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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

銀河英雄伝説 全15巻BOX SET / 田中芳樹

⭐️⭐️⭐️⭐️

  銀河英雄伝説、通称「英伝」、SFファンのみならず、本好きアニメ好きの方なら知らぬ者はないだろう傑作大河スペースオペラ田中芳樹の代表作である。

  もともとは徳間書店から出ていたが、田中芳樹曰く「創元SF文庫を終の棲家と定めた」そうで、この全15巻(正伝10巻、外伝5巻)のBOX SETも創元社から出ている。

  もちろん私も徳間時代に正伝は読んでいたが、外伝で読んでいないものがいくつかあったので、星野宜之のイラストになるBOXのイラストにも惹かれて買ってみた。ちなみに創元SF文庫版のイラストは星野氏が担当されたそうである。

 

  もともとスペースオペラという単語には蔑称的な意味合いも含まれており、善悪がドンパチで対決する単純なストーリーを宇宙にもっていっただけ、というような代物を指したようである。

 

  ところが、この英伝や、それと機を一にする機動戦士ガンダムのあたりから、単純な善悪で判断しない深みのある物語が展開されるようになった。リアルタイムでその時代を知っているものからすると、はじめは善悪の対決として描かれた「宇宙戦艦ヤマト」の悪のボスだったデスラー総統の人気が高くなり、単純な善対悪の構図が崩れ始めたのがきっかけではないかと思う。

  そこへ、成熟期を迎えていた日本のSF小説の質の高さや独自のスタイル、価値観等を消化しつつ重厚長大な戦記物をかける才能が現れた、それが田中芳樹であった、ということだろう。

 

   だから正伝10巻に関しては

 

読むベし

 

の一言。

 

  ゴールデンバウム王朝自由惑星同盟フリー・プラネッツ)の何世紀にもわたる対立・戦争の中で双方に滓のように沈殿した堕落・腐敗を、稀代の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムが一掃して誕生したローエングラム王朝、そして敗者として生き残り稀代の戦術家ヤン・ウェンリーの遺志を継いだ若きユリアン・ミンツを代表とする残党たちが守ろうとした共和・民主主義。

  その凄まじい戦いが繰り広げられた激動の数年間を、歴史書的に俯瞰したスタイルで描き尽した田中芳樹の筆力には改めて脱帽した。

  その物語に貫かれた、軸のぶれない政治論・統治論・戦略論・戦術論には初読当時圧倒されたものだった。今回は読むペースが早過ぎ、繰り返し繰り返し同じことが語られ続けるので辟易しないでもなかったが、やはりこれがないとこの物語はただのヒーローものの単純なスぺオペに堕してしまうだろう。

 

  さて、その「英雄」たち。完全無欠とも言えるラインハルト・フォン・ローエングラムと、欠点だらけだが憎めない、そして戦術家としては天才的なヤン・ウェンリーを対立軸として

 

ラインハルトと大勢の忠臣たち」 VS 「ヤンと少しの愉快な仲間たち

 

一人一人の個性の描き方は、これだけ多くの人物像をよく描き分けたな、というくらい面白い。前者ではやはりヘテロクロミアオスカー・フォン・ロイエンタールが傑出している。次いでミッターマイヤーオーベルシュタインが双璧だが、他にも語りつくせないほどの人材の宝庫。後者ではユリアンは勿論、キャゼルヌシェーンコップアッテンボローポプランあたりの悪口雑言皮肉合戦が読みどころだろう。

 

  また、悪役っぽいキャラにも、老犬を可愛がらせたり(オーベルシュタイン)、報奨金をあっさり全額慈善寄付してしまったり(ラング)といった意外な一面を見せるあたりも憎い。

 

  一方女性キャラは田中芳樹があまり得意とするところではないのかもしれない。ラインハルトの姉アンネローゼ、妻となるヒル、ミッターマイヤーの妻エヴァンゼリン、ヤンの初恋の人ジェシ、妻となるフレデリカ、いずれも「女性」としては描き方が浅い。むしろキャゼルヌも頭の上がらない奥様のオルタンスさんがこの物語では一番の好キャラである。

 

