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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

ウナノハテノガタ / 大森兄弟

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  螺旋プロジェクト#7。このシリーズもいよいよあと二冊、今回は大森兄弟の「ウナノハテノガタ」。

 

楽園ウナノハテノガタを信仰する海の民「イソベリ」は、死を知らない。精霊を司る少年・オトガイだけは真実を知り、死を恐れ、激化する山の民「ヤマノベ」との争いを止めようとする。しかしヤマノベ族の女・マダラコによる攪乱、神・ウナクジラの腐乱によって、「イソベリ」たちは混乱し、オトガイを追放してしまう。果たして少年オトガイは「イソベリ」たちに死を伝え、争いを止めることができるのか。命のはじまりとおわりに触れる、生々しい原始の詩。(AMAZON解説)

 

  時代は「古代」に遡る。どれくらいの古代か?稲作はされていないので弥生より以前。器はあるようだが縄文でもなさそう。山族が弓矢を知っているので、石器時代とするのが妥当なよう。一方の海族は「昔々戦を逃れて大きな木造船で舞台となる浜辺にやってきた」という設定なので、石器時代環太平洋文化圏か?

  そう言えば、本作を読んでいる時に、タイムリーなニュースとして、国立科学博物館の台湾から与那国島への丸木舟での航海実験が話題になった。これが三万年前の旧石器時代だそうだ。大体この辺を想定しておけばいいのではないかと思う。

 

  さて、螺旋プロジェクトのルールとして、山族の「ヤマノベ」と海族の「イソベリ」が出会ってしまい起こる争いが描かれるわけだが、古代を舞台にしているだけに非常に単純明快な小難しい理屈抜きの争いなので、逆に今までにない説得力がある。

 

  海族の「イソベリ」は上に書いたように、遠い昔にこの浜辺(シオダマリ)に辿り着いて海辺の生き物を糧として極めて平和に暮らしている。今の日本ではないが平和ボケしすぎて、「死」という概念さえ捨ててしまっている。呼吸しなくなった者は「ハイタイステルベ(廃体を捨てる者の意味か?)」という役割を持つ者が小舟で沖の島へ運んでいくと、そこで「イソベリ魚」に変身し海の中で安楽に暮らすことになると信じている。

  今のハイタイステルベはカリガイという男で、その妻ザイガイが頭に受けた大怪我で死んだので、息子のオトガイを連れて島へ渡る。そこで真実をオトガイが知り、ハイタイステルベを継ぐところから海族の話は始まる。

 

  山族の「ヤマノベ」はシオダマリの背後のオオクチ壁と呼ばれる巨大な崖の上に住んでいて全く交流はない。言葉も異なる。イヌを飼って狩りをする生活をしている。一族に危機が訪れると、生贄を焼く慣習がある。

  妊娠しているマダラコがその生贄として焼かれそうになるところからこの物語は始まる。マダラコの祈りが通じたのか、焼かれる寸前に大地震が起こり、マダラコは逃げ出し、崖が崩れたところからイソダマリに降りていき、イソベリたちと出会う。

 

  そこから徐々にイソベリとヤマベリの交流が始まる。当初は全く言葉が通じないものの、地震を生き延び大けがしているヤマノベをイソベリが助けるところから友好的な関係で始まるが、ヤマノベが死者を火葬する慣習を知って驚愕し、更にはヤマノベが犬を使ってシオダマリの魚を乱獲し始めたところから風雲急を告げていく。しかもイソベリは死を知らないので弓矢による争いを恐れない。真実を知っているオトガイはそのことに恐怖する、という展開。

 

  そしてルールその二。双方の特徴を持つ「見守り」として登場するのがウェレカセリという老人。伊坂幸太郎の「スピンモンスター」に出てきたスーパーコンピューターの名前をそのまま流用したのには思わずにんまり。ちなみにこの老人、喋り方がとても面白いので物語の絶妙なアクセントになっている。時空を超えて存在する預言者で、当然ながらヤマノベとイソベリの交流に猛烈に反対する。

 

 イソベリとヤマノベ、交わっては離れてをくり返して来たっ。ぶつかって打ち消し合い、わだかまっては災いを引き寄せるっ。引き寄せるんだねっ。

 

残念ながら途中であっさり物語から消えてしまうが、彼の描き残した予言図を海族の主人公オトガイと山族のヒロインマダラコが解読し、巨大地震がもたらす大津波による双方の絶滅の危機を救おうとするところがクライマックスとなる

 

  というわけで、最初は何が書いてあるのかさっぱりわからないのだが、それが分かってくると、物語に引き込まれていく。なかなか面白い話であった。これから読まれる方へのヒントとして代表的な言葉を拾っておくと

 

ウナ = 海

オオキボシ = 太陽

アマクサ = 大麻

マナフタ = 瞼

メカシ = 入れ墨

 

等々。ちなみに題名の「ウナノハテノガタ」は「海の果ての潟」、ハイタイステルベのカリガイが夢見る死者の理想郷である。 

 

ウナの沖の沖のずっと沖、オオキボシが上るもっと沖にそこはある。カリガイにも、どんなところかなんてわからない。イソベリ魚がいるのかもしれない。まぶしく光り輝いているのかもしれない。(中略)大事なのは、本当にそこがある、ということだ。いつかあの舟(島にある大きな穴の開いた木の船)は必ず、ウナノハテノガタに向けてウナを渡っていくと。

 

 ここにもウェレカセリの預言に通じるヒントがある。カリガイとウェレカセリは仲が良かったのだ。

 

螺旋プロジェクト

 

原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟

古代 「月人壮士」 澤田瞳子

中世・近世 「もののふの国」 天野純

明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳

昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ

昭和後期 「シーソーモンスター」 伊坂幸太郎

平成 「死にがいを求めて生きてるの」 朝井リョウ

近未来 「スピンモンスター」 伊坂幸太郎

未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