Count No Count

続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

逆ソクラテス / 伊坂幸太郎

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

   私のお気に入りの作家伊坂幸太郎待望の新作で、少年少女の学校生活の思い出を描いたライトな作品集となっています。

 

  あいかわらず飄々とした筆致なのでファンとしては安心して読めるのですが、彼にしては珍しく低年齢層を主人公に持って来たな、と思いました。そのあたりが今回の伊坂のねらいであったようで、あとがきで

 

少年や少女、子供を主人公にする小説を書くのは難しい、と思っていました。今も思っています。子供が語り手になれば、その年齢ゆえに使える言葉や表現が減ってしまいますし、こちらにその気がなくとも子供向けの本だと思われる可能性があります。懐古的な話や教訓話、綺麗事に引き寄せられてしまうのは寂しいですし、かと言って、後味の悪い話にするのもあざとい気がします。

 

と語ったうえで、どうしたら自分だからこそ書ける物語ができるのかああだこうだと悩みながら考えた結果この五編の作品が出来上がったとのことです。そして今回は

 

「デビューして20年、この仕事をしてきたひとつの成果だと思っています!」

 

と珍しく矜持を露わにしています。確かにそれだけのことはある作品だと思います。

 

  小学生時代という、感受性の強い一方で大人の世界をまだよく理解できない時期に起きる様々な出来事。子供同士のいじめ、頼りなさそうな先生への嫌がらせ、指導者の高圧的態度、親の過干渉、片親問題、わけありの転校等々。

 

     どの問題もそんな簡単に解決するわけがない。簡単に善悪で分けられるものでもない。いじめる側や、犯罪を犯す側であっても何らかの事情があるのかもしれない。

 

  だから伊坂は旧来の強制的指導や感情的叱責をよしとしません。びしっと叱りつけないから子供がつけあがるし、いじめや学級崩壊が起こるのだ、なんてよくある意見にも同調しません。

 

  一見軟弱優柔不断、飄々として定見がないように見えて、実はその思考はしなやかでかつ芯は靭(つよ)い。これぞ伊坂幸太郎

 

  と、ファンは思うわけです。ファンでない方には異論はあると思いますが、後味のよい作品ばかりですので、伊坂入門にもいいと思います。

 

  以下寸評。

 

ソクラテス   「ソクラテス」とは無知の知のこと。自分は何でも知っているという態度で、こいつはできないと決めつけて生徒を一方的に見下す先生。敵はその先生自身ではなく、その「先入観」。それをひっくり返すべく立ち上がる生徒たち。武器は僕は、そうは、思わないという一言。

 

  先に後年の結果を提示して、胸のすくような結末にもっていくところが痛快。

 

スロウではない   めだたない転校生はどうもいじめをうけて逃げてきたらしい。足も遅い。でも足の速くない主人公たちリレーメンバーのために速くなる方法をインターネットで調べてきて教えてくれる。これでビリを脱出できそうだ。でも、リレー直前にメンバーの女の子がけがをして絶体絶命のピンチ。その時転校生が起死回生の手を打つ。題名通り「スロウではない」胸のすくような場面だが、それが却ってクラスのボス女子を怒らせて。。。

 

  二転三転する展開や、主人公「僕」と友達の「ドン・コルレオーネ」問答が面白い、五編の中でも印象に残る作品です。

 

  そしてもう一つ、未来の僕が見舞いに行き会話する「磯憲」という先生。あとがきによると、伊坂幸太郎の小学生時代、3年間担当していただいた磯崎先生がモデル。勉強とはまた違う、大事なことを教えてくれた先生だそうで、伊坂の人格形成にも明らかに影響しているようです。あと二作品にも登場しています。

 

オプティマ   オプティマスとは、映画「トランスフォーマー」の司令官オプティマス。カッコよく変身して事件を解決するヒーロー(でも、実は「いい案がある」は大抵裏目に出る)。

 

  授業妨害を厳しく咎められない、たよりない新任の先生。僕と友達はなんとかその問題を解決してあげようといろいろやってみるが、やっぱり上手くいかない。一方その頼りなさそうな先生にはいろいろ秘密がありそうで。。。

 

  終盤授業参観でその先生の教育論が炸裂するところがクライマックス、そこからまたツイストがあるあたりはいかにも伊坂。

 

アンスポーツマンライク   アンスポーツマンライクとは、ミニバスケットのルールで、相手の足を引っかけて倒したりする「アンスポーツマンライクファウル」のこと。  

 五人のミニバスメンバーの小学生、学生、社会人時代を描いて印象に残る作品で、そこには磯憲の

 

 試合は俺や親のためじゃなくて、おまえたちのものだ。自分の人生で、チャレンジするのは、自分の権利だよ。

 

 

という教えが息づいていた。

 

逆ワシントン   ワシントンとは有名な子供時代の桜の木のエピソード、正直に認めるということ。どう逆になるのかは読んでのお楽しみ。

 

  ストーリーに直接関係はないが「アンスポーツマンライク」で主人公たちに取り押さえられた犯人が最後に涙する場面が泣かせます。

 

  やっぱり伊坂幸太郎はいい。これからもずっと読み続けたいと思います。先生、作家生活20周年おめでとうございます。

 

 デビュー20年目の真っ向勝負!
無上の短編5編(書き下ろし3編を含む)を収録。 敵は、先入観。
世界を
ひっくり返せ!
伊坂幸太郎史上、最高の読後感。
デビュー20年目の真っ向勝負!
無上の短編5編(書き下ろし3編を含む)を収録。

 

 

 

・逆ソクラテス

 

・スロウではない

 

・非オプティマ

 

・アンスポーツマンライク

 

・逆ワシントン