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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

The Indifference Engine / 伊藤計劃

⭐️⭐️⭐️

  盟友円城塔の「Self-Reference ENGINE」とよく似た題名の伊藤計劃の短編小説集。実際円城塔と合作した「解説」という実験的な(あまり面白くはないが)作品もある。

  元々一つのまとまった短編集として書く(描く)意図があったわけではなく、彼の遺した雑多な作品の寄せ集めであり、伊藤計劃マニア向けの本と言えるだろう。

 

  ショート漫画「女王陛下の所有物」と、「ロシアより愛をこめて(From Russia, with love)」をもじった題名の「From the Nothing,With Love.」は彼が好きだった007シリーズへのオマージュ。映画では不死身のジェームズ・ボンドも、伊藤計劃流に解釈すればグロテスクで哀しい幽霊(スクープ)的存在となる。悪くはないが読後感はあまりよくない。

 

  表題作の「The Indifference Engine」はアフリカ某国の憎み合う二つの種族の虐殺劇という点で、かつてのウガンダ内戦を思い出す。身勝手な白人たちに二つの種族が憎みあわないよう「心の注射」をされた少年兵の心の葛藤をドライで速いテンポで描いているところが彼らしいが、佐藤亜紀の「戦争の法」も参考にしたそうだ。

 

  「Heavenspace」は後の「虐殺器官」の雛型。村上春樹の「蛍」と「ノルウェイの森」の関係と大体同じだが、違うのは「Heavenspace」が未完で終わっているところ。彼が尊敬していた小島秀夫の「スナッチャー」を彼流に書こうとしているので、この展開での作品も見て見たかった気がする。。

 

  まあその他いろいろあるが、割愛する。

 

  最後の「屍者の帝国」が未完の遺作。ヴィクトリア朝時代のイギリスで既に死体を「道具」として蘇らせる技術が確立している。文中にも出てくるので、シェリー夫人の「フランケンシュタイン」を下敷きにしていることは明らか。

 

  主人公の医学生はなんと、ジョン・H・ワトソン!最後にワトソン君がロシア帝国とせめぎ合うアフガンへ行くことが示唆されて終わるので、確かにあのワトソン君だろう。あのシリーズの彼も第二次アフガン戦争に従軍しているのは衆知のとおり。伊藤がこのまま書き継いでいればあの名探偵も登場したのだろうか?

 

  さらには「ドラキュラ」で有名なあの吸血鬼ハンターで有名なヴァン・ヘルシングも教授兼スパイとして登場する。

 

  残念ながら本格的なミステリーSFとなるのか、雑多な名作のパロディとなるのかわからないまま序章的なところで伊藤は世を去り絶筆となってしまったが、その後円城塔が3年かけて長編小説として完成することとなる。どう処理しているか気になるので、これはいずれ読む予定。

 

 

『ぼくは、ぼく自身の戦争をどう終わらせたらいいのだろう―戦争が残した傷跡から回復できないアフリカの少年兵の姿を生々しく描き出した表題作をはじめ、盟友である芥川賞作家・円城塔が書き継ぐことを公表した『屍者の帝国』の冒頭部分、影響を受けた小島秀夫監督にオマージュを捧げた2短篇、そして漫画や、円城塔と合作した「解説」にいたるまで、ゼロ年代最高の作家が短い活動期間に遺したフィクションを集成。 (AMAZON解説より)』