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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

月人壮士 / 澤田瞳子

⭐️⭐️

  螺旋プロジェクトも六作目に入り、いよいよ古代編。題名は「つきひとおとこ」と読む。これについては最後に解説。気鋭の歴史作家(といっても初耳だが)、澤田瞳子さんの作品。

  時代は奈良時代後半、主人公は聖武天皇。歴史の教科書的には東大寺を建立されたことで有名な天皇である。東大寺と言えば私の母校。この天皇がいなければ母校はなかったわけで、極端な話、今の時代にまで影響を及ぼし続けている偉大な天皇と言える。

 

  その反面、当時の人々にとっては傍迷惑この上ない天皇。女好きで数多の王女に手を出し、5年で4回(恭仁、難波、紫香楽、平城京)もの遷都を繰り返し、天孫でありながら仏教に深く帰依したはいいが鑑真を重んじるあまり旧来の仏教勢力を蔑ろにし、バカでかい大仏を建立を思い立つ。そんな聖武天皇は果たして、

稀代の聖帝か大いなる暗愚か

どちらであったのか、そしてどのような人間で何を考えて行動していたのか?

 

  その真の姿を周囲の複数人物の証言によって炙り出していこうというのが、今回の澤田瞳子さんの試み。よくある形式であるが、うまく機能しているかと言えば残念ながらNO。正直に言ってあまり面白くはなかった。一応奈良の歴史は人並み以上に勉強した奈良県人でも地味な話だなあと感じるのだから、螺旋プロジェクトの一作として読まれる方には面白くも何ともないのでは、と危惧する。

 

  さて、その螺旋プロジェクトに関しての設定は

 

天皇家が「山」族

藤原氏が「海」族

・片方の目が青い審神者(さにわ)として造東大寺司長官佐伯今毛人

・「螺旋形あるいは蝸牛形のアクセサリー」として塩焼王が作らせた巻貝の彫り物が道祖王聖武天皇)、安積親王阿部(後孝謙天皇、受け取れず)、光明氏道鏡藤原仲麻呂と渡っていく。ちなみに誰の命も助けた節はない。

 

個々の人物でその他にも海族山族の設定はあるが、大きく言って天皇家(山)を侵食していく藤原家(海)という構図で当時の権力闘争を描いている。

 

  まあ、高校レベルの歴史の知識でもわかることだが、奈良時代と言うのは「あおによし」のイメージとは逆に陰惨な謀略や政略結婚と殺し合いばっかり。皇統家系図に至ってはややこしいことこの上なく、試験前の詰め込みでよくもこんなの覚えられたな、の世界。

  そしてこの作品の時代はざっくり言って藤原四兄弟対反藤原勢力。その最たるものが長屋王。そんなこんなで疲れ果てた海山半々の(おびと)(聖武天皇)が天平勝宝八年五月二日に崩御したところから話は始まる。

  阿倍孝謙・称徳)の後継として皇太子に道祖王を立てるという遺詔は死の五日前に出ていたが、それを不満とする勢力が、今わの際のご遺詔がなかったかを探し回る。具体的には、橘諸兄中臣継麻呂清麻呂の三男)と僧道鏡の二人を使う設定。証言するのは

 

円方女王(まどかたのおおきみ、首の掌侍、首と宮子の思い出)

光明氏(皇后、自身の思いと遷都、安積親王の件について)

栄訓(僧、鑑真に反感)、

塩焼王(遷都の苦労、自分の凡庸を自覚し弟の道祖王に期待)、

中臣継麻呂長屋王変の証言者)、

道鏡(自身の遺詔の真の目的)、

佐伯今毛人(上記、片目の青い審神者)、

藤原仲麻呂(首の真のトラウマについて証言)

 

の八人。結局誰も遺詔などないと証言。途中で遺詔探しを命じた当の橘諸兄も死亡。

  なんじゃそりゃの世界だが、その混沌の中で見えてきたことをざっくりとまとめると

 

  首(おびと)(聖武天皇は山族(文武天皇)と海族(藤原宮子)の子、非正統なる藤原家の血が混じっていることに生涯悩む。宮子が早くに精神的失調をきたしたため、母の愛も知らずに育ったが故のマザコン光明氏との間に男児が生まれずやっと生まれた基王もすぐに亡くなり、娘の阿倍以外に後継を託すものがいないことも負担になった。その阿倍も父や家系への複雑な思いと、慕っていた安積親王の客死で独身を貫く(ちなみに澤田氏は藤原仲麻呂による暗殺説を否定)。結局藤原氏から縁の遠い道祖王を皇太子に立てるのが天皇家を侵食し続ける藤原氏へのせめてもの反抗であった。

 

  そして最後の証言者である藤原仲麻呂の言によれば

  首さまはかつての大王の如く、天日嗣に連なる非の打ちどころのなき統治者ではない。山の形を借りた海、日輪の真似をした哀れなる月人壮士(つきひとおとこ)じゃ。

 

  「天日嗣に連なる非の打ちどころのなき」後継者たり得たのは天智・天武双方の血を引く長屋王藤原四兄弟の謀略により失脚自殺するが、これほどの大物、首の詔勅があったのかなかったのか。これが藤原仲麻呂の証言の最大の山場となる。う~ん、やっぱり地味な話。そしてエピローグでやっと首の独白が入って終わる。

 

  よって、この作品ではここまでであるが、この藤原仲麻呂も後年失脚。道鏡は阿倍(孝謙天皇)の股肱の臣となり悪名を後世に残す(本当かどうかはわからないが)。

 

  そして時は移ろい昭和末期長屋王とみられる遺跡が奈良市二条大路南で発見された。世紀の大発見であったにもかかわらず、その場所には大型商業施設が建設されてしまった。長屋王は二度葬り去られたのだ。

 

螺旋プロジェクト

 

原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟

古代 「月人壮士」 澤田瞳子

中世・近世 「もののふの国」 天野純

明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳

昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ

昭和後期 「シーソーモンスター」 伊坂幸太郎

平成 「死にがいを求めて生きてるの」 朝井リョウ

近未来 「スピンモンスター」 伊坂幸太郎

未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘

 

 

 気鋭の歴史作家が描き出す、聖武天皇の真実! '756年、大仏建立など熱心に仏教政策を推進した首(聖武)太上天皇崩御する。道祖王を皇太子にとの遺詔が残されるも、その言に疑いを持った前左大臣橘諸兄の命を受け、中臣継麻呂と道鏡は、密かに亡き先帝の真意を探る。しかし、ゆかりの人々が語るのは、母君との尋常ならざる関係や隔たった夫婦のありよう、御仏への傾倒、迷走する政……と、死してなお謎多き先帝のふるまいや孤独に沈む横顔ばかりで――。 伊坂幸太郎朝井リョウをはじめとする人気8作家による競作企画【螺旋プロジェクト】の1冊としても話題!(AMAZON解説)