屍者の帝国 / 伊藤計劃 X 円城塔
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伊藤計劃の未完の遺作「屍者の帝国」を、円城塔が遺族の了解を得て、3年という年月を費やして完成させた壮大なスケールのSF作品。
とは言ってみたものの、パラレルワールドSFと呼べばいいのか、スチームパンクと呼べばいいのか、19世紀オールスター・パスティーシュとでも呼べばいいのか、とにかく壮絶に奇妙な作品である。
伊藤の遺作自体が「死者をパンチカード(今でいうOSのような感じ)とプラグインで労働力として利用する」というシェリー夫人の「フランケンシュタイン」に似せたコンセプト、そしてシャーロック・ホームズに出会う前のワトソン君が主人公、「ドラキュラ」のヴァン・ヘルシング教授と出会うのが物語の始まりなのであるから、そのコンセプトを引き継ぐとこうなるのもむべなるかな、という面はある。
そして地球を一周するワトソンに同行するのが、ロビンソン・クルーソーのフライデー(屍者の秘書)、実在の旅行家バーナビー、途中から割り込んでくるのが「風と共に去りぬ」のレット・バトラー。
インドからアフガン、日本、アメリカ合衆国、そして英国へと目まぐるしく変わる舞台、おまけに最後はノーチラス号。
なかなかにクールなスチームパンクにしたのも構想としてはよく考え抜かれている。
そして虚実ないまぜの新しい登場人物。「カラマーゾフの兄弟」のアレクセイ(アリョーシャ)、クロソートキン(コーチャ)、フョードロフ、ドミートリィ、上述のフライデー、レット・バトラー、伊藤計劃お気に入りの007シリーズのM、そして紅一点、リラダンの「未来のイブ」からハダリー。真打は「フランケンシュタイン」から、ザ・ワン。ちなみにハダリーはエピローグで偽名を使う、その名もアイリーン・アドラー。あのホームズが「the woman」と呼んだ女性である。
実在の人物もわんさか。上述のバーナビーに始まり、リットン、グラント元大統領、明治天皇、川路利良、大村益次郎、寺島宗則、山澤清吾、エジソン、チャールズ・ダーウィン、等々枚挙にいとまがない。
これだけオールスターで地球一周すれば面白くないはずはないだろう、と思うのだが、そこが「屍者の帝国 」だけに暗い。重くて暗くて難解である。まあそれもそのはず、あの時代にありえない技術で死者を動かすという構想を理論的に解明しようというのだから無理があり過ぎる。そして長過ぎる。
そして、文体はやはり伊藤計劃とは異なる。その尋常でない知識量と想像力には通じるものがあるが、多弁すぎて文章が重い。
題材や展開はスリリングで面白いのだから、もう少し読みやすく書く手もあったのではないかと思う。
で、肝心のテーマである。伊藤計劃の「ハーモニー」のテーマが「意識とはなにか」であったのに倣おうとしたのとか、本作では「魂とは何か」に最終的には焦点を絞り、最後にザ・ワンに延々と語らせる。その答えは伏せておくが、あんまりじゃないの?、と言うのが率直な感想である。
というわけで、円城塔の苦労と努力には敬意を払わざるを得ないが、素晴らしい成功作とは言えない、というのが正直なところ。著者のあとがきの終文を最後に引用する。
『屍者の帝国 』をお届けする。
賞賛は死者に、嘲笑は生者に向けて頂ければ幸いである。
二〇一四年九月 円城塔
『屍者復活の技術が全欧に普及した十九世紀末、医学生ワトソンは大英帝国の諜報員となり、アフガニスタンに潜入。その奥地で彼を待ち受けていた屍者の国の王カラマーゾフより渾身の依頼を受け、「ヴィクターの手記」と最初の屍者ザ・ワンを追い求めて世界を駆ける―伊藤計劃の未完の絶筆を円城塔が完成させた奇蹟の超大作。 (AMAZON解説より)』