  さて、スぺオペものである以上、戦闘シーンが如何に残酷なものであっても華になってしまうのは仕方のないところ。どんな無益な戦いであろうと、いかに戦略と補給と情報が大事と言っても、戦術による勝負の決し方が面白くないと、物語としては凡庸になってしまう。その点、この「銀英伝」は見所一杯である一方で、批判も山とある。戦いが二次元的であるとか、なんで広大な宇宙で両陣営の通れるのがイゼルローン回廊フェザーン回廊の二か所しかないんだ、とか。今回再読してみてこれはいかんなあと思ったのは、劣化ウラン弾をガンガン使いまくっていること。廃絶宣言が出されている現在からみるとさすがの田中も先見の明がなかったな、と思わざるを得なかった。

 

  しかし、そのような瑕疵があるとは言え、結局のところ、やはり面白い。特にラクル・ヤンマジカル・ヤンの腕の見せ所である、二回に渡るイゼルローン要塞乗っ取りはその白眉であろう。二回目の攻略時の暗号二種類は最高に笑える。

  敢えて文句を言わせてもらえば、二人の英雄の死をどう描くか、エンディングでユリアンをどう活かすか、この点についてはやや不満がある。ネタバレになるが、死に方が見事だったのは、ロイエンタールオーベルシュタインビュコックメルカッツシェーンコップの5人だと思う。

 

  ジークフリートキルヒアイスが入ってないじゃないか、というご意見もあるだろう。田中芳樹も第二巻でキルヒアイスを死なせてしまったのを相当後悔していたらしい(ちなみにこれは当時の編集者金城氏の指示だったとのこと)。

  それゆえ外伝5巻ではキルヒアイス大活躍で、「ユリアンのイゼルローン日記」にさえも顔を出すくらい、キルヒアイス・オン・パレードである。田中芳樹の罪滅ぼし、といったところか。

 

  ただ、私としてはアンネローゼ、ラインハルト、キルヒアイスの濃厚すぎる関係には正伝でも食傷気味だったのが、さらに鼻につくほどになってしまった。

 

  よって外伝で一番面白かったのは第2巻「ユリアンのイゼルローン日記」。次点でローゼンリッター(薔薇の騎士団)が活躍する第3巻「千億の星、千億の光」というところ。

  それにしても、無名のヤンが一躍英雄となり、後の参謀で妻となるフレデリカと知り合うきっかけともなった「エル・ファシルの脱出劇」だけで一冊の本にしてくれるのじゃないかと期待していたのが、外伝4「螺旋迷宮」で最初にちょっとふれられただけで、その後あまり面白くもない探偵劇になってしまったのは残念の極みだった。

 

  外伝を読破するためだけに大人買いしたのは、う~ん、ちょっともったいなかったかな。でも正伝が読めてよかったので、まあ後悔はしていない。

 

  この文庫版15冊にも、外伝最終巻の「田中芳樹のロング・インタビュー」を除いてすべて錚々たるメンバーの解説がついている。にもかかわらず、ここを触れていない、という不満があるところを二点最後にあげておきたい。

 

#1:田中芳樹ユーモア・センス: これだけ重い物語を一気に読ませてくれるのは、笑わせるツボを心得た会話や、歴史記述を装ってしれっと書く彼のユーモア・センスである。10巻で笑いどころのない巻は全くない。にもかかわらず誰も彼のユーモアについて触れていない。これは不思議だ。

 

#2:ゲルマン的名前はやはりヒトラーナチス・ドイツを連想させる:これは初代ガンダムにも通じるところがあるが、帝国軍はゲルマン系の名前で統一され、雰囲気的にもナチス的な印象が強い。だからナチスを賛美しているというわけでもないし、ゲルマン的名前を用いたことについて田中芳樹は一応説明している。しかし、ナチス・ドイツの人名や制服が何となくかっこいいという、いかにも日本人的な歴史認識の浅さが根底にあるのではないか、という危惧がぬぐえない。

『銀河系に一大王朝を築きあげた帝国と、民主主義を掲げる自由惑星同盟が繰り広げる飽くなき闘争のなか、若き帝国の将“常勝の天才"ラインハルト・フォン・ローエングラムと、同盟が誇る不世出の軍略家“不敗の魔術師"ヤン・ウェンリーは相まみえた――。 日本SF史にその名を刻む壮大な宇宙叙事詩銀河英雄伝説』正伝10巻と外伝5巻を、特製文庫BOXに収納してセット販売します。BOXのイラストは、創元SF文庫版を飾った星野之宣氏のカバーイラストを使用。外側に5点、内側に6点をあしらいました。(AMAZON解説より)』