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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

何様 / 朝井リョウ

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  先日紹介した、まだ何者でもない大学生たちの就活模様を描いて秀逸だった「何者」のアナザーストーリー集。六作品それぞれによく出来ており、彼得意の思わせぶりな題名と最後のツイストもきっちり効いていて、朝井リョウって本当にこういうの上手いな、と思う。

 

水曜日の南階段はきれい」   いやあ、いきなりガツンとやられた。「何者」で光太郎@天真爛漫系男子が瑞月@地道素直系女子を二回も振って、似合わない中小規模の出版会社に就職したのは、「初恋の人とその業界にいればいつか会えるかもしれない」からだった。その謎ときの一本だが、題名といい、内容といい、最後に泣かせるところといい、実に良い。

 

  光太郎は大学受験間近で3人組のバンドのラストライブを終わったところ。御山大学志望を公言しているが、英語があと一息。ある日教師から、同じクラスの大人しい女子、荻島夕子の英語答案が模範的と聞かされ早速教えを請うことにした。

  実は光太郎には彼女に関してちょっと気になることがあった。それは彼女がもう掃除免除の時期なのに今でも水曜日に南階段を掃除していること。夕子はそれを知っている光太郎に驚くが、その答えは言わない。その代わり、金曜日には踊り場の窓拭きをしていることを教える。

 

  その秘密のすべては卒業式の後で明らかになる。驚く光太郎だが、もう夕子とは会えない。切なくも上手いラスト。

 

  俺は、夕子さんにお礼が言いたかった。そしてそれは、受験のことだけじゃなかった。もっと大きくて、いろんな思いを込めたありがとうを伝えたかった。(中略)   文集が立てかけられていたあたり、夕子さんが磨き続けた窓の先には、かつて俺が声を嗄らして歌っていた中庭がある。会おうと思えばいつでも会える距離に散らばることを嘆き合った友の姿が、ここからはきれいに見える。

 

  夕子さんとは会おうと思っても会えない距離に離れてしまうのだ。ちなみに英語を活かした職業を希望している。故に光太郎は出版社に就職したわけだが、果たして夕子さんと再会できるのだろうか、してほしい。

 

それでは二人組を作ってください」   理香@意識高い系女子と、隆良@空想クリエイター系男子の同棲の経緯。「何者」では「もともと理香と姉がルームシェアしていたが姉が出ていったタイミングで隆良@空想クリエイター系男子と同棲が始まった」との設定だった。

 

  冒頭の食事風景、姉への些細だけれど毎日だと重い、微妙な感情の揺らぎの描写がいい。

 

がしがしと玄米ブランを噛み砕くと、「食物繊維」という画数の多い文字が、一画一画ばらばらになって胃の中に押し込まれていく感覚がする。姉は、あれだけおいしいと言っていたしじみの味噌汁に手をつけるのも忘れて、携帯の画面に見入っている。

 

  理香は子供の頃から奥手で、女の子と二人組を作るのがとても苦手だった。姉でさえこのような息苦しさを感じているのに、その姉ももうすぐ結婚で出ていくので誰か代わりを早急に見つけないといけない。候補はいてバカだからちょっとその子の気にいるような部屋にすれば大丈夫と思っていた。でも結局振り回され置いてけぼりにされるのは理香。。。

  そのタイミングでルームシェアの相手だと思ったのが、バカが気にいるだろうと購入した家具を運んできて組み立てていた宮本隆良というバイト店員。

結局私は、自分よりもバカだと思う人としか、一緒にいられない。

  あの意識高い系で就活に励む皆を見下していた隆良も、理香から見ればそんな感じだったんですね、というお話。う〜ん、理香もなんか分かってないなあと感じさせるところが、朝井リョウの腕かな。

 

逆算」   「X'mas Stories」というアンソロジー集のために書かれただけあって、普通のラブ・ストーリー

  主人公は何でも逆算する癖がある、鉄道会社に勤めて四年の有希という女性。その癖の原因となったのは最初で最後の彼氏の心無い一言。まあぶっちゃけて言いますと、誕生日から逆算して親がアレしたのはクリスマスイブだとかいったわけですな。

