Count No Count

続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

ヤモリ、カエル、シジミチョウ / 江國香織

⭐️⭐️⭐️⭐️

  久しぶりの江國香織、2014年の作品で谷崎潤一郎賞受賞作。それも、文庫本で460P以上ある長編。内容は江國香織そのものだが、二人の子供、周囲の大勢の大人たち、と多数の視点で細かく小節分けされて物語が紡がれていくため、ものすごく集中力を要する

 

  特に言葉の発達が遅く、その代わりに人の心や雰囲気が読めて、カエルやヤモリやシジミチョウをはじめとする小動物たちと会話できる「たくと」君の視点での小節は漢字が出てこない。彼がこの小説のキーマンだけに本当に疲れる。

  「アルジャーノンに花束を」の(邦訳の)二番煎じみたいだ、と思う方も多いかもしれないが、江國ファンとしてはこれはやはり江國流なのだと思う。アルジャーノンに似た仕掛けもあるので見落とさないようご注意を。一応このレビューにも仕掛けておく。

 

  というわけで最終小節を読み終えた時はほっとしたような、茫然としたような複雑な気分だった。でも、やっぱり江國さんは、言葉の、文章の天才だとあらためて思った。

   とはいえ、この作品全体をどう評価するかは難しいところ。ストーリーとしては大したことは起こらないので低い評価になる。おまけにいろいろな登場人物の全ての流れが最後に唐突に途切れる。その後どうなったかは分からない。

 

  分からないと言えば、たくと君が通訳で、姉の育美が可愛がっていたカエルの「葉っぱ」が段々と弱っていき、最終章で、さすがの拓人君でさえあっと驚く行動を育美はとる。でも後年成長した二人が語り合っている場面で育美はそんなことはしていない、葉っぱはちゃんと庭に埋めてあげた、と言う。どちらが本当か分からない。

 

  だから江國香織を読んだことのない人が初めてこれを読めば、何だこれだけ長い文章を読ませておいて、と怒り出すかもしれない。彼女の世界が好きな人が、少しずつ彼女の文章を味わいながら読むのに適した作品なのだろう、と思う。

 

  個人的には浮気が当たり前だと思っている父親にちっとも共感できないし、彼の小節は不愉快になる。それでもそれを書かないではいられないのが江國香織らしいところなのだろう。

 

  ちなみに私は家にヤモリが何匹いても大歓迎だが、家内はやはり嫌がるだろうな。

  

『虫と話ができる幼稚園児の拓人、 そんな弟を懸命に庇護しようとする姉、 ためらいなく恋人との時間を優先させる父、 その帰りを思い煩いながら待ちつづける母――。 危ういバランスにある家族にいて、 拓人が両親と姉のほかにちかしさを覚えるのは、 ヤモリやカエルといった小さな生き物たち。 彼らは言葉を発さなくとも、拓人と意思の疎通ができる世界の住人だ。 近隣の自然とふれあいながら、ゆるやかに成長する拓人。 一方で、家族をはじめ、近くに住まう大人たちの生活は刻々と変化していく。 静かな、しかし決して穏やかではいられない日常を精緻な文章で描きながら、 小さな子どもが世界を感受する一瞬一瞬を、 ふかい企みによって鮮やかに捉えた谷崎潤一郎賞受賞作。(AMAZON解説より) 』