Count No Count

続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

うそうそ / 畠中恵

⭐️⭐️⭐️⭐️

  しゃばけシリーズ第五作はシリーズ化後初となる待望の長編。一言、ページをめくる手が止まらない素晴らしい出来映え、大満足の一冊。

 

若だんな、生まれて初めて旅に出る!相変わらずひ弱で、怪我まで負った若だんなを、両親は箱根へ湯治にやることに。ところが道中、頼りの手代たちとはぐれた上に、宿では侍たちにさらわれて、山では天狗に襲撃される災難続き。しかも箱根の山神の怒りが原因らしい奇妙な地震も頻発し―。若だんなは無事に帰れるの?妖たちも大活躍の「しゃばけ」シリーズ第5弾は、待望の長編です。 (AMAZON解説)

 

  シリーズ化後、初の長編とあって、畠中恵さん、構想を練りに練ってきた。

  まずは若だんな一太郎を、初めて江戸から出すことにされた。あいかわらず病弱な若だんなのこと、目的は湯治、これは定石通り。

 

  そして目的地を箱根と決め、そこに至るまでの道程表を綿密に設定、更には当時の旅行に必要な物品や必要な費用などを事細かに説明していく。このあたりの薀蓄はなかなか面白く、感心しながら読ませていただいた。

 

  次に畠中さんが決めるのは若だんなのお供。当然まずは大妖の手代二人、仁吉(白沢)と佐助(犬神)、これは鉄板。そして鳴家(やなり)三匹。この三匹という設定、あとで絶妙に活きてくる。新顔として付喪神になりたての根付の獅子。そして人間が一人、腹違いの兄の松之助。これが誘拐の際の相手の混乱を招くことになる、うまい人選。

 これだけいれば道中安心、宿でも退屈しないでのんびり湯治、となるはずだが、そこはそれ、ただの旅行になる筈もない。

 

  まずは海路。小田原まで長崎屋の廻船に乗せてもらうことになるが、いきなりカモメならぬ烏の群れの襲撃を受け、さらには仁吉と佐助が行方不明に。これは今までになかった展開、先が心配。

 

  そして小田原に着いたら着いたで、松之助がいきなり荷物をかっぱらわれそうになる。何とかそれは阻止できたものの、目的地の塔ノ沢までなんと雲助の駕籠に乗ることになってしまう。

 

  なんとか宿についた二人。もう遅く疲れてもいるので温泉はお預け。で、その夜、なんと若だんなはいきなり人さらいに誘拐されてしまう。

 

  しかし、その誘拐犯ご一行、何となく様子がおかしい。山駕籠をかく雲助の新龍はいろいろと箱根の伝説を語って聞かせてくれる。主犯格の二人は武士のようで、勝之進孫右衛門という名前を隠しもしない。おまけに新龍は勝之進にタメ口をきく。しかしとにもかくにも狙いは長崎屋の若だんなで間違いないらしい。でも一太郎と松之助のどっちか分からない間抜けぶり。

 

  そうこうしているうちに、山中で一行は天狗達の襲撃を受ける。実は船を襲った烏はこの天狗達、何故か若だんなの箱根入りを阻止したいらしい。誘拐犯達も応戦するがなんせ相手は天狗、おまけに多勢に無勢、とてもかなわぬと思ったところへ現れたのは佐助。さすが犬神、バッタバッタとザコ天狗を倒していき、自分に注意を惹きつけて一行を逃がす。

 

  そして一行は箱根の山の中でけが人の応急処置。特にひどかった孫右衛門の傷を若だんなが手持ちの薬などで手当てをしたことから勝之進は心を開き、若だんなを襲った理由を説明する。なんと狙いは長崎屋の藤兵衛が育てる朝顔。その理由は読んでのお楽しみ。

 

  それはいいのだが、若だんなが崖下に仁吉と女の子の姿を発見して身を乗り出した途端、転げ落ちてしまう。

 

  次のシーンは芦ノ湖。そこから先は読んでのお楽しみとしておくが、ここまで双六の様に駒を進めていき、事件も次から次へとテンポよく繰り出し、歯切れのよい見事な展開。

 

  そしてここから話は急展開、山神とその娘の姫神が本格的に登場、温泉の地に付き物の地震、噴火、水脈等々の天災の話が加わってくる。

 

  人間の側の事情にも、長編ならではのじっくりと腰を据えた考察がなされる。藩の存続がすべてに優先する武士の身勝手、武士から雲助まで墜ちて初めて知った人としての生き方、姫神と自らを比べつつ「病弱で守られてばかりの自分は人様の役にたてる人間になれるのだろうか」と自問を繰り返す若だんな。

 

  そんな小難しいことを随所で語りながらも説教臭くならないところが畠中さんの巧さなんだろう。本作のヒロイン(?)姫神の比女(姫)ちゃんをはじめ、鳴家たちや、新キャラの付喪神などをうまく配して、最後まで息もつかせず読ませ、笑わせ、泣かせてくれる。

 

  さあ、無事に若だんなは温泉につかることが出来るのか?是非読んでいただきたい、しゃばけシリーズ、ここまでで最高の一本。