  そして26歳のクリスマスイブにその誤解を解いてくれたのが、有希が惹かれつつある会社の同僚沢渡さんだった。めでたしめでたし。

 

  え、これで終わり?何者の誰が出てきたの?と焦ったが、最後にわかった。サワ先輩だった。私も鈍いな。

 

  とりあえず朝井リョウ探偵ナイトスクープのファンであるらしいのが嬉しかった一本。

 

きみだけの絶対」   「何者」では拓人の回想の中でしか登場しなかった烏丸ギンジが登場。といっても、彼の甥の高校生亮博の語りで話は進む。って、観察対象でしかないところ「何者」のまんまじゃん。

  まあとにもかくにも大学中退して劇作家になって十年経ち、ある程度名も知られ取材も受けるようになっている。とはいえ、「こういうことをやって金になるのは、気楽でいいよなあ」と親族にさえ思われているし、彼女としっぽりやりたかったのに母にチケットを押し付けられて仕方なく彼女と出かけたこの甥っ子にさえ、「生きづらさを抱えている人たちに、寄り添うような物語」を観に来ているのは「週末にきちんと休むことができて、数時間のためにいくらかのお金を払う事のできる人たち」で「その前にやらなくちゃいけないことがたくさんある人たちの目には届かない」ことを看破されてしまう。でも、「その前にやらなくちゃいけないことがある」彼女の見方はちょっと違った。。。

 

  朝井リョウも言ってみればギンジと同じ立場なんだろう。「ギンジさんが演劇をやる『意味』」を朝井リョウは書かずに終わるが、それは彼自身が一番知りたいことなのかもしれない。

 

むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」   瑞月@地道素直系女子がアメリカ留学をしている間に、父が心の弱い母の看護に疲れ果て、ついに正美という女性と浮気をしてしまう話。

 

  瑞月の父も懸命にいい夫でいようと努めてきた。正美も子供の頃からひたすら良い子でいようと努め、今も真面目にマナー講師のとして働いている。しかし「むしゃくしゃ」の沸点が低くて問題児だった妹の方が今は父母を喜ばせている。仕事でも元ヤン講師の方が人気がある。

  この二人の「むしゃくしゃ」がついに爆発した時、、、瑞月がこの後母と同居しなければならなくなり、エリア就職しかできなかったのは可哀想だけど、この二人は許せる気がする。

 

  って、フィクションなのに何言ってんだか、私。

 

  ちなみに私も「昔はヤンチャで」なんてシラっと公言しているやつらが大嫌い。で終わろうと思ったら、解説のオードリー若林さんがもっと真面目に語っておられた。若林さん、頭いい人なんだろうなあ、と思っていましたが、スゴイ。

 

「むしゃくしゃして抱かれても正美は元ヤン講師を凌駕できるわけではないだろう。願わくば芯の食い方で元ヤン講師を超えてほしい。そして「真面目な生徒会長」と言われてもそれが私のスタイルだと胸を張る日を迎えてほしい。そうじゃないと正美と同じく「いまいち印象に残らなかった」とよく言われる地味なわたしが浮かばれないではないか。(大意、原文ママではありません)」

 

何様」   就職一年目にして面接官として就活生と向き合うことになり、自分は何様なんだろうと悩む克弘という男の話。「就活」自体が今回の主人公なのかな、と思うほど朝井リョウは就活そのものを突き詰めて考えている。もう鳥肌が立つほど。

 

  とか思いながら読んでいたら、最後の最後にわかった。克弘って、前作ではその他大勢の中の一人。どんなちょい役だったかは読んでのお楽しみということで。

 

  というわけで「何者」とセットで読むのが前提だろうけれど、単独で読んでも、あるいはこちらから読んでも十分楽しめる作品だと思う。

 

桐島、部活やめるってよ 

死にがいを求めて生きているの

何者