蒼色の大地 / 薬丸 岳
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螺旋プロジェクト第四作目は薬丸岳の「蒼色の大地」。天野純希の「もののふの国」の1000年近くに渡る武士の時代についで、今回は明治が舞台。
薬丸岳の新境地にして新たな代表作。 壮大なスケールで贈るエンタメ巨編! 一九世紀末。かつて幼なじみであった新太郎、灯、鈴の三人は成長し、それぞれの道を歩んでいた。新太郎は呉鎮守府の軍人に、灯は瀬戸内海を根城にする海賊に、そして鈴は思いを寄せる灯を探し、謎の孤島・鬼仙島にたどり着く。「海」と「山」。決して交わることのない二つの血に翻弄され、彼らはやがてこの国を揺るがす争いに巻き込まれていく。 友情、恋慕、嫉妬、裏切り――戦争が生む狂気の渦の中で、三人の運命が交錯する。(AMAZON解説)
過去三作で名前の出ていた瀬戸内海の「鬼仙島」がいよいよ主舞台となる。時の支配者の手の及ばない治外法権の島という設定を踏襲し、青い目を持つが故に青鬼と呼ばれ不当で激しい差別を受ける「海族」が難を逃れて住み着き、島の支配層となっているという設定。
そして近くの二つの島を根城として「海龍」という女性を頭目として海賊行為を働いている。
なお、「もののふの国」では大塩平八郎の養子が長老族の計らいでこの島に逃げ込んだが、彼も後半に顔を覗かせる。
そして主人公はやはり差別の中で育った灯という少年。この島に流れつき、人殺しを嫌いつつもやむなく海賊の仲間となっていく様が前半では描かれる。新入りでまだ何もできないにも関わらず、青い目を持つが故に海龍と頭領である蒼狼に目をかけられている。
対する「山族」の主人公は海軍軍人となった新太郎、灯に命を助けられて以来ずっと彼のことを気にかけている鈴という少女の兄妹。
この兄妹も貧しいが故に辛い過去を持つが、新太郎は呉鎮守府の長官山神という男の目にとまり、海軍軍人となり山神の寵愛を受けている。その理由は容易に想像がつくが、山神も山族であるから。ちなみに「もののふの国」で長州勢が皆山族であったとの設定を踏襲し、軍属の最高責任者山縣有朋も山族であるので山神の覚えもめでたい。
そしてヒロイン鈴。人殺しを生業とする軍人に兄がなってしまった事に憤りを感じ、激しく反発しているとともに、灯のことが気になって仕方がない。それ故に鬼仙島へ渡ることを決意し決行する。行けば生きて帰れるかどうかもわからない、どういう目にあうかもわからない事は覚悟の上の渡航であったが、着いてすぐに受難が待ち受ける。
このあたり、前半の流れはスムーズで手際よく三人三様の世界が描かれていて面白いし、今後の三者の遭遇の様にも期待を抱かせる。
中盤には山神の海賊討伐にかける強い決意の中に潜む狂気、すなわち山族の海族に対する憎しみ嫌悪がじわじわあからさまになっていく様も興味深くはある。
しかし残念ながら後半が凡庸。海軍対海賊の戦闘の描き方は中途半端で「村上海賊の娘」の怒涛の迫力の半分どころか一割もない。灯の出自の種明かしもあまりにもありきたり。かといって鈴との交情にもそれほど力が入っていないので、結末にも今ひとつ感情移入できない。伏線の回収もそれほど感嘆するほどのものはない。敢えて言えば海族と山族の生理的嫌悪感を超えた愛、友情が描かれるところが救いとなっている。
薬丸岳という作家の作品を読むのは初めてだし、螺旋プロジェクトの一環という点を考慮する必要はあるだろうが、あまり自分好みではないな、と思った。
螺旋プロジェクト
原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟
古代 「月人壮士」 澤田瞳子
明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳
昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ
平成 「死にがいを求めて生きてるの」 朝井リョウ
未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