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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

梟の城 / 司馬遼太郎

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  司馬遼太郎氏の長編デビュー作にしてこの完成度。直木賞受賞も当然だろう。その後のエッセイ的スタイルとは全く違う普通の忍者小説だが、そういうものを書いても一流だったことがよくわかる。

 

司馬遼太郎の初長編作品にしてこの完成度。非情を旨とする忍者の世界を、信長による伊賀殲滅から秀吉暗殺計画まで鮮やかに活写して、最後にあっと言わせる、そして司馬先生にしてはお色気もたっぷり。」

 

   突然ですが、司馬遼太郎先生の初長編小説にして直木賞受賞作、山田風太郎等とともに忍者小説ブームを巻き起こした作品です。実は書庫で「空海の風景」を探していて見つからくてこの作品が目についたので久々に読んでみました。

 

  後年にはエッセイ風に自分の語りから初めて小説に入っていくという独特のスタイルを築いた司馬先生ですが、ほぼデビュー作と言ってよいこの小説は、普通の小説のスタイルです。とは言え、ページターナーでグイグイ物語の世界に引き込んでいき、最後であっと言わせるその構成は、もう小説家として完成の域にあったと思わざるを得ません。あまりにも完成しているが故に、逆にそのスタイルを崩して、後年あのようなスタイルに至ったのかもしれません。

 

  ひと言でいうと「忍者小説」ですが、解説の村松剛氏が書かれているように、戦後間もない時代に在っては革新的な内容でした。ちょっと引用させていただきますと、昭和31年に石原慎太郎の「太陽の季節」がベスト・セラーになったことを挙げ、

 

時代小説の方もこの時代の風潮に応じて、スピーディな、乾いた文章と、エロティックな場面の多いことを、特徴とするようになった。

 

ということで、本作でも主人公葛籠重蔵とヒロイン小萩の最初の出会いは遊女として抱くところから始まります。そしてその後、小萩の策部にはまる寸前で彼女の秘に近い白い太腿に探検を突き刺して去るところは最高にエロティック。

 

  さて物語。

 

  豊臣秀吉の天下の時代。天正伊賀の乱で、織田信長の命で、婦女子まで一人残らず殲滅させられた伊賀。その容赦ない殺戮をかいくぐり辛うじて生き残った数少ない忍者たち。

 

  一番の使い手の葛籠(つづら)重蔵は長年山に籠っていますが、師匠の下柘植次郎左衛門が彼を訪ねてきて、堺の豪商今井宗久の依頼で秀吉殺害を依頼され請け負うところから物語は始まります。

 

忍者は梟と同じく人の虚の中に棲み、五行の陰の中に生き、しかも他の者と群れずただ一人で生きておる。

  という伊賀者の倫理観は武士はもちろん、一般民衆ともかけ離れたところにありますが、それでもまだ重蔵は村松剛曰くの「理想主義的」なところがあります。一方京都に逃げた重蔵と同等の使い手風間五平は忍者に嫌気が刺し、前田玄以に仕官し、隠密として逆に彼等を狩る方に立場を変え、現世の栄達を夢見ています。下柘植次郎左衛門も食えない老人で、ダブル・スパイ的にどちらの側にもその場その場で立場を変える男。その娘木さるは美しい忍者ですが、五平の許婚でありながら重蔵を慕っています。

 

  そして謎の美女小萩。上述のように遊女として登場しますが、後に今井宗久の養女と判明。しかし、それだけの女ではないことは容易に知れますが、その出自が分かるのは後半もだいぶ過ぎてから。

 

  彼らの丁々発止の駆け引きに甲賀一の忍者摩利洞玄も絡んで、もつれにもつれていく物語の大団円はやはり秀吉暗殺。伏見城に忍び込む重蔵と、その現場を押さえて千石以上扶持アップを狙う五平。

 

  ああ、あの男の物語だったのか、と呆気にとられる意外過ぎる結末。

 

  いやあ、やっぱり司馬小説は面白い。