フーガはユーガ / 伊坂幸太郎
⭐️⭐️
伊坂幸太郎の約一年ぶりの新作「フーガはユーガ」、またまた奇妙なタイトルですがこの題名に関しては、冒頭ですぐネタあかしされます。常盤風雅・優雅の双子が主人公の物語なのです。頭空っぽのDV父と無関心を絵にかいたような無責任母がよくこんなまともな名前を付けたものです。と言っても付けたのは伊坂ですが。
ちなみに兄の優雅は慎重で勉強が好き、風雅は楽天的で運動が好き、なんとなく「重力ピエロ」の兄弟を思い出します。
「閑話休題」、この双子は毎年誕生日にだけある特殊能力を使える、という設定になっています。詳細を出たばかりでばらしてしまってはこれから読む方に申し訳ないのでAMAZON解説から引用します、あとは想像してください、じゃなくて読んでください。
あらすじは秘密、ヒントを少し。 双子/誕生日/瞬間移動 1年ぶりの新作は、ちょっと不思議で、なんだか切ない。
AMAZON解説史上最も短い紹介の一つかも。
舞台はもちろん仙台。これは森見登美彦の京都と同じくらい強固に守られています。ついでに言えば、恒例の新幹線ネタもあります。東日本大震災も回想として一か所だけ出てきます。
さて、ガラッと作風を変えたモリミンとは逆に、伊坂独特の語り口、スピード感のあるドライでライトな文章は全く変わるところがありませんでした。誰かさんと違って伏線もきっちり回収します。よって今回も伊坂ワールドと言えます。
にもかかわらず、今回はあまり楽しめませんでした。と言うのも、双子が次々と立ち向かわなければならない「敵」がひどすぎます。伊坂流勧善懲悪劇には独特のユーモアがあって救われるのですが、今回はそのユーモアが相手の陰湿さ、狡猾さ、悪辣さに食われてしまい、読後感がよくありません。ダークサイド伊坂、とでもいうべき内容です。
DV、いじめ、変態的性虐待、そしてサイコパス。
伊坂の作品には往々にして出てくる題材であるとはいうものの、卑劣極まりない、それも罪悪感の全くない暴力の連続には気が滅入ります。いくらわずかばかりの特殊能力があるとは言え、双子の力には限界があり、あっと驚く(か、やっぱりと思うかは人ぞれぞれですが)敵の正体が明らかとなった後の顛末・結末は、ほのかな希望を残しつつも残酷です。最後に巻き込まれる小学生時代の同級生、ワタボコリ君にも同情を禁じ得ません。
このワタボコリ君、本名をワタヤホコル君と言います。村上春樹のねじまきどりの綿谷ノボルに名前が似ていますが、何の関係もありません。伊坂がまた春樹チルドレンと言われそうですが、私は彼があまり春樹チルドレンだとは思ったことはありません。
「閑話休題」
血で赤く染まった釘の刺さった白クマの人形
最初の方で出てくるこの人形、なんか嫌だなあと思ったのですが、最後の最後まで出てきます。ある意味この作品を象徴しているのかなと思います。ということで語り口は相変わらず伊坂そのものですが、ダークサイド伊坂に耐えられる人向けだと思います。