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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

悟浄出立 / 万城目学

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  マキメーこと万城目学の未読作が文庫本になっていたので読んでみた。中国の有名な古典や歴史に題材をとった5編の短編集。意外や意外、真面目な作品ばかりで驚いた。中島敦にインスパイアされて書いたという説明に納得。マキメー独特のユーモアは封印されているが、彼の新境地かもしれない。

 

悟浄出立: もちろん「西遊記」から。マキメー自身の解説によると、中島敦の「悟浄出世」「悟浄歎異」にインスパイアされ、早逝した彼の代わりの続編を書こうと思い立った、というのが執筆の切っ掛け。

  内容は悟浄自身の物語ではなく、彼から見た猪八戒についての洞察。天界で知らぬもののない名将天蓬元帥だった彼が、何故かくもだらしない豚男になってしまっているのか?

 

戦いとは何と馬鹿馬鹿しいものか、と。たかが過程ー相手の大将の精神を撃つ過程のためだけにこんなに大勢が集まって、武器を揃え、いかめしい甲冑を纏い、ひたすら殺し合う。無駄の極致さ。

 

趙雲西航: 「三国志」または「三国志演義」から。酒見賢一の「泣き虫弱虫諸葛孔明」でも感じたが、蜀のために最も長く尽くし功績があった将は実は趙雲だったと思う。梨園の三兄弟(劉備関羽張飛)の絆の強さに幾何かの疎外感もあっただろうし、突然三顧の礼で迎えられた訳の分からない男諸葛孔明に胡散臭さも感じていただろう。そんな趙雲が、いよいよ蜀を攻め落とすための西航途上にある。そんな一瞬を切り取ったうまい作品。ここでも孔明は何もかもマルっとスルっと御見通しである。

 

虞妃寂静: 「四面楚歌」の場面。「虞や虞や汝を奈何せん

 

法家孤憤: 「史記」より、秦の始皇帝暗殺を目論んで失敗し殺された荊軻(けいか)の段を、発音が同じであったが故に不思議な因縁を持つ官吏、京科(けいか)の目を通して描いている。

 

司馬遷: ここで再び中島敦に回帰する。「李陵」である。匈奴に捕えられた李陵を一人弁護したが故に罪に問われ、宮刑という恥を甘んじて受けて死刑を免れた司馬遷。彼の家族の受難を末娘「榮(えい)」を主人公として描き、最後には榮が父司馬遷を再び歴史編纂に向かわせる。そして中国史上でも稀有な傑作「史記」が完成する。感動の一篇である。

 

  ちなみに私が好きな司馬遼太郎先生のペンネームは「司馬遷に遼か及ばない」という意味である。