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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

Hyde / Daniel Levine

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  スティーヴンソンの名作「The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr.Hyde」をHyde氏側から描いた小説。原作が画期的な名作だったのでそこそこの作品にはなっているだろうとは思ってはいたが、かなりよく考え抜かれた面白い小説になっていた。

 

  作者はDaniel Levine、アメリカの若手小説家で、これが処女作だそうである。このアイデアを小説にするには随分長い時間を要した、と書いているが、それだけになかなか見事なデビュー作になっていると思う。彼はこの小説を書こうとした理由を二つ挙げている。

 

1:ヴィクトリア朝時代のモラルでは単純に「Jekyll=善、Hyde=悪」と分けざるを得なかったが、果たしてそうなのか?原作を注意深く読むとスティーブンソン自身も単純にそうではないと感じていた節がある。極端な話、JekyllがLanyon医師を狂気から死に追い込む必然性がない。

 

2:この小説はCarew卿殺人事件がヤマとなるマーダー・ミステリーであるが、この殺人を「coincidence」で片づけてよいものか?というのも、この殺人を現場のそばの邸宅のメイドが窓から目撃しており、しかもそのメイドが「Hyde氏は一度自分のご主人様を訪問したことがあるから覚えていた」と証言している。そのご主人様とは誰なのか、そしHyde氏の訪問の理由は何だったのか?

 

  1は所謂「コロンブスの卵」で、こうして読んでみれば、130年Hyde氏側からの小説を書こうとするものが現れなかったのが不思議な位である。ヴィクトリア時代の善悪の間の「shades of grey」や「Sympathy for the Devil」を許さない(作者解説より)時代は、遠の昔に終わっているというのに。

 

  2はなかなか面白い着眼点である。スティーブンソンも、そこを突いてくるか、とあの世で苦笑いしているだろう。

 

  物語は

 

Henry Jekyll is dead.

 

という文章で始まる。Edward Hyde自死を前にした述懐が続き、そして事の顛末を彼が最初から最後まで語る、という構成になっている。

 

  前半は上記の作者の思惑に即して、その伏線を敷くために費やされる。原作には出てこなかった人物が次々と登場して新しい物語を構成し、当時のイーストエンドソーホーの猥雑とした雰囲気もよく描けている。

 

  そしてそこから、原作でのUtteson氏の名文句

 

If he be Mr.Hyde," he had thought, "I shall be Mr.Seek."

 

をもじった謎の手紙が次々にHyde氏の元に届き彼の不安を煽ったかと思うと、センセーショナルにロンドンの裏社会の処女少女凌辱ビジネスを追及する新聞が彼の隠れ家に次々と張り付けられて彼の周囲をざわつかせる展開となる。

  この流れの中では、Hyde氏は積極的な「悪」ではなく、受動的に「悪」を演じさせられる哀れな存在のように思えてくる。ではその下手人はいったい誰なのか?時々Hyde氏が記憶をなくしている時間がカギなのだろう。

 

  そして後半。期待とは異なり、肉付けは十分されているものの一本調子な展開となる。すなわち、

 

Carew卿殺人事件 ~ Lanyon医師宅での変身 ~ 自宅での薬切れからのHyde氏のCyanide服毒自殺

 

で終わる原作の流れが、原作に忠実にHyde氏側から描かれていくのである。

 

  ストーリーとしては、この前半と後半のつながりが今ひとつ有機的でないのが惜しいと思う。

  特にJekyll氏の不能Hyde氏のお盛んなのを対比させるべく登場する二人の女性、特にHyde氏が買い、しばらく奇妙な同居生活を送り、彼の心無い癇癪で去らせることになる十代の娼婦Jeanieについて、もう少し具体的に話を後半につなげてほしかったと思う。

 

  その一方、この話以前にJekyll博士がフランスで二重人格の少年Emile Verlaineの薬剤治療(今で言えば人体実験だが)を施していて、自らの変身のヒントを得た、という事を徐々に明かしていく設定は秀逸だと思う。

 

  それに比べれば、Jekyll博士の悪の原因が父の虐待にある、なんてのはあまりにもありきたり過ぎて、その結果のインポテンツはギャグか!?とさえ思ってしまう。

 

  まあ前半の伏線を全部回収しながら話を膨らませればもっと長くなってしまうわけで、それもどうかなとは思う。というのは、ただでさえ原作の4倍のボリュームは長く感じたからだ。

 

  原作との一番の違いは、構成が一直線で単調なこと。これでネタの割れている話を四倍の分量で読ませるのはちょっと辛い。

 

  文章に関しては、原作では登場人物の台詞に通常の引用符(”-----")を用いていたのに、この作品ではそれがない。地の文と台詞が分かたれずにつながって進んでいく。JekyllとHydeの台詞はイタリック体にしてあるので、これは彼のスキル、文体なんだろうけれど果たして必要なものなのかどうか?はっきり言って読みにくかった。

 

  この小説を読んでからそのあとに収録されている原作をざっと再読してみると、やはり切れがあって、三段重ね構成なのに100P程度にまとめてぱっと終わっていて、スティーヴンソン見事なり、と思う。稀代のストーリーテラーだったことを再認識した。

 

  医学的な観点からの考察は、職業上かえって書きにくい。「本が好き」でdarklyさん、DBさん、efさんという凄腕の三人が考察されているのでそちらをご覧いただきたい。

 

 

” “An ingenious revision” of Robert Louis Stevenson’s classic Gothic story told through the eyes of the fiend (The New York Times Book Review).

 

 Mr. Hyde is trapped, locked in Dr. Jekyll’s house, certain of his inevitable capture. As the dreadful hours pass, he has the chance, finally, to tell his side of the story—one of buried dreams and dark lusts, both liberating and obscured in the gaslit fog of Victorian London’s sordid backstreets.

 

 Summoned to life by strange potions, Hyde knows not when or how long he will have control of “the body.” When dormant, he watches Dr. Jekyll from a distance, conscious of this other, high-class life but without influence. As the experiment continues, their mutual existence is threatened, not only by the uncertainties of untested science, but also by a mysterious stalker. Hyde is being taunted—possibly framed. Girls have gone missing; a murder has been committed. And someone is always watching from the shadows. In the blur of this shared consciousness, can Hyde ever truly know if these crimes were committed by his hands? (quoted from AMAZON)”