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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

ペテロの葬列 / 宮部みゆき

⭐️⭐️⭐️

   宮部みゆきの杉村三郎シリーズ第三弾にして文庫本上下巻に渡る大作。「ペテロの葬列」という題名のうち、ペテロはレンブラントの名画「聖ペテロの否認」に描かれたイエスを裏切った弟子ペテロである。葬列とは被害者が加害者になり連綿と続く悪の連鎖のことである。ということで、一市井人杉村三郎が悪を観察し続けるシリーズ三作目は、かの豊田商事に端を発する悪徳詐欺商法の闇を描き尽している。

 

 杉村三郎が巻き込まれたバスジャック事件。実は、それが本当の謎の始まりだった――。『誰か』『名もなき毒』に続くシリーズ第三弾。 今多コンツェルン会長室直属・グループ広報室の杉村三郎は、ある日、拳銃を持った老人によるバスジャックに遭遇する。事件は3時間ほどであっけなく解決したかに見えたが、実はそれが本当の謎の始まりだった――。 事件の真の動機に隠された、日本という国、そして人間の本質に潜む闇。杉村三郎が巻き込まれる最悪の事件。息もつかせぬ緊迫感の中、物語は二転三転、そして驚愕のラストへ。2014年、小泉孝太郎主演で連続ドラマ化。 (AMAZON解説上巻)

 

杉村三郎らバスジャック事件の被害者に届いた「慰謝料」。送り主は?金の出所は?老人の正体は?謎を追う三郎が行き着いたのは、かつて膨大な被害者を生んだ、ある事件だった。待ち受けるのは読む者すべてが目を疑う驚愕の結末。人間とは、かくも不可思議なものなのか―。これぞ宮部みゆきの真骨頂。 (AMAZON解説下巻)

 

  冒頭のバスジャック事件は鮮やかな筆捌きでさすが宮部と思わせる。ただ、三作目ともなって来ると、テレビドラマのシリーズもののように、どうしてこれだけこの人(杉村三郎)ばかりが事件に遭遇するの、という感が否めない。

  そして、人質同士で妙な連帯感が生まれてしまい、AMAZON解説にある、送り付けられてきた被害者慰謝料を(いくら事情があるとはいえ)警察へ報告をしないことに決めるあたりは、さすがに無理がありすぎる。それに、いくら義父に相談済みとは言え巨大コンツェルンの総帥の娘の入り婿と言う立場をわきまえていないと思わざるを得ない(これには作者側の理由があるのだが)。

  また、人質によって慰謝料が違う理由もそう決めた送り主の判断も、今ひとつ要領を得ない。

 

  だから杉村三郎の行動もさすがに今回は暴走気味である。ここからはネタバレになる。

 

  その理由として、宮部みゆきはこの杉村三郎を延々三作も引っ張っておいて、妻菜穂子と離婚させ、巨大コンツェルンからも引き離すつもりだったのである。そのための伏線や本筋と無関係のエピソードが満載のため、長くなってしまった、と言うのが今回の作品が上下巻に渡った理由である。

 

  三作とも解説を担当されているミステリ評論家杉江松恋氏の解説は的確ではあるがほめ過ぎである。本作は作者都合が多すぎる。

 

  個人的には、バスジャックした老人が「トレイナー」であったという設定にいささか感慨深いものがあった。悪い意味でだが。

  このトレイナーとは、一時期日本で流行した合宿による新人研修セミナーの指導員、コンサルタントのことである。テレビでよく特集されていたが、限界を超えるような肉体的鍛錬をしたり、明らかに洗脳じゃないかというような頭ごなしの人格否定をしたりで文字通り「飼い慣らされた豚」に新社会人を追い込んでしまうようなものだった。幸い私の職種には無関係だったが、自分がもしこういう研修を受けさせられたら即退社するか自殺するかどちらかだな、と思った覚えがある。

  こういうセミナーを請け負う業者が悪徳商法のノウハウを受け継いだという作者の設定が本当なのかどうか私は知らないが、十分有り得ることであったのであろう。