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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

彼女がエスパーだったころ / 宮内悠介

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  ポスト伊藤計劃として注目され、今や日本を代表するSF作家となっておられる宮内悠介さん。以前「人工知能の見る夢は」というアンソロジー集でショートショートを読んだだけだったのですが、最近efさんが精力的にレビューされておられるので気になっていました。

 

  で、そろそろ手を付けてみるかと思い、まずはefさんのレビューが印象的だった「彼女がエスパーだったころ」を選んでみました。2016年の作品で、直木賞候補となり、吉川英治文学新人賞を受賞しています。

 

  六編からなる短編集ですが、期待していたSF風味には乏しく、むしろミステリ・サスペンス小説という印象を受けました。

 

  どの作品も語り手はある「記者」で、取材の過程で対象に深く入り込み過ぎて自らも転落し病んでいき、第二作に出てきた墜ちた「美しすぎるエスパー」と最後の事件で再び関わり合いになることにより立ち直っていく、という構成になっています。

 

  共通するテーマはご本人があとがきで述べておられるように「疑似科学」です。具体的に言うと、

 

百匹目の火神 ( The Blakiston Line ): シンクロニシティ

彼女がエスパーだったころ ( The Discoverie of Witchcraft ) : 超能力

ムイシュキンの脳髄 ( The Seat of Violence ): ロボトミー

水神計画 ( Solaris of Words ): 気や念による水の浄化

薄ければ薄いほど ( Get Ready for the Remedy ): 終末医療ホメオパシー

沸点 ( The Buddhing Point ): アルコール依存症治療団体の偽治療(ティッピングポイント

 

ということになります。頭から否定はできないが犯罪スレスレの場合もある、扱いのとても難しい問題ばかりですが、著者は巻末の参考文献を見てもわかるように多くの文献を読み込んでできる限りのニュートラルな立ち位置で切り込んでおられます。

  私の専門分野である脳外科手術や終末医療だけをとってみても、かなり正確でよく勉強されているな、と思いました。

 

  残念だったのは全体的に雰囲気が暗く、文章が硬いこと。記者の視点ということである程度やむを得ないとは思いますが、随所に散りばめられているシニカルなユーモアも全体的なトーンに引っ張られてあまり効いているとは思えませんでした。

 

  完成度は高いのにちょっと楽しみきれなかった、というのが率直な感想です。

 

  それでも、暗い物語の中にも

世界は酷薄なのに、そのくせ、腹の立つことに存外に優しい

という世界観でほんのりと光明が見える展開にしてあるところは作者の人柄も感じさせてくれ良かったと思います。特に最終話のラスト、レニングラードの記者の眼前に美人過ぎるエスパーがテレポートで現れるところは素晴らしかったです。

 

  個々の物語についてはefさんが上手くまとめておられますので、屋上屋を重ねることはやめておきます。個人的には「百匹目の火神」の「猿が火を起こすことを覚えたら」というテーマが秀逸だと思いました。これをテーマにしてもっと壮大な長編SFを書いて欲しいなと思うのは、本書における宮内氏の実力をみれば、決してないものねだりではないと思います。

 

  また、読むのが楽しみな作家を見つけられたのは嬉しいです。これからもぼちぼちとレビューしていきたいと思います。efさんによると抱腹絶倒の面白い作品もあるそうなので、次はそっちにいってみたいです。

 

スプーンなんて、曲がらなければよかったのに―。百匹目の猿エスパー、オーギトミー、代替医療…人類の叡智=科学では捉えきれない超常現象を通して、人間は再発見される。進化を、科学を、未来を―人間を疑え。SFとミステリの枠を超えたエンターテインメント短編集。吉川英治文学新人賞受賞作。 (AMAZON 解説)