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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

思いわずらうことなく愉しく生きよ / 江國香織

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   久しぶりの江國香織です。彼女は一見何気ないようでいて実は天才的な文章を書く、と個人的に思っています。それはもう中毒になる程で、私の場合プロットどうこうより彼女の文章が読めるだけでいい。しかしそこへ持ってきて静かな狂気を描くのが上手いときている。鬼に金棒です。

 

  というわけでここでもたくさんレビューしてきましたが、多作の方で未読もたくさんあります。今回もその一つ、2001-3年にかけて雑誌「VERY」に連載された「思いわずらうことなく愉しく生きよ」です。

 

     いやあ、ページが残り少なくなるのが惜しいくらい見事な江國流の文章が綴られていました。ただ、今回は万人にお勧めできるプロット、構成ではなかったですね。三姉妹の日常をひたすら淡々と描きながらそこに潜む問題を少しずつ炙り出していくのですが、起承転結がはっきりしているわけでもなく、クライマックスもそれほど大事にはならずに終わってしまう。。。

  江國を知らない方が読むと、え、これで終わり? 何なのこの話? 何なのこの三姉妹? と思われること必定です。でも、ファンにはたまらない。そうそう、これが江國さんなんだよね、といつくしみながら一文一文を追って、お腹いっぱいになって終われます。

 

  そういう意味では極端に評価が分かれる小説で、彼女の文章に親和性がある方のみにお勧めできる作品でした。

 

  で終わってしまうのも愛想がないので、簡単に登場人物を紹介しましょう。

 

  人はみないずれ死ぬのだから「思いわずらうことなく愉しく生きよ」が家訓の犬山家の三姉妹。

 

長女の麻子は36歳。三姉妹で一番美しく、7年前に結婚しましたが、家庭内暴力を夫から受けています。それはもう、夫の勝手な理屈に胸糞悪くなるほどなのですが、残念なことにこれ以上ないくらい典型的な共依存で、麻子は夫から離れられません。三女育子にふと漏らしたことからしっかり者の治子の知るところとなり、波風が立ち始めますが。。。

 

次女の治子は34歳で三姉妹一のしっかり者。大学卒業後アメリカに留学しMBAを取得して現地で就職。帰国後に別の外資系企業に転職してバリバリ働いています。結婚になんの幻想も抱いておらず、熊木という売れないスポーツライターと同棲して彼を愛してはいるものの縛られる気は全くなく、アメリカ時代の恋人と合えばセックスしてしまいます。酒も尋常でなく強い。そんなある日妬みからの投書がもととなり、熊木は他の男とのセックスの事実を知りマンションを出ていきます。

 

三女の育子は29歳で一風変わっています。一人暮らしで、クリスチャンではないがキリストが好きで、置物や葉書をいくつも持っています。「人はなんのために生きているのか」を日々考えこまめに日記に書き続けています。一方で西部劇に出てくる娼婦のように求められればセックスします。でも基本的には「家庭」というものに憧れており、隣家と親しくなっていきます。また、離婚した両親を一番気遣っているのも育子です。

 

    もちろんこんなにきっちりと描き分けられているわけでなく、コロコロと三人の視点が入れ替わりつつ日々の描写が進んでいき、最後に一波乱あるものの劇的な展開とはならずに収斂していきます。ただ、その中で一番変われないと思っていた確実に麻子が変わっていきます。粘り強くその様を描き切った江國さん、お見事です。

 

  てなわけで、なんとなくDragon Ashの「静かな日々の階段を」を思い出したり、治子と育子にイヴァンとアレクセイ(・カラマーゾフ)をちょっと重ね合わせてみたり、そんな風に彼女の滋味ある文章を味わい、読み終えたのでした。

 

犬山家の三姉妹、長女の麻子は結婚七年目。DVをめぐり複雑な夫婦関係にある。次女・治子は、仕事にも恋にも意志を貫く外資系企業のキャリア。余計な幻想を抱かない三女の育子は、友情と肉体が他者との接点。三人三様問題を抱えているものの、ともに育った家での時間と記憶は、彼女たちをのびやかにする―不穏な現実の底に湧きでるすこやかさの泉。