い平安絵巻である。なるほどなあ、これが氷室冴子の陽の部分なのだな。

  早い話が、氷室版「とりかへばや物語」なのであるが、綺羅姉弟、今上(帝)、女東宮、三の姫、宰相中将、等々主要登場人物のほとんど皆が皆、勝手な思い込みと勘違いのオン・パレード。まあアホ臭いことこの上ないのだがそれが笑える。これがコバルト文庫の軽みと面白みの面なんだろう。

  かわいそうなのは綺羅姉弟の父の左大臣。エキセントリックを絵に描いたような二人の妻に挟まれ、おとこおんな、おんなおとこ二人の子供の大騒動に巻き込まれてぶっ倒れてしまうのは哀れであった。

 

あと二品はおまけ、的な感じ。

 

少女小説家を殺せ!: 自らをカリカチュアライズした超アブナイエキセントリック小説家火村彩子に翻弄される主人公。もろ自虐ネタのお笑い小説。カラッと笑って後にナ~ンにも残らないのがいいところ、といえばいいところか。  

  内容には関係ないが、これを読むと氷室さん北海道出身みたいだから調べてみたら藤女子大のご出身。中島みゆきとは5歳年が違うから、接点はおそらくなかったんだろうな。

 

クララ白書番外編 お姉さまたちの日々: クララ白書を知らないから何とも言えないが、お笑いタカラヅカ系的な。人物造形がステレオタイプで、それを楽しむんだろう。

 

 

十七歳の貴志子は、親子ほどに歳が違う恋人の有実から、彼の娘の晃子を預かってほしいと頼まれた。晃子は十五歳。気が進まなかった貴志子だが…?表題作『月の輝く夜に』のほか、同じく文庫未収録作品『少女小説家を殺せ!』『クララ白書番外編 お姉さまたちの日々』を収録。そして文庫・単行本で134万部を記録した不朽の名作『ざ・ちぇんじ!』上下巻を併せた、氷室冴子ファン必読の一冊。 (AMAZON解説より)』

偶然の祝福 / 小川洋子

⭐️⭐️⭐️

  いやあ、これは驚いた。例えばポール・オースターなんか自分の作品に過去の自作の主要人物を登場させることを得意としているが、記憶に残るかぎり小川洋子ではそんな作品はなかった。

  ところがこの短編集には「バックストローク」「ホテル・アイリス」「貴婦人Aの蘇生」を明らかに意識している作品があるし、暗示的にだが「完璧な病室」「ミーナの行進」を彷彿とさせる描写もある。小川洋子ポストモダンといった趣。

  特に「盗作」という作品を読んだ時は「また二度買いしちゃったか!」と焦ったくらいだ。自分の「バックストローク」を実は盗作です、と言い切るフィクションの凄み、それを平然と書く小川洋子さんにはもう降参。

 

  そんな中で、他の作品の主人公小説家の子どもの頃の話かなと思わせる「キリコさんの失敗」と、愛犬アポロの病気にひたすら戸惑う「涙腺水晶結石症」は比較的ホノボノとした、安心して読めるいい話。

 

  最後に唐突に時計工場が出てくる「時計工場」だけは分かりにくい話だが、一作目の「失踪者たちの王国」から、貴婦人Aが出てくる「蘇生」まで、「失ったものへの愛と祈り(裏解説より)」に溢れた短編集である。そこはやはり小川洋子だ。

 

  解説が川上弘美、というのも嬉しい。

 

  

『お手伝いのキリコさんは私のなくしものを取り戻す名人だった。それも息を荒らげず、恩着せがましくもなくすっと―。伯母は、実に従順で正統的な失踪者になった。前ぶれもなく理由もなくきっぱりと―。リコーダー、万年筆、弟、伯母、そして恋人―失ったものへの愛と祈りが、哀しみを貫き、偶然の幸せを連れてきた。息子と犬のアポロと暮らす私の孤独な日々に。美しく、切なく運命のからくりが響き合う傑作連作小説。 (AMAZON解説より)』

ヤモリ、カエル、シジミチョウ / 江國香織

⭐️⭐️⭐️⭐️

  久しぶりの江國香織、2014年の作品で谷崎潤一郎賞受賞作。それも、文庫本で460P以上ある長編。内容は江國香織そのものだが、二人の子供、周囲の大勢の大人たち、と多数の視点で細かく小節分けされて物語が紡がれていくため、ものすごく集中力を要する

 

