訪問者 / 萩尾望都
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「トーマの心臓」の重要登場人物、オスカー・ライザーを主人公としたスピンオフ作品。
彼の出生の秘密は「トーマの心臓」でほぼ明らかとなっている。すなわち、彼を育てたグスタフ・ライザーは実父ではなