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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

神様のボート / 江國香織

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  あり得ないような設定をするっと読ませてしまう江國香織。今回はちょっと狂気を孕んだ母葉子と普通の娘草子の物語。二人の語りが交互に入り、娘の成長とともに少しずつ少しずつ二人の心の距離が開いていくところが読みどころで、最後の一文まで気が抜けない。

 

  ギタリストで楽器店を営む男と「骨が溶けるような恋」をして草子を産んだ母。しかし彼女はピアノの先生の妻だった。男は必ず戻ると約束をして二人のもとを去った。先生はもちろん悪い人ではないが、離婚し、彼女に東京にいてほしくないと言った。

 

  二人は「神様のボート」に乗って引っ越しを繰り返す「ねなしぐさ」になる。母はピアノの先生やバーの手伝いをしながら生計を立て、ロッド・スチュワートの歌を(特にWhen I need youを)くちずさみ、たばことコーヒーとチョコレートを栄養源に、あの人が必ず戻ってくるという強い思い(そこには様々な美化が加えられている)を支えに、そして草子を生きがいにしている。どの土地にも「慣れることがない」。

 

  こういうキャラクタは江國さんの十八番だが、今回はその娘草子の小学校時代から高校生までの視点で、この母と根無し草生活を客観的に描写し、母の夢の不毛をあぶりだしていく。

 

  草子は全寮制の高校に入ることで、母の叶うはずのない夢を追いかけるだけの生活と訣別する。母は激しく動揺するものの受け入れる。

 

  そして最後の3ページをどうとるか。何気なく読んでしまえば、単純で奇跡的なハッピーエンド。でも何かおかしい、引っ掛かりを感じる、という人は多いだろう。もしかしたら母は死んだのかもしれない。どんな文章なのか是非お読みいただきたい。これが江國マジック。彼女はあとがきでこう語っている。

 

小さなしずかな物語ですが、これは狂気の物語です。そして、いままでに私の書いたもののうち、いちばん危険な小説だと思っています。(1999年時点)

 

 

 

 

『昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。“私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子"。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。“私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの"“神様のボートにのってしまったから"――恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遥かな旅の物語。(AMAZON解説より)』(なお、AMAZONにはどういう訳か英語と書いてありますが日本語です)