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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

もののふの国 / 天野純希

⭐️⭐️⭐️⭐️

   螺旋プロジェクト第三回発刊は新進歴史小説天野純の「もののふの国」。前2作の短期間に絞った設定から打って変わり、平安時代平将門の乱から、明治初期の西南戦争まで、1000年近くの長きに渡った武士(もののふ)の時代を総括した壮大な物語となっている。なので、宣伝の煽りも尋常じゃない。

 

あるとき、男は政府軍の猛攻を逃れ、ある洞窟に辿り着いた。そこで男は、自らにのみ語りかける<声>の存在に気づく。 その<声>は、かつてこの国の支配者階級だった武士の千年近くに亘る壮大な戦いの歴史を物語りはじめる――。 本年度歴史小説最大の話題作、ここに誕生! 『小説BOC』「螺旋プロジェクト」中世・近世篇

 

源頼朝足利尊氏明智光秀大塩平八郎土方歳三…命を懸けた果てなき争いの先に待ち受けていた光景とは?千年近くの永きに亘り、この国を支配し続けてきた武士。しかしてその真の主役とは、勝者・敗者問わず、あらゆる猛き者をなぎ倒し、咆哮する魂を飲み込んでひたすらに驀進し続けた“歴史”そのものであった。いま、若き勢いそのままに練達の境地へと飛躍する著者が、その血塗られた戦いの系譜を、一巻の書物の中に極限まで描き切った。本書は、一篇の娯楽的歴史小説を、この国の叙事詩へ昇華させることに成功した、圧巻の物語である。さあ、覚悟して本書を繙かれよ。そして、その歴史の“声”に耳を傾けよ―。  

 

  いやあ、どんな超大作かと思って“覚悟して本書を繙”いたが、意外にも歴史の教科書と螺旋プロジェクトを合体させたような読みやすくて面白い内容でサクサク読めた。

 

  ただ、見方によっては「十一編からなる短編集」とも言え、普通の歴史小説として読めば一つ一つはあっさりし過ぎていて物足りないという感じもする。

 

  ここでその螺旋プロジェクトの基本をおさらいしておくと、

 

1:「海族」と「山族」、2つの種族の対立構造を描く

2: 全ての作品に同じ「隠れキャラクター」を登場させる

3: 任意で登場させられる共通アイテムが複数ある

 

  2、3に関しては今回はさほど重要ではなく、やはり1を大真面目に武士の時代の変遷に重ね合わせているところにこの作品の最大の特徴がある。

  古来からこの国では、蒼い目を持つ「海族」と耳の大きな「山族」が対立し争ってきた。その対立があるからこそ時代は進歩する。これは「歴史の必然」。故に両者は否応なく出会ってしまう運命にあるが、一旦出会うと磁石の同極の様に反発しあう。そしてこの対立を見守り大きな節目には歴史を動かすものの背中を押す「長老族」。この役目を持つものは片眼が青く、もう片方の耳が大きい。

 

  こういう設定を活かして武士の時代を語る以上、政権交代のたびに海族山族が入れ替わるということになる。作者の設定を大枠で見ていくと

 

平家 海族

源氏 山族

足利 海族

織田、豊臣 海族

徳川 山族

薩摩 西郷隆盛  海族

 

  西郷隆盛だけなぜ個人名を出したかというと、もちろん彼で武士の時代は終わるということもあるが、この作品の構成の大枠として、

 

「西郷が西南戦争最終盤で洞窟に隠れている時に長老族の「声」を聞く。その「声」が武士の時代の大きな節目には海族山族の戦いがあったこと、それ故に時代は進んできたことを語り聞かせる」

 

という構成になっているため。そのエピソードは上に書いたように全部で十一、キーパーソンとなる時代と人物を簡単にまとめると、下記のとおり。 

 

・源平の巻

「黎明の大地」

平将門 (山族) vs 源経基 (海族)、 桔梗(長老族?)

「担いし者」

源頼朝 (山族) vs 平清盛 (海族)、 僧文覚 (長老族)

「相克の水面」

平教経 (海族) vs 源義経 (山族)、 僧文覚 (長老族) 

 

南北朝の巻 

「中興の時」「擾乱に舞う」

楠木正成 (海族) vs 足利高氏 (山族)、 佐々木導誉 (長老族)

「浄土に咲く花」

足利義満 (山族) vs 大内義弘 山名氏清 (海族)、 世阿弥 (長老族?、ただし楠木正成の血縁)

 

・戦国の巻

「天の渦、地の光」

明智光秀 (山族) vs 織田信長 羽柴秀吉 (海族)、 南光坊天界 (長老族、ただし明智光秀と同一人物?)

「最後の勝利者

徳川家康 (山族) vs 豊臣秀吉 茶々 上杉景勝(平家筋) (海族)、 南光坊天界 (長老族)

 

・幕末維新の巻

「蒼き瞳の亡者」

大塩平八郎 (海族) vs 跡部山城守 (山族)、 美濃谷五郎兵衛 (長老族)

大塩平八郎の養子格乃助、鬼仙島へ

「回転は遠く」

土方歳三 (山族) vs 西郷吉之助 (海族)、坂本龍馬 (長老族)

「渦は途切れず」

土方歳三 (山族 → 長老族?) vs 榎本武揚 (海族)

西郷隆盛 (海族) vs 木戸孝允 他長州閥 (山族)

 

   以上で、どの作品にも作者独特の考察がなされており、楽しみながら歴史の勉強ができていいと思う。海族山族という縛りがあるのでもちろん虚実ない交ぜではあるが、例えば

 

・東の源頼朝が土地本位制の武士社会を守ろうとしたことと西の平清盛が交易による貨幣経済を模索していたことの対比

・海族という設定を利用した織田信長の日本制覇後の野望、山族徳川家康の忍従と海族で織田への親和性があった秀吉への複雑な思い

大塩平八郎を意外に愚物に描ききる手腕

 

などは興味深かった。

  敢えて難を言えば、龍馬暗殺の真犯人はありきたりだし、最後に西郷の前に「声」が姿を現す、その憑代となる人物がちょっと意外過ぎる、というか、ほぼほぼ作者の嗜好だろうと思われるところは残念。

 

  というわけで、武士社会の成立から滅亡までを一気に描き切った面白い試みが堪能できる作品。とりあえずここで書いたような設定さえ理解しておけば、単品としても十分楽しめると思う。

 

螺旋プロジェクト

 

原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟

古代 「月人壮士」 澤田瞳子

中世・近世 「もののふの国」 天野純

明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳

昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ

昭和後期 「シーソーモンスター」 伊坂幸太郎

平成 「死にがいを求めて生きてるの」 朝井リョウ

近未来 「スピンモンスター」 伊坂幸太郎

未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