  特に言葉の発達が遅く、その代わりに人の心や雰囲気が読めて、カエルやヤモリやシジミチョウをはじめとする小動物たちと会話できる「たくと」君の視点での小節は漢字が出てこない。彼がこの小説のキーマンだけに本当に疲れる。

  「アルジャーノンに花束を」の(邦訳の)二番煎じみたいだ、と思う方も多いかもしれないが、江國ファンとしてはこれはやはり江國流なのだと思う。アルジャーノンに似た仕掛けもあるので見落とさないようご注意を。一応このレビューにも仕掛けておく。

 

  というわけで最終小節を読み終えた時はほっとしたような、茫然としたような複雑な気分だった。でも、やっぱり江國さんは、言葉の、文章の天才だとあらためて思った。

   とはいえ、この作品全体をどう評価するかは難しいところ。ストーリーとしては大したことは起こらないので低い評価になる。おまけにいろいろな登場人物の全ての流れが最後に唐突に途切れる。その後どうなったかは分からない。

 

  分からないと言えば、たくと君が通訳で、姉の育美が可愛がっていたカエルの「葉っぱ」が段々と弱っていき、最終章で、さすがの拓人君でさえあっと驚く行動を育美はとる。でも後年成長した二人が語り合っている場面で育美はそんなことはしていない、葉っぱはちゃんと庭に埋めてあげた、と言う。どちらが本当か分からない。

 

  だから江國香織を読んだことのない人が初めてこれを読めば、何だこれだけ長い文章を読ませておいて、と怒り出すかもしれない。彼女の世界が好きな人が、少しずつ彼女の文章を味わいながら読むのに適した作品なのだろう、と思う。

 

  個人的には浮気が当たり前だと思っている父親にちっとも共感できないし、彼の小節は不愉快になる。それでもそれを書かないではいられないのが江國香織らしいところなのだろう。

 

  ちなみに私は家にヤモリが何匹いても大歓迎だが、家内はやはり嫌がるだろうな。

  

『虫と話ができる幼稚園児の拓人、 そんな弟を懸命に庇護しようとする姉、 ためらいなく恋人との時間を優先させる父、 その帰りを思い煩いながら待ちつづける母――。 危ういバランスにある家族にいて、 拓人が両親と姉のほかにちかしさを覚えるのは、 ヤモリやカエルといった小さな生き物たち。 彼らは言葉を発さなくとも、拓人と意思の疎通ができる世界の住人だ。 近隣の自然とふれあいながら、ゆるやかに成長する拓人。 一方で、家族をはじめ、近くに住まう大人たちの生活は刻々と変化していく。 静かな、しかし決して穏やかではいられない日常を精緻な文章で描きながら、 小さな子どもが世界を感受する一瞬一瞬を、 ふかい企みによって鮮やかに捉えた谷崎潤一郎賞受賞作。(AMAZON解説より) 』

私の家では何も起こらない / 恩田陸

⭐️

  とことんつまらない。昔読んだホラーだか幽霊話だかのオマージュらしいけれど、どの話も水準以下。もっと凄いものを書ける人がこの程度の短編でお茶を濁しておいて、最終話で一丁前のゴタクを並べている。ファンをなめるなよな、という感じ。内容は書く気もしないので、AMAZON解説を参照されたい。

 

  「夢違」が前半そこそこの出来だったけれど、恩田陸さんとカドカワは余程相性が悪いらしい。

 

『小さな丘に佇む古い洋館。この家でひっそりと暮らす女主人の許に、本物の幽霊屋敷を探しているという男が訪れた。男は館に残された、かつての住人たちの痕跡を辿り始める。キッチンで殺し合った姉妹、子どもを攫って主人に食べさせた料理女、動かない少女の傍らで自殺した殺人鬼の美少年―。家に刻印された記憶が重なりあい、新たな物語が動き出す。驚愕のラストまで読む者を翻弄する、恐怖と叙情のクロニクル。(AMAZON解説より)』

逆説の日本史21幕末年代史編IV / 井沢元彦

⭐️⭐️⭐️

   井沢元彦の逆説の日本史、幕末年代史編もいよいよ大詰めに入った。前巻の大混乱期に続いて1865年から1869年まで、日本史史上最高の激動期で、薩長同盟の成立、四境戦争(第二次長州征伐)、大政奉還王政復古鳥羽・伏見の戦い慶喜遁走、江戸城無血開城上野彰義隊の壊滅、会津戦争、そして明治への元号改元明治天皇即位と息つく暇もないほどその後の日本を決定する大事件が連続する。

 

