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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

Maybe a fox / Kathi Appelt & Alison McGee

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  東日本大震災の遺児の感想文が話題になり、「本が好き!」でもレビューが引きも切らない「ホイッパーウィル川の伝説」の原作がこの「Maybe a fox」。児童文学だから大したことないとは言わないけれど、大の大人が(大人目線で)褒めまくるのも違和感が強い。

  とは言え、読まずに僻目に見てバイアスがかかった思い込みをしているだけではよくないだろうと思い、とりあえず原書を読んでみることにした。

 

  梗概は下記AMAZON解説か、あまたある「本が好き!」のレビューを参考にしていただきたい。人間パートとキツネパートを二人の作家が分担して完成させたそうだが、全体を通しての文体に二人が書いたという違和感はなく、スムーズに話は流れていき、最後にはちょっとした感動が待ち受けている。

  そういう意味ではよくできた作品となっている。とは言え、仕事の合間に一、二日で読める程度の内容。各章は短く、文章も平易。elementary schoolの高学年くらいから十分読めるだろう。

 

  本音を言えば「After Sylvie」以降の中盤がだるいし、終盤~ラストもよく言えば「スピリチュアル」(アメリカのスピリチュアル系は結構怪しいのが多いが)、大人目線で言えば「子供だまし」。

  まあそこは児童文学という事で許容できるとしても、アフガニスタンがとってつけた感ありまくり。さすがアメリカ人が書いただけあって、地球の反対側のよく分からんところに行った若者二人のうち一人が帰ってこなかった、という身勝手情弱な記述しかない。

 

  邦訳は未読だが表紙絵・装丁と題名の美しさで随分得しているんだろうな、という気はする。なんせ、原題は「たぶんキツネ」だもんな。そういう意味では出版社、編集者と翻訳者の功績大。若手翻訳家や出版社を応援するなら、こういうところをほめてあげればいいのに。

  

  閑話休題、その題名だけでも想像できる通り、英単語と翻訳日本語(レビューで確実なもの)で随分印象が違う。キーとなる単語を比較してみよう。

 

・ホイッパーウィル川 → Whippoorwill River 

  上述したようにこの本がヒットしたのは「ホイッパーウィル川の伝説」という題名の美しさも大きな要因だと思う。で、その元のスペルがこれ、随分ややこしい。弱い意志を鞭打つ、みたいなスピーキングネームだが、ホイッパーウィルではまずそのニュアンスは伝わらない。発音にしてもウィッ・プァウィルくらいが正しいんじゃないかな?もちろんそれでもニュアンスが伝わるわけじゃないんだけど。

 

奈落の淵 → The Slip 

  「奈落の淵」とはまた大げさな、と思っていたが、原書では単純に「Slip」。滑りやすいところ、みたいな感じだろう。勿論落ちたら助かりそうにないところという説明は入っている。

  一方キツネ世界では「Disappearance」と呼んでいる。こっちの方が高尚だ(笑。冗談はともかく「Slip」と「Disappearance」の訳し方なんかが翻訳家の腕の見せ所だと思うんだけど、いきなり「奈落の淵」じゃなあ。

 

セナ → Senna 

  特別な魂を宿した牝狐の名前。これはセナでいいんだけど、スペルがSennaだと知って思わず笑ってしまった。というのも、Senna(センナ)はよく知られている、下剤となる植物の名前。なんでこんな名前をつけたかな?そのあとも出てくる度に苦笑してしまって苦労した。

 

  そのほかにも父がJulesを呼ぶときの愛称Juley-Jules、宝(Jewery)とかけているようでオシャレな言い回しだが、これをどう訳しているんだろう、またあまりお目にかからない擬音語「Kapow!」(銃撃音)はどう訳しているんだろう、なんて興味は尽きない。

 

  まあ、そういう単語や言い回しから始まり、全体として、児童文学はやさしい、わかりやすい訳を心がけるので、えてして原文と邦訳で印象が違うことが多い。もちろん対象年齢の人たちが邦訳だけを読むのは全く問題ない。でも大の大人がレビューするのなら、それも若手翻訳家応援企画の一部とするのなら、原書と比較して翻訳家の個性や力量を検討してみよう、というレビュアーが出てきてもいいんじゃないかな。

 

  義務教育程度の英語を勉強してれば二日で読めるぞ

  

 

『Sylvie and Jules, Jules and Sylvie. Better than just sisters, better than best friends. Jules’ favourite thing is collecting rocks, and Sylvie’s is running – fast. But Sylvie is too fast, and when she runs to the most dangerous part of the river one snowy morning to throw in a wish rock, she is so fast that no one sees what happens when she disappears. At that very moment, in another part of the woods, a shadow fox is born: half of the spirit world, half of the animal world. She, too, is fast, and she senses danger. When Jules goes to throw one last wish rock into the river for her lost sister, the human and shadow worlds collide with unexpected consequences. Written in alternate voices – one Jules, the other the fox – this searingly beautiful tale tells of one small family’s moment of heartbreak as it unfolds into something epic, mythic, shimmering and, most of all, hopeful. (quoted from AMAZON)』