天使も怪物も眠る夜 / 吉田篤弘
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螺旋プロジェクトもいよいよ最終刊、八冊目となる未来編。アンカーを託された作家はクラフト・エヴィング商會の吉田篤弘。作品名は「天使も怪物も眠る夜」。螺旋プロジェクトのルールである「海族」と「山族」の争いにアンカーとして終止符を打つことはできるのか、そしてクラフトエヴィング商會らしい個性は打ち出せるのか?
私の結論を先に述べれば、よくまとめ切ったものだと感心したし、螺旋プロジェクトのアンカーに相応しい力量であったと思った。
物語は下記解説でわかるように、伊坂幸太郎の「スピン・モンスター」において東京を東西に分断する「壁」ができた2021年から74年が経過した2095年の東京が舞台となる。
〈懐かしい未来〉を舞台に「眠り姫」大捜索が始まる ――吉田篤弘が挑む、かつてない群像劇! 2095年、東京は四半世紀前に建てられた〈壁〉で東西に分断されていた。曖昧な不安に包まれた街は不眠の都と化し、睡眠ビジネスが隆盛を誇っている。 そんな中、眠り薬ならぬ覚醒タブレットの開発を命じられた青年・シュウは、謎の美女に出会い――。 伊坂幸太郎、朝井リョウをはじめとする人気8作家による 競作企画【螺旋プロジェクト】の1冊としても話題!
かつて、スーパーコンピューター・ウェレカセリが「争いによる人類の進歩」を目的として築かせた「壁」であったが、近未来を正確に予測できるまでになった文明の進歩に人類は恐れをなし、「レイドバック」と呼ばれる退行を選択した。
故に壁は有名無実となり、東西の行き来は実質上自由、ただ、壁周囲は「バラ線地帯」と呼ばれる立入禁止区域となり、イバラが生い茂り逃走した動物たちが住み着いている。一方東京全体は慢性的な「不眠の都」となり、眠りを妨げる面白い小説は焚書され「面白くない」小説がベストセラーとなり、眠りビジネスが隆盛を極めている。
この2095年の東京を舞台に、幻の映画「眠り姫の寝台」と幻の酒「Golden Slumber」を巡る群像劇が始まる。
なにしろ、人物紹介の見開きのイラストページに提示される人物だけで25人。このうち愛読家秘密結社の部長グスコーとブドリはおそらくクラフトエヴィングの吉田夫妻のカリカチュアと思われご愛嬌だが、その他の23人の人物を有機的にストーリーに取り込み、伏線を張り巡らせるだけでも大変である。
故に作者はこの群像劇を整理し、伏線をばらまいていくのにかなりの頁数を割かねばならず、前半から中盤にかけてやや冗長になってしまったきらいはあるが、グリム&ペローの童話「眠り姫」になぞらえた筋立てに目鼻をつけ、メルヴィルの「白鯨」ばりのクジラを利用して終盤物語を加速させたあとは、一番凡庸だった登場人物を「八番目の王子」にしたてて一気にラストまで読ませてしまった。
もちろん、螺旋プロジェクトの共通アイテムは無理なく取り込んであり、かつ、
「ウナノハテノガタ」からは「イソベリ」という言葉やウナクジラのエピソードを、
「コイコワレ」からは1945年のラムネを、
「死にがいを求めて生きているの」からは植物状態の海族の主人公の目覚めのラストや「アイムマイマイ」を、
「シーソーモンスター」からはもちろんその世界観を、
借用しているところは螺旋プロジェクトを読んできたものにとっては嬉しいサービスである。
そしてクラフトエヴィング商會らしいところはやはりその書籍愛であろう。面白い小説は焚書されるというのは「華氏451度」を思い起こさせるし、「眠り姫」(眠れる森の美女)「白鯨」に関しては上述の通り。
もちろんこの本の装丁もクラフトエヴィング商會が担当している。
果たして山族の八番目の王子はいばらの森を潜り抜けて、海族の眠り姫の元へたどり着けるのか、そして長い長い海族と山族の争いの歴史に終止符は打てるのか?それは読んでのお楽しみ。
というわけで、無理を承知の相当の力業ではあったが、物語と螺旋プロジェクト双方に見事な落とし前をつけた、吉田篤弘の力量に拍手を送りたい。
そして辛口甘口色々な評価をしてきたが、螺旋プロジェクトの八組九人の作家の皆さんに敬意を表したい。お疲れ様でした。
螺旋プロジェクト
原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟
明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳
昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ
平成 「死にがいを求めて生きてるの」 朝井リョウ
未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