黄金列車 / 佐藤亜紀
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第二次世界大戦末期。ハンガリー大蔵省の役人のバログは、敵軍迫る首都から国有財産の退避を命じられ、ユダヤ人の没収財産を積んだ「黄金列車」の運行に携わることになる。混乱に乗じて財宝を狙う有象無象を相手に、文官の論理と交渉術で渡り合っていくバログ。過酷な日々の中、胸に去来するのはかつて青春を共にしたユダヤ人の友人、そして妻との出会いだった。輝くような思い出と、徐々に迫ってくる戦争の影。ヨーロッパを疾駆する列車のなか、現在と過去を行き来しながらバログはある決意を固める―。(AMAZON解説)
「文官の論理と交渉術」でユダヤ人の財宝を守った男たちを描くなら、いっそドキュメンタリーにした方が良かったんじゃないか、と思うほど小説としての醍醐味やストーリーの起伏に乏しい展開。これから読まれる方はそこを覚悟して、最後の「黄金列車についての覚書」を先に読んでから入っていかれることをお勧めする。
ちょっと前から、ドイツはおかしいんだ。急にいい切手が出回っている。これはハンブルグの蒐集家とずっと値段の交渉をしていたんだけど、今日送ってきた。代金はいらない、ただでいいって。
(中略、エルヴィンの父ヴァイスラーはその理由を教えてくれない、バログは言う)
蒐集家にとっての好機が幾つかある。戦争と、恐慌と、革命だ。どの場合も、蒐集家はコレクションを手放すことがある。売ることもあるが、持っていてほしいと思う人に譲ることもある。価値の分かる人の手元にある方が、わからない人のものになるよりはましだからね。(中略)大事にしなさい。(p162)
(ヴァイスラーの家が徹底的な収奪にあい、子どもたちは国外逃亡を図る前にバログ家に逃げ込む)
エルヴィンは暫くバログを見詰めて黙り込んでいるが、ふいに、戦争、恐慌、革命、と呟く。おじさんは言ったよね?蒐集品が動く時、って。あれ、やっとわかったよ。(中略)今日、ドイツ人が来て家のものを洗いざらい持って行った。(中略)エルヴィンは背負ってきた背嚢から、油紙で包んだ小振りな切手帳を出して開く。最初のポケットに、いつか持って来た古い切手が入っている。
これをぼくにくれた人は、もういない。そうでしょう。
ああ、とバログは答える。多分ね。(p254)
(ほとんどの貨物を守り切って安堵するバログを最後の最後に浮浪児たちが襲う)
切手帳。欲しいのはそれか。それだけか。バログの口から短い声が漏れる。(中略)からかうつもりはないんだよ。邪魔をする気もない。ただ、そういう知り合いがいたんだ。逃げる時にもまず切手帳を持って逃げるような若い知り合いが。(p322、最終章)