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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

増補 夢の遠近法 / 山尾悠子

⭐️⭐️⭐️⭐️

  「ラピスラズリ」に引き続き、山尾悠子である。原点に戻って、初期作品群から選ばれた短編集「増補 夢の遠近法 初期作品選」を読んでみた。

  作者解説によると、「ラピスラズリ」にひきつづき、ちくま文庫より声をかけていただき、よりコンパクトなかたちで再び若い頃の作品を世に出せた、ということである。

  せっかくの機会なので、国書刊行会より出た単行本「夢の遠近法」に「パラス・アテネ」「遠近法・補遺」の二篇を加えたそうで、計13の短編が収録されている。

  その多くが、1970年代後半~80年代前半に「SFマガジン」「奇想天外」に発表されており、昔目にしたことのある作品で懐かしく思った。

 

  全部で13の作品が収録されているが、「ラピスラズリ」で感じた靄の中を彷徨うような独特の文体、美しく幻想的なイマジネーションはもうデビュー作から完成の域にあったことがこの作品集を読むとよくわかる。とにかくひたすら圧倒された、文章フェチにはたまらない、凄い作家だ。

  ただし、すごく集中力を要する。気力の充実しているときに読まないと、文章の途中で迷子になってしまう

  

  嬉しいことに各作品についてご自身の解説があるが、とりあえず主だったところの寸評感想などを。

 

夢の棲む街」: 同志社大学に在学中に書き上げSFマガジンに応募したという記念すべきデビュー作。大海の中の円形の砂漠のような島の中央にヘソのようにすり鉢状に窪んだ小さな街。閉じられた世界。星座が絵のように巡る空さえも天蓋となって街を覆う。そこに住む「夢食い虫」、籠の中の侏儒、腰から足だけが異様に発達した踊り子達。これらの題材を見事に料理して最後のカタストロフへ持ち込む。もうこの一作だけで圧倒された。栴檀は双葉より芳し、脱帽。

 

月蝕」: 珍しく現実の京都が舞台。真面目なモリミーみたいな感じ。やはり山尾悠子は架空世界に棲むべき、かな。

 

ムーンゲート」: これは本当にすごい。彼女が殆どの作品で拘って描いているモチーフが「」であるが、この作品に於ける水と月をモチーフとしたイマジネーションの奔流、それを支える綿密な架空世界の構築は別格、美の粋を尽くした傑作だ。敢えて言えば題名をわざわざ英語にせず「月の門」でもよかったのでは。

 

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ジュリオ・ロマーノ テ宮殿巨人の間の天井画

 

遠近法」: 初期の代表作。石作りの人口世界「腸詰宇宙」(「合わせ鏡の宇宙」「遠近法魔術の宇宙」「飛翔と落下の一致する宇宙」「内臓宇宙」とも言う)の内壁の回廊に住む人々、そして「天の種族」。モチーフはジウリオ・ロマーノ のテ宮殿の天井画、ボルヘスの「バベルの図書館」。’私’が’彼’の小説を紹介しているという小説内小説形式、そして最後のツイスト。完成度の高い小説だが、理が勝ちすぎて文章があまり美しくないところが文章フェチにはやや不満。

  そういう意味では「遠近法・補遺」の方は、このややこしい宇宙の説明が済んでいるのでひたすら散文詩的であり、幻想的なイメージが横溢していて私好みだった。

 

 

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クリムト「パラス・アテナ」

パラス・アテネ」:  ちょうど今ウィーン・モダン展で来日しているクリムトの「パラス・アテナ」で有名なギリシア神話の女神を題名に戴いた幻想小説
  著者解説によれば四部作で完結させる予定で書き始めた第一部にあたるそうだが、これだけで80Pもありこの作品集の中で最も長い中篇と呼べる大作となっている。

  これまた架空世界が舞台で、土地神となった少年、狼神の統べる地の領王の年越祭の狂乱の夜、糸を吐き繭をつくる種族、そして千年帝国の野望と壮大に展開するスケールの大きなファンタジーだった。書かれた時代からして、モー様か竹宮先生が漫画化すればすごい人気が出たかも。。。

 

  あとは支那幻想、透明族、山尾流ウィリアム・ウィルソン、幻影の盾、スリーピング・ビューティ等々、読んでのお楽しみというところ。最後の「天使論」の後、山尾悠子は20年の休眠に入る。

 

この言葉の宇宙が崩壊する時、鏡の破片や砂のかたちをした言葉のかけらが落下していくだけだ。
  誰かが私に言ったのだ
  世界は言葉でできている
  太陽と月と欄干と回廊
  昨夜奈落に身を投げたあの男は
  言葉の世界に墜ちて死んだと
そして陰鬱な蛇が頭を下に墜ちてくる。
(遠近法・補遺より)