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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

猫のまぼろし、猫のまどわし / 東雅夫編

⭐️⭐️⭐️

   東京創元社文庫創刊60周年祝企画のリストに「猫のまぼろし、猫のまどわし」という面白そうな本があったのでリンク先を覗いてみた。単独作品ではなく、アンソロジスト東雅夫氏の手になる、猫にまつわる東西の怪奇譚を集めたアンソロジー集だった。紹介文に曰く、

 

猫は愛らしいだけじゃない不思議な猫、妖しい猫、なぜか作家心をくすぐる存在なのだ。猫のあやかしを通じて東西の怪奇幻想譚を読み較べる、猫の魅力満載の贅沢な短編集。

 

  で、目次を見て、私の大好きな萩原朔太郎の「猫町」が入っていたので興味を惹かれ、他の作品も読んでみようと購入。

 

「猫」 別役実
  序章、導入部、あるいは編者曰くの前菜。別役実が大真面目に「猫は化ける」という「事実」を考証したエッセイ。別役らしい衒学的文章は面白みはないものの、導入部にはぴったり。編集の妙。

パート1:  猫町をさがして
猫町 散文詩風な小説」 萩原朔太郎
「古い魔術」 ブラックウッド(西條八十訳)
猫町」 江戸川乱歩
萩原朔太郎稲垣足穂」 江戸川乱歩
「喫茶店ミモザ」の猫」 日影丈吉
猫町紀行」 つげ義春

  パート1は東氏が打診された際、真っ先に思いついたという「猫町」対決で、メインは萩原朔太郎の有名な散文詩風小説「猫町」とイギリスの怪奇小説の大御所ブラックウッドの「Ancient Sorceries」の読み比べ。しかも、翻訳者に凝って、朔太郎と同時期の詩人、西條八十を持ってきた。よって、

東西対決 + 文章対決

の二つが同時に味わえる。これは読み応えがあった。同じ猫の町に迷い込む話でも、萩原がちょっと麻薬中毒がかってはいるもののドライでSF(パラレルワールド的説明あり)っぽいのに対して、ブラックウッドは正統派西洋風らしく、中世の魔女のサバトを思わせるダークでウェットな筆致で唸らせる。クライマックスの文章を比較してみよう。

瞬間。万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。何事がわからなかった。だが次の瞬間には、何人にも想像されない、世にも怪奇な、恐ろしい異変事が現象した。見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。(猫町、p36)

 

ああ、なんと押し寄せる潮のようにその情熱の沸き立ったことぞ!それは彼の内臓をゆがめ、欲望を夜空に花火のように打ち上げ、かれを妖巫(ウィッチ)の安息日(サバス)の魔術者の踊りへと追い立てた!星はかれの身辺に渦巻き、かれはもう一度月の魔術を仰いだ。山頂と森から突進し、谿を過ぎって崖から崖へと跳び、かれを吹きちぎる風の威力よ!・・・・・(古い魔術、p100)



  東西二人の作家、そして日本人二人の詩人のコントラストが見事。おまけにこの二つの小説を比較して論じた江戸川乱歩の随筆や、つげ義春猫町を探す話(+絵)で余韻を楽しませてくれる、これはアンソロジスト東氏の手腕が光るパート。

パート2: 虚実のあわいニャーオ
「ウォーソン夫人の黒猫」 萩原朔太郎
「支柱上の猫」オドネル(岩崎春雄訳)
「『ああしんど』」池田蕉園
「駒の話」 泉鏡花
「猫騒動」 岡本綺堂
「化け猫」 柴田宵曲
「遊女猫分食」 未達(須永朝彦訳)

  パート2は掌編が並びます。虚実のあわいと言っても現実に猫が化けるはずがない。それをいかにもっともらしく読ませるか、それぞれに趣向が凝らされている。この中ではやはり泉鏡花の作品が絶妙だと思うが、そのあとに岡本綺堂の半七捕り物帖を持ってきた東氏の選択もうまい。

パート3: 怪猫、海を渡る
「鍋島猫騒動」 作者不詳(東雅夫訳)
「佐賀の夜桜怪猫伝とその渡英」 上原虎重
「ナベシマの吸血猫」 ミットフォード(円城塔訳)
「忠猫の話」 ミットフォード(円城塔訳)
「白い猫」 レ・ファニュ(仁賀克雄訳)
「笑い猫」 花田清輝

  怪談噺の王道、佐賀藩鍋島猫騒動の和綴本絵図から始まり、その解説、海を渡ってミットフォードが編んだ「Tales of Old Japan」に収載された「The Vampire Cat of Nabeshima」の逆輸入和訳、比較のためのアイルランドの怪猫譚と続く。難解な(わけわからんという説もあり)文章で私に頭痛を起こさせたSF作家円城塔が洒脱に和訳しているのも一興。それにしても、日本では黒猫が恐れられるが、アイルランドでは白猫が恐れられているようで、文化の違い?なのかな。
  そして戦後文芸批評の大家花田清輝が映画「怪猫有馬御殿」をクソミソにけなした(褒めているという説もあり)エッセイで締めくくられる。返す刀でアリスネズミー映画も滅多斬りしているのも痛快。
  このパートも流れがスムーズでよく考えられているな、と思った。


「猫の親方 あるいは長靴をはいた猫」 ペロー(澁澤龍彦訳)
  妖猫譚フルコースのデザートは、ペローの名作童話「長靴を履いた猫」の澁澤龍彦訳。山尾悠子に多大な影響を及ぼした幻想作家だけに期待大だったが、どちらかと言えば軽妙洒脱な文章で、たしかにデザート。

  以上、アンソロジスト東氏の手腕が光る一冊、氏の解説の最後、注文の多い文章を引用して終わりにしよう。

あ、お客様、お出口は裏手のドアでございます。お帰りの前に、そちらの卓上に用意しましたクリームと香水と塩をお使いくださいね。そう、たっぷりと、まんべんなくにゃー!

 

 

 

 猫ほど不思議が似合う動物はいない。謎めいたところが創作意欲をかきたてるのか、古今東西、猫をめぐる物語は数知れず。本書は古くは日本の「鍋島猫騒動」に始まり、レ・ファニュやブラックウッド、泉鏡花岡本綺堂ら東西の巨匠による妖猫小説の競演、萩原朔太郎江戸川乱歩つげ義春の「猫町」物語群など21篇を収録。猫好きにも不思議好きにも堪えられないアンソロジー