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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

All The Light We Cannot See / Anthony Doerr

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

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    ブクレコレビューより転載:

 

  短編集「シェル・コレクター」で注目を浴びたアメリカの新進作家Anthony Doerrアンソニー・ドーア)の長編小説です。Kさんが先日レビューされていて、これは読まねばと探したらKindleで原書が安くダウンロードできるので挑戦してみました。(リンクにKindleがないためハードカバーにリンクしています)


 一言、素晴らしかったです。「All The Light We Cannot See」という美しい題名に相応しい文章の美しさ。「シェル・コレクター」で見せた短編構築力と静かな展開という彼の持ち味を上手く長編に活かしています。また、一小節数ページという短さは英語を読むには丁度いいですし、その日の都合で好きなだけ読み進めるというメリットもありました。

 

 さて、フランス北部の有名な観光地モン・サン・ミッシェルの西20キロほどの海岸に、これまた海に飛び出たサン・マロという城塞都市があります。第二次大戦中にナチスドイツと連合国軍の激しい戦いのあった場所で、この激戦時のサン・マロを中心として物語は進んでいきます。
 主人公はドイツ人で炭鉱の孤児院出身、無線技師としてナチス軍に属する少年Wernerと博物館の錠前師(locksmith)を父に持つ盲目の少女Marie-Laureの二人。サン・マロで発せられるある無線を通して運命的に境遇も国籍も全く異なるこの二人の人生が交錯していきます。

 

  その物語の「鍵」となる物が二つ。ひとつは、持つものは不死となるが周囲の者を不幸にすると言う伝説のダイアモンド「Sea of Flames」。Marie-Laureの父が勤める博物館に何十にも鍵をかけられて保管されていましたが、ナチスのパリ侵攻に際していくつかのフェイクが作られ何人かが保管しますが、持つ者はそれが本物かどうかはわからない。その一つを父から委ねられた彼女が持っているのです。
 もうひとつはMarie-Laureのために父が作った精巧な町並みの再現模型。娘が一人で外出できるようにと父が作るのですが、サンマロの町並みをスケッチしているところを近所の人間がナチスに密告し。。。

 

  各章には年月日が記されており、全てで14章。その日付は時系列に添っておらず、時間が行きつ戻りつするのですが、それがとても効果的。そして各章を構成する小節は最初に述べたように数ページと短く、全てで178。短編の名手らしい上手く考え抜かれた長編構成です。

 

  この短い小節の文章が美しくも残酷な光を放つダイアモンドのように磨き上げられて読み応えがあります。「シェル・コレクター」でも思ったのですが、アンソニー・ドーアは名詞の使い方、というか、所謂「体言止め」的な文章が上手い。名詞で小節を締めくくったり、名詞を羅列して効果をあげたり、博物館においてある無脊椎動物の学名で想像を掻き立てたり。

 

  Kさんが指摘されていたように、静か動か、といわれると「静」の小説で、おそらく邦訳だとサクサク読め過ぎて「え、もう終わり?」的な印象があるかもしれません。どちらかというとストーリーの起伏よりも、各小節の文章を楽しみながら、じっくりと二人の主人公とそれを取巻く人々の運命に思いをはせる物語なのだと思います。ピュリッツアー賞に相応しい傑作です。

 

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