  このあたり「尊王攘夷」~「薩長同盟」~「明治維新」と事実の羅列だけで学ばせられる社会の教科書に沿っただけの授業では本当にわかりにくい。敵味方、攘夷開国が目まぐるしく変化するのを把握するのは中学生であった私には本当に難しかった、というか謎であった。それを助けてくれたのは司馬遼太郎先生をはじめとする幾多の小説群であったが、いまならこの井沢氏の本を読むのが一番合理的にかつ脚色なしにこの激動の時代を把握できるのではないかと思う。

 

  そしてこの間、前巻に引き続いて多くの著名人が死んでいる。一番の大物は高杉晋作坂本龍馬中岡慎太郎であろうが、一番気の毒なのは赤報隊相良総三であろう。薩摩に踊らされ、騙されたうえでの惨死はそれこそ祟りを恐れても不思議はないのだが、「卑怯者、陰険な」薩摩の西郷大久保にとっては何ほどのものでもなかったようである。

 

  高杉晋作については病死で間違いないのだが、今でも犯人探しが盛んなのは坂本・中岡の方である。これに関しては中岡慎太郎の証言や、後年の今井某の供述によりなどにより見回り組の犯行とされている。それでは面白くない人々がいろいろと推理するのだが、井沢氏の論旨は面白みはないが明快で説得力がある。それは読んでのお楽しみということで。

 

  今回敢えて不満を挙げるとすれば、銀英伝を読み終わったばかりでもあり、幕末のヤン・ウェンリーともいえる大村益次郎の戦術をもう少し詳細に語ってほしかった。

 

  巻末が近づくにつれ、井沢氏得意の怨霊祟り信仰が今回は出てこないのかなと心配していたが、最後にどんと出てきた。孝明天皇の死後跡を継いだ明治天皇であるが、実は践祚しただけで、明治に元号改元したのは、ほぼ日本の趨勢が「新政府軍」に決定した2年後の慶応4年8月27日である。その前日8月26日が重要。この日は逆説の日本史思想を貫く「大魔王崇徳院の命日なのである。このあたりの詳細を述べて、幕末年代史編は幕を閉じる。

  賛否両論はあれ、井沢氏のぶれない日本史観に基く、見事な締めであった。

『怒濤の「幕末年代史編」堂々完結! 『週刊ポスト』誌上で好評連載中の歴史ノンフィクション『逆説の日本史』。ペリーによる黒船来航から始まった「幕末年代史編」最終章が、満を持して文庫化されました。 長州の高杉晋作が正義派(討幕派)を率いて功山寺で挙兵した1865年から、翌年の薩長同盟成立を経て、大政奉還そして王政の大号令へ。そしてついに明治維新がなった1868年までの激動の4年間を詳説。「高杉晋作は本当に“長州絶対主義者”だったのか?」「“犬猿の仲”であった薩長を接近させた坂本龍馬の“秘策”とは何だったのか?」「“孝明天皇暗殺説”は信じるに足る学説なのか?」「官軍に対する“江戸焦土作戦”とは勝海舟のブラフだったのか?」などなど、歴史の狭間に埋もれがちな数々の謎と疑問を、切れ味鋭い「井沢史観」で解き明かします。 維新から150年。「明治維新とは一体何だったのか?」について、あらためて考え直すための最良の一冊です。(AMAZON解説より)』

逆説の日本史20幕末年代史編III / 井沢元彦

⭐️⭐️⭐️

  井沢元彦の「逆説の日本史」、この度文庫版でも幕末編が完結したので、残っていた二冊をまとめて読んでみた。

 

  幕末史はあまりにも資料が多すぎ、事件や登場人物が多すぎ、全体像を把握するのがとても難しい時代である。それを井沢は年ごとに分けて検討し、それを貫くキーマン7人(勝海舟岩倉具視西郷隆盛大久保利通桂小五郎坂本龍馬高杉晋作)の動向を中心に据えることによって全体像をつかむ、という手法を用いて明快にまとめている。そして裏主人公として、ここまでややこしい内乱状態となってしまった原因思想である「朱子学」の害を常に念頭に置いている。

 

  さて、ペリーの来航から始まった未曽有の大混乱の時代、幕末もこのNo.20で第三巻目に入る。ラス前である。混乱の度はますます深まり、生麦事件や第一次寺田屋事件が起こった1862年、日本の一藩を相手にイギリス(薩英戦争)とフランス(馬関戦争)が戦争を仕掛けた1863年、西郷が赦免され長州が京都から追われ長州征伐が行われた1864年の3年間だけで一冊。ものすごく濃い。というか、これほど国の内部がバラバラになっていてよくもまあ欧州列強に日本が植民地化されなかったものだと、あらためて呆然としてしまう。

