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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

山尾悠子作品集成 / 山尾悠子

⭐️⭐️⭐️⭐️

  「増補・夢の遠近法」に収録されていた「パラス・アテネ」の続編(破壊王シリーズ)を読みたくて、図書館から借りだしてきた。分厚い、重い!

 

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山尾悠子作品集成

国書刊行会から2000年に発行されている。嬉しいことに栞に佐藤亜紀が「異邦の鳥」という題の献辞を寄稿しておられる。彼女も「パラス・アテネ」に衝撃を受けたそうだ。

 

今や同じ細工物を生業とする身としては、感嘆しながらも嫉妬に駆られる他ない完璧さである。願わくは読者が、この驚きと喜びをともにされんことを。二十年を経て、稀有の物語師が、我々のもとに帰ってきたのだ。

 

   まさにその通りで、稀有の物語師の紡ぐ膨大な文章を浴びるように堪能できた。多くの作品で、

 

月、星、水、火(炎)、分身、天使、禽獣、巨人、遠近法、蹂躙、崩壊、不条理、死

 

と言ったモチーフが繰り返され、

 

真珠母、犇く(ひしめく)、縺れ、瞋恚(しんに)

 

と言った山尾悠子が好む特殊な単語が頻出するため、気力の充実している時に集中して読むべきかと思う。

 

目次:以下目次に沿って、簡単に説明を。太字が「増補・夢の遠近法」に収録されていない作品。

 

  今回収録作と非収録作を比べてみると、単独作品として素晴らしい出来栄えの中編「ゴーレム」を除けば、やはり未収録作の方が出来不出来の幅は大きかったように思った。収録作に匹敵するほどの出来のものも勿論あるが、それを大きく上回る作品はなかったと思うし、テーマ、イメージが重複するものもいくつかあった。よって「夢の遠近法」の選択は(増補を含め)極めて妥当なものであったのだな、と感じた。

 

目次

 

第一セクション: 夢の棲む街

 夢の棲む街

 月蝕

 ムーンゲート

 堕天使

 遠近法

 シメールの領地

 ファンタジア領

   単行本となった「夢の棲む街」からの選択。やはり「夢の棲む街」「ムーンゲイト」「遠近法」の三作の出来栄えは圧倒的。

  「堕天使」はその後の多くの作品にモチーフが引き継がれるという意義はあるが、作品としては凡庸。「シメールの領地」は選集に入れても遜色ない出来栄えだが、収録作とイメージがダブることで避けたか。「ファンタジア領」もまとめ方に意表を突かれたが、やや長過ぎることで収録が見送られたのかもしれない。 

 

第二セクション: 耶路庭国異聞

 耶路庭国異聞

 街の人名簿

 巨人

 

 スターストーン

 黒金

 童話・支那風小夜曲集 

 透明族に関するエスキス

 私はその男にハンザ街で出会った

 遠近法・補遺

 

   第二セクションは、雑誌に掲載され単行本化されなかった主要作品を集めている。この本の出版時点では単行本として初掲載だったわけでとても貴重なセクション。

 

  ある程度の出来不出来はあるが、それは収録作にも言えたことで、あまり大きな差はないように思える。その中でも「耶路庭国異聞」の二重に閉じた耶路庭国世界と宇宙塔双方が破滅していく様は美しく印象に残った。また、ロブ=グリエを「パクった」という「黒金」は凄惨な変身譚を時間を逆行して描いている凄い作品。

 

第三セクション: 破壊王

 パラス・アテネ

 火炎圖

 夜半楽

 繭(「饗宴」抄)

 

  さて、破壊王。「増補・夢の遠近法」のご自身の解説にその構想の枠組みが記載されている。下記写真参照。

 

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破壊王構想


  残念だったのは、「パラス・アテネ」の主要登場人物、二位豺王はもう出てこないこと。共通するのは、千年帝国に侵略され蹂躙破壊され尽くす辺境世界を描いているということだけで、四つとも単独の物語。「火焔圖」「夜半楽」それぞれに魅力的な世界構築だが、結局書けずに「抄」となった第四部は煮詰め過ぎて却って投げやり感を感じる。

 

第四セクション: 掌編集・綴れ織

 支那の禽

 秋宵

 

 眠れる美女

 傳説

 月齢

 蝉丸

 赤い糸

 

 天使論

 

  第四セクションは掌編集。当時の絶筆となった「天使論」だけは外せなかったと思うが、その他はどれを採用しても良かったような。「支那の禽」「蝉丸」「赤い糸」なんか上手い。

 

第五セクション: ゴーレム

 ゴーレム

 

   今回新たに読んだ中で白眉の作品。解説によれば元々「ゴーレム」という中編原稿があり、それを長編化したものが「仮面物語」それが失敗作と感じて中編のまま改変したのがこの「ゴーレム」とのこと。

  それだけの紆余曲折を経ているだけに、山尾悠子の作品としては異例とも言える読みやすさの中に、ゴーレム、生死、魂といったテーマがきっちりと描かれ、第二セクションの「巨人」において達成できなかった「海」への到達という感動的なエンディングとなっている。

 

  以上、誰にでもお勧めできるような代物ではないが、山尾悠子の冷たい水底の世界に溺れたい方にはオススメ。