もういちど生まれる / 朝井リョウ
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朝井リョウを読むシリーズ、今回は2011年の「もういちど生まれる」です。大学4年時に書かれた「星やどりの声」(2010)の一年後、西加奈子さんの解説によると、サラリーマンと作家の兼業時代の作品ですが、前作から著しい進境を見せていると感じました。
この後の「少女は卒業しない」、直木賞受賞作の「何者」にも引き継がれて朝井リョウの持ち味となる、互いに連関のある連作短編集という形式の始まりがこの作品であったことがわかります。
ちなみにこの三作、微妙に年代をずらしています。本作が20歳、「少女は卒業しない」が18歳(高校卒業式)、「何者」が22歳(大学4年、就職活動)となっており、この三作を読むとこの2年刻みで驚くほど彼らを取り巻く環境が変化していくことが分かりますし、それを実にうまく朝井リョウは描き分けています。
さて、この作品では大学生活のど真ん中、
無責任を背負って、自由を装っている。未来どころか、三歩先のことだって本当は誰にも見えていない(「僕は魔法が使えない」)
高校時代「すごい」といわれた才能などもう通用しないけれど、かといって大学レベルでも通用するすごい才能の持ち主でさえまだ「何者」でもないモラトリアムの時期を、朝井リョウの代名詞ともいえる「瑞々しい感性」で描き切っていて見事です。
主な舞台は結構偏差値の高い都内の私立大であるR大。おそらく朝井リョウが出た早稲田大学を想定していると思われます。
五編からなりますが、簡単に主要登場人物を紹介しますと、
「ひーちゃんは線香花火」
汐梨、ひーちゃん、風人、尾関(R大)
「燃えるスカートのあの子」
翔多、椿、結実子、オカジュン、礼生(R大)、ハル(ダンススクール、翔多とバイト仲間、椿と高校同級生)
「僕は魔法が使えない」
新、ナツ先輩(美大)、結実子
「もういちど生まれる」
梢(予備校二浪)、椿 、風人 (梢と椿は双子、三人は幼馴染)
「破りたかったもののすべて」
ハル(遥)、ナツ先輩(兄)、翔多、椿
・ 尾関という恋人に物足りなさを感じている自他ともに認める美人汐梨。その汐梨以上の美人であるひーちゃん、彼女の友人(恋人?)である風人との不思議で微妙な四角関係。
・ チャラいけれど、バイトはしっかりこなし、飲み会がコミュニケーションツールであることになんとなく疑問を感じている翔多。バイト先でハルにちょっかいをかけては怒られ、同じサークルの美人椿にアタックしようとするも。
ちなみに翔多、椿、オカジュン、結実子、尾関は同じサークル、このサークルの河口湖合宿の時間帯が連作のキーとなる。
・ 浪人して美大へ進んだ新(あらた)は亡父への思いから脱せず、再婚を考えている母と上手くいっていない。そしてナツ先輩の圧倒的な才能にはとてもかなわないと思っている。絵のモデルになった結実子が新の絵の中に見出したものは。
・ 高校時代から読者モデルをしながらもR大にするっと入り、学生映画の主演も決まった姉椿にコンプレックスを感じ続けている双子の妹・梢。二浪の身で予備校の教師に実らない恋をし、心を許せるのは幼馴染の風人だけ。コンプレックスと姉への反感から、ある日姉に成りすまして学生映画の撮影現場へ出かけるが。
・ 高校時代は圧倒的なロックダンスで周囲を「すごい」と思わせていたハル(遙)。大学を捨てダンススクールに入るが、そこでは彼女の「すごい」など通用しない。それがわからない兄ナツに苛立つ一方、バイト先でちょっかいをかけてくるあいつに実は心惹かれている。
風人、翔多、椿、結実子、ナツハル兄妹をはじめ多くの登場人物が二編以上で顔を出し、連作を緊密に結びつけています。そして彼らはある作品では眩しく輝いていても、別の作品では内面に劣等感を感じています。この明暗二面の描き分けが見事で、群像劇を深いものにしています。
この時期特有の風景もリアルに描かれています。一人暮らしの部屋、線香花火遊び、サークルの飲み会、合宿、学生映画、甘味喫茶、美大キャンパス、アトリエ、ダンススクール、夜の新宿のビル前のダンス練習、等々。
そして物語はナツ先輩の美大ピロティに飾られた美術展受賞作が破られる結末へと収斂していきます。
作品の中で、様々に出会ういわゆる「黒い」感情は、著者のこの「すべてを書こう」とする決意の表れだと、私は思う。(中略)
自らの黒い感情に苦しんだ彼らには、必ず、ある光が待っている。
という西加奈子さんの見事な解説のとおり、朝井リョウも「学生作家」という華々しい肩書を得ながらもいろいろな苦悩葛藤があり、それがこの作品に結実したんだろうな、と思わせる佳作でした。