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備忘録、採点表

歪み真珠 / 山尾悠子

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  ずるずるとはまって、またまた山尾悠子短編集の「歪み真珠」を読んでみた諏訪哲史さんのこれまた衒学的で難解な解説によると、初期作品集「夢の遠近法」と「ラピスラズリ 」以降の作品群をつなぐきわめて重要なミッシング・リンク、言い換えれば、

 

美しく引き絞られた鯨骨のコルセットのくびれ部、否、硝子の砂時計のしなやかな結節点(諏訪哲史

 

だそうである。う~ん、頭痛がする。シュールレアリスムか!と思ってしまうが、「歪み真珠」とは

 

ひろく知られるとおり「バロック」という美学的名称の原義とされることば

 

だそうである。調べてみたら歪んだところのある真珠を「バロックパール」と呼ぶそうだ。

 

死火山の麓の湾に裸身をさらす人魚たち、冬の眠りを控えた屋敷に現れる首を捧げ持つ白い娘…、「歪み真珠」すなわちバロックの名に似つかわしい絢爛で緻密、洗練を極めた美しき掌編15作を収めた物語の宝石箱。泉鏡花文学賞に輝く作家が放つ作品は、どれも違う鮮烈なヴィジョンを生み出す。ようこそ!読み始めたら虜になってしまう、この圧倒的な世界へ。 (AMAZON解説より)

 

  ミッシングリンクということだが、初期の作品に近いものの代表は「火の発見」だろう。これは「遠近法」でも出てきた腸詰宇宙とプロメテウスばりのエピソードを融合させた佳編である。 

  

  一方、「ラピスラズリ」に一番近い、というか、冬眠者を描いていることからラピスラズリのスピンオフとも呼べる作品が「ドロテアの首と銀の皿」。これは本短編集の中でも一番長く、短編と呼んでもいいくらいの長さがあるが、ラピスラズリ」よりもはるかに読みやすい。言い換えれば、あの韜晦に満ちた一筋縄ではいかない文章を楽しみにしていた分にはやや肩すかしの感は否めないが、この作品集の中でも文章・ストーリー、イメージの洗練度は群を抜いている。

 

  他の掌編はこの間に位置するわけであるが、イメージの奔流、現代詩のごとき文章、芸術への造詣を過不足なく披露し、そこに独特のユーモアも交えている。

 

  例えば冒頭の「ゴルゴンゾーラ大王あるいは草の冠」はカエルの王国がツボカビ病によって壊滅する様を山尾流の諧謔で描いており、なかなか面白かった。

 

  芸術への造詣で言えば、著名な絵画・詩・音楽のイメージが先行する作品が比較的多い。

  「美神の通過」はバーン=ジョーンズの「The Passing of Venus」を見事に文章に転化している。

  美貌の両性具有の双子を描いた「マスクとベルガマスク」はドビュッシーの「ベルガマスク組曲」、その題材となったヴェルレーヌの詩を彷彿とさせる。

  「聖アントワーヌの憂鬱」はフローベールの小説、ブリューゲルボスセザンヌダリ等々の絵画で有名な「アントニウスの誘惑」のパロディ的作品で、ちょっと佐藤亜紀のシニカルな筆致を思い出させる。

  そして「アンヌンツィァツィオーネ」、日本語で言えば「受胎告知」のこと、絵画を挙げれば枚挙にいとまがない。

 

  まあそんなこんなで、15編の掌編、どれも粒揃いに山尾悠子である。まあ、ところどころには筒井康隆小川洋子を彷彿とさせる作品や言葉・イメージの連鎖もある。「夜の宮殿の観光、女王との謁見つき」、とりわけそこに出てくる女王の大理石の糞なんかはその最たるものだろう。

 

  そんなこんなで、人それぞれに好きな作品が見つかると思うが、個人的にはドロテア以外では、娼婦たち、人魚でいっぱいの海」「マスクとベルガマスク」「紫禁城後宮で、ひとりの女が」あたりが好みであった。

 

北極星に導かれ夜の潮流を辿る船乗りたちは、星空の行く手に驚くべき高さで聳える死火山の稜線を見出すたびに何故かそこはかとない憂悶に沈むのだった。闇に沈んだ裾野の一箇所に賑やかな光の集積があり、近づくにつれてそれは桟橋に並ぶ提灯や窓明かりと知れるのだったが、・・・・・

明るく激しい雨が来て、通り過ぎたあとに虹が架かった。(中略)のちに風説となる女たちと魚と人魚でいっぱいの海はひとときの祝福に満たされ、大漁だ大漁だと騒ぐ男たちの言葉は寿ぎとなり、宝石の冠をつけた人魚があらわれて最初に飛び込んだ娼婦を力強く抱きとめた。(娼婦たち、人魚でいっぱいの海)

 

 眼下にどこまでも広がっていく石畳の広場は、いちめんの新雪に覆われてまばゆい雪原のよう。その中央に足跡を残しながら、黒髪を長く吹き流した女が一人背を見せて遠ざかっていく。前に三本の鉤爪、後ろに一本の蹴爪を持つ足跡は、斜めに射しそめた朝日を浴びてくっきりと影を持つ。でたらめに腕を振り、雪を蹴散らし、歩くことを初めて知った幼児のように女の後ろ姿は踊る - むかし紫禁城後宮で、ひとりの女が。(紫禁城後宮で、ひとりの女が)