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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

理由 / 宮部みゆき

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   どこかに書いたことがあるが、宮部みゆきが「怪物」的なを描くようになった時期と自身の阪神淡路大震災による心的疲労の時期が重なり、時代物以外の彼女の作品を読むことをやめてしまった。

  しかしその後も彼女は「理由」で直木賞を獲ったのを始め、「模倣犯」「名も無き毒」「ソロモンの偽証」と社会派ミステリーの話題作を次々と発表している。ブックオフに出かけても、新潮文庫版の彼女の赤表紙は圧倒的な存在感を放っているのは常に気になっていた。

  今回偶然に子供が持っていたファンタジー二冊を読んだが、やはりどこか遊び、余技的な感じがあるように思われたので、久々に社会派の宮部みゆきに戻ることにした

 

  まずは直木賞受賞作「理由」、バブル期に計画されバブル崩壊後に完成した荒川区超高層マンションの一室で起こった凄惨な一家四人殺人事件。それが解決して数年後に企画されたルポルタージュ、という形式の着想の妙、多角的視点からの人物造形、そして凄惨な事件の直接間接の膨大な数の証言から炙り出されてくるバブル経済崩壊の病根の深さ、そして最終的な事件の全貌提示。

  読了直後は、さすがだなという感想しか思い浮かんでこなかった。敢えて言うと、中盤から後半にかけての展開がやや重くてくどい感じがしないでもないが、それも周到な計算故のことと、最終二章を読めば納得せざるを得ない。

  高村薫女史の社会派ミステリーの80%くらいのところへは来ているだろう。と言えば宮部ファンに怒られるかもしれないが、私にとっては最大級の賛辞である。

 

『東京都荒川区超高層マンションで起きた凄惨な殺人事件。殺されたのは「誰」で「誰」が殺人者だったのか。そもそも事件はなぜ起こったのか。事件の前には何があり、後には何が残ったのか。ノンフィクションの手法を使って心の闇を抉る宮部みゆきの最高傑作がついに文庫化。 (AMAZON解説より)

 

  早々にネタバレされるので書いてもいいと思うが、この一室に住んでいて惨殺されたのは、購入した家族ではなかった。購入した元の家族はローン返済に行き詰まり、その部屋は裁判所の競売にかけられ、ある男が落札した。しかし諦めきれない家族はある男の入れ知恵で夜逃げ同然にいったん姿を消し、替わりに「占有屋」と呼ばれる偽家族が居座り、落札した男とトラブルになっていたのだ。その偽家族四人が惨殺されたのだから、当然落札者が疑われる。

  物語は、現場から逃げたために重要参考人となってしまったその落札者が泊まっていた簡易宿舎の主人の娘の高校生が、泣きながら交番に駆け込むところから始まる。

 

  バブルの頃からだろうか、素人の私でも「裁判所競売物件」と言うのはしばしば目にした。安くで土地やマイホームを手に入れられる手段としては魅力的だったが、当然ながらトラブルも多いという噂であり、実際周囲にいたバブルに踊らされている人でもさすがにそれに手を付けた人はいなかったと思う。そこに犯罪小説の着想を得た宮部みゆきはさすがである。

 

  さて、ここから具体的な内容を追っていこう。。。と思ったのだが、文庫本なので「解説」がついている。それも池上冬樹である。一読唖然。

  私が文字に起こそう、と頭の中で考えていたことが完璧にかつはるかに詳細に書かれている。何を書いても、それ、解説に書いてあったよ、の世界である。レビューをする者にとっては有難迷惑と言わざるを得ないが、これまたお見事としか言いようがない。

 

  簡単にまとめると、この物語は殺人事件のルポと言う形をとった、日本という国における、時には戦前まで遡った、様々な家庭像の提示である。しかもそれを描くことにより宮部みゆきは「家族」という言葉の持つ幻想を冷静にかつ冷酷に突き崩してしまう。

  物語の最後に、マンションを手放さざるを得なかった家族の長男が、犯人であった男のことについて尋ねられ、もしかしたら犯人と同じように偽家族で暮らしていたら僕も同じことをしていたかもしれない、と語る

  僕もおばさんたちを殺したんだろうか。

 〇〇〇〇の幽霊に会うことがあったら、それを訊いてみたいと、●●●●は言う。

 ●●●●の求める答えを〇〇〇〇は知っているだろうか。彼も知らないのではないか。

 だが、いつか未来のどこかで、それも思いの外近い未来のどこかで、ごく普通の人々が、ごく普通に、●●●●の疑問に答えることのできる時期が来るだろう。それは否応なしに来るのかもしれないし、我々が積極的に求めて到来させるのかもしれない。

 ○○○○の亡霊は、そのときようやく、成仏することができる。

(21 出頭)

 

 

  この作品が書かれたのは1999年、それから20年という月日が経過している。そして、宮部みゆきの洞察が正しかったことはもう誰も否定できない。○○○○の亡霊は、とうの昔に成仏しているだろう。

 

  ちなみに先にレビューしたファンタジーは、彼女がこれと「模倣犯」を書き上げた後、満足感と現実直視の辛さから、しばらくこの路線を離れようとして方向転換した結果とのこと。となると、次は「模倣犯」という事になる。長い旅が始まる。