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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

f植物園の巣穴 / 梨木香歩

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  新刊「椿宿の辺りに」がこの作品の続編だそうで、先にこちらをレビューしておこう。2008年の作品で、同傾向の作品である「家守奇譚」(2004)と続編の「冬虫夏草」(2013)の間に書かれており、また、彼女の最高傑作との呼び声も高い「沼地のある森を抜けて」(2005)もこの時期に書かれており、摩訶不思議系ファンタジスタ梨木香歩の創作意欲が最高潮に達していた頃に書かれた作品と言えるだろう。或いは「沼地」で疲弊した神経をクールダウンさせるためだったのかもしれないが。

 

  で、本作、主人公田豊は父の影響で儒学に染まった堅物で植物園の園丁、その語りで延々と物語が綴られるので、文章としては硬いが、内容はと言えば、、、実にケッタイな話。真面目に取り合っても無駄なこと、流れに任せて読んでれば梨木香歩の意図するところがおのずと見えてくる仕掛けとなっている。

 

  まあそれもそのはず、もういきなりネタバラシしちゃうが、最後の8ページ以外のほぼ全ては木の穴に落ちた主人公が二日間意識不明で寝込んでいた間に見た夢なのだ。

 

  ただ、どの辺から夢に入っているのかが、定かでない。全部読み終わってから、ああこれは伏線だったのだな、と思わせるところがいくつかあるので、再読して確認すべし。

 

  冒頭、f郷歯科という誰も来ないような歯医者に主人公は積年の虫歯を治療に行くわけだが、助手をしている歯科医の家内がになるあたりから相当怪しい。「前世が犬だから」と平然としている歯科医も相当怪しい。。。となると最初からじゃん、ということになるが、その境も定かでないままに夢のような現実のような話が延々と続き、その間梨木香歩得意の植物学をはじめとする自然描写の妙やアイルランド神話などを挟みつつ、読者の戸惑いをよそに物語はズンズン進んでいく。

 

  中盤からいよいよ「f植物園の巣穴」に落ちた主人公田豊が、偶然出会ったカエル小僧とともにいよいよ水底の異界に入っていく。異界といってもそこは豊彦の馴染みの場所で過去も現在も一緒くたになったようなところ。

 

  そこで豊彦は過去を振り返る。そして喪失した三人について封印されていた記憶が蘇ってくる。

 

子供時代の自分を可愛がってくれた、ねえやの千代。彼女がいなくなった真の理由。

 

三年前に他界した妻の千代。「女子供は度し難し」という儒教色に染まっていた己が妻にとっていた態度。

 

そして妻が流産した子供。 忘れていたその子に最後の最後に豊彦は佐田道彦という名前を与える。この辺は感動的。

 

そして現実世界に戻ってきた彼が見たのは、懸案の、流れの滞っていた植物園の「隠り江」が流れ始めている情景。。。ハッピーエンド近し!

 

 

 

 

 

と見せかけて、まだだよ〜ん(笑。

 

 

あと一捻りあって、ようやく豊彦は目覚める。以下本当に本当のネタバレ。

 

 

  目が覚めるとそこにいたのは妻の美代。え、三年前に死んだんじゃないの?

 

  違うのだ、流産の後、亡くなったねえやの名前と同じなのは不吉だと、改名させたのだった。それさえ忘れているとはなんと薄情な男。しかし彼は夢の中の経験で人が変わっている。彼は流産した子に道彦という名前をつけたと話し、美代は感動し涙する。その後の豊彦の態度は妻にとても優しくなり、あなたは変わりましたね、と美代を喜ばる。当然夫婦仲睦まじくなって、子供もできて、今度こそメデタシメデタシで終了。

 

  さあ、ここからどう「椿宿の辺りに」につながっていくのか、楽しみである。 

 

 

月下香の匂ひ漂ふ一夜。歯が痛む植物園の園丁は、誘われるように椋の木の巣穴に落ちた。前世は犬だった歯科医の家内、ナマズ神主、烏帽子を被った鯉、アイルランドの治水神と出会う。動植物と地理を豊かに描き、命の連なりをえがく会心の異界譚。 (AMAZON解説)