Count No Count

続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

我らが少女A / 高村薫

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

  私が尊敬してやまない、現代日本を代表する作家、高村薫女史の新作がついに発表になった。題名は「我らが少女A」、かつては光り輝いていた女優志望の少女Aが社会の底辺で無惨にも殺される、その前に残したある証言がお宮入りした12年前の未解決殺人事件を揺り起こし、その事件の周囲にいた人物たちに再び静かな波紋を与えていく物語となっている。

 

  前回の長編「土の記」から一転して、合田雄一郎を主人公とする警察小説シリーズに戻り、またその前のニュージャーナリズム的小説「冷血」とは一味違った、本格的クライムノベルへと回帰している。また、コアなファンには義兄にして微妙な同性愛的対象である加納祐介が冒頭から顔を見せるのも嬉しいところ。

 

  とは言うものの、毎日新聞に一年間連載された小説であるにもかかわらず、物語は起伏に乏しく、終盤の盛り上がりも、あっと驚くようなどんでん返しもない。普通の犯罪小説や推理小説の面白さを期待しては完全に裏切られることになる。いみじくも作中で女史はこう語っている。

 

「小説や映画で、名探偵が得々として真犯人はおまえだと言い放つのとは違って、本ものの事件が暴く事実の一つひとつ、現実の一つひとつが自分たち身近な人間の皮膚を剥ぎ、臓腑をえぐる。何か新しい事実が分かっても、少しも嬉しくない。真相など分からないほうがいい。(p522-3)」

 

  まあつまるところ、徹底したリアリズムによる社会描写と露悪気味とさえいえる個人の深層心理の追求という、二十世紀三部作以降ファン離れを加速させることになった「ついて来れる人だけついてきなさい」の高村薫主義は今回も全く揺らぐことなく貫かれているわけである。

 

  だから私のような高村薫中毒者が単行本をむさぼる様に読むには格好の小説ではあったのだが、もし私がファンでもない単なる新聞読者であったなら、一年間も辛抱強く読んできて結末がこれか、と怒ると思う。

 

  女史の深い洞察と取材力、ADHDの少年を別件で逮捕するという危ない橋を渡る胆力、そして強靭な文章と物語の構成力は健在ゆえ、小説として一級品であることは間違いない。だからこの作品の賛否両論が分かれるとすればまさしくこの、新聞連載小説にしてこれか、という読者サービス精神の欠如という一点だと思う。まあ「新リア王」の時にも全く動じなかった高村薫女史のことだから、今後もこの線は譲らないとは思うが。

 

  とにもかくにも高村薫の文章に飢えていたものには嬉しい一冊であったし、私も昔武蔵境に住んでいた事があるので多摩を中心とした物語はとても郷愁を誘うことであった。