 

  もう尊王攘夷派対幕府開国派なんて単純な図式では語れない。尊王の中にも討幕派と公武合体派があり、攘夷を主張していても勝海舟に感化されて開国派に変わった者もいるし、攘夷を唱えていないと危ないので攘夷と言っているが内心は開国やむなしと思っている者もいた。そのあたりを井沢は手際よく解説しつつ、持論を展開している。高杉晋作はおそらくは内心開国やむなしと思っていたが、それを言うと確実に殺されるので言わなかったのだろう、という推論には私も賛成である。

 

  ちなみにサブタイトルは「西郷隆盛と薩英戦争の謎」となっているが、西郷隆盛勝海舟と言った「プラスのヒーロー」より、「マイナスのヒーロー長州藩一橋慶喜の方が目立ってしまう皮肉な巻となっている。

  一橋慶喜は「二心どの」と言われたほどころころ態度を変え、井沢に言わせれば「何もしなかったこと」「すぐに意見や態度を変えた事」により、結果論的に見れば日本を正しい方向に導いてしまった男として描かれる。徳川最後の将軍は実に情けない男であったからこそ日本は救われたのである。

 

  それよりはるかに「問題児」だったのは長州藩である。吉田松陰高杉晋作桂小五郎伊藤博文井上馨と言った英傑を輩出しながらも、この時代の長州はどうしようもなく過激な討幕攘夷に凝り固まっていた。久坂玄瑞あたりがその首謀であるのだが、もう考え方が無茶苦茶なのに本人たちは大真面目である。エキセントリックでアブナイ、実力差を見せつけられながらも精神論で列強に勝てると思い込んでいた集団が引っ張っていたのである。この時点では、人格者西郷隆盛にさえも見放されていた。

 

  この2年後に薩長同盟が締結された、というのはこの時点での事実の羅列を見ていると信じられない気がする。ちなみに薩長同盟の立役者は新劇の架空の人物月形半平太(一般には武市半平太と思われているが、井沢によれば実は月形洗蔵)だと思われていた。それが坂本龍馬であると広く知らしめたのは司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」の功績である。(ただ、このあたりには実はいろいろな経緯があり月形仙蔵も実際それを画策していた、それは本書と次巻で詳細に語られている。)

 

  その司馬先生は長州のエキセントリックさが嫌いだった。大日本帝国陸軍長州閥で握られたことにより無謀な太平洋戦争に突入し日本が破れた、という認識は本書でも随所に紹介されている。

 

  それにしてもこの時代、本当に多くの人材が切られて死に、割腹して死んだ。小説や漫画で読むとドラマチックであるが、こうして史実として列挙されると、無惨としか言いようがない。

  ちなみにるろうに剣心のモデルとされている熊本藩河上彦斎も本書で一度だけ登場する。佐久間象山を殺害した場面である。「人斬り」と呼ばれたほどの凄腕の殺し屋は五人だけだったそうだが、そのうち彦斎だけは後に佐久間象山について勉強し改心の上明治時代まで生き延びた。

 

『覚醒した薩摩、目覚めなかった長州 世にに言う「八月十八日の政変」で京を追われた長州は失地回復を狙って出兵を行なうも、会津・薩摩連合軍の前に敗走する。この「禁門(蛤御門)の変」以降、長州と薩摩は犬猿の仲となるが、その後、坂本龍馬の仲介で「薩長同盟」が成立。やがて両藩は明治維新を成し遂げるために協力して大きな力を発揮した――。 以上はよく知られた歴史的事実であるが、じつは禁門の変以前の薩長の関係は大変良好であった。策士・久坂玄瑞の働きにより、すでに「薩長同盟」は実質的に成立していた、と言っても過言では無い状態だったのである。 では、友好だった両藩が、「八月十八日の政変」「禁門の変」へと突き進み互いに憎しみあい敵対するようになったのはなぜなのか? そこには、兄・島津斉彬に対するコンプレックスを抱えた“バカ殿”久光を国父に戴き、生麦事件や薩英戦争を引き起こしながらも「攘夷」の無謀さに目覚めた薩摩と、“そうせい侯”毛利敬親が藩内の「小攘夷」派を抑えきれず、ついには「朝敵」の汚名を着ることにまでなってしまった長州との決定的な違いがあった。(AMAZON解説より)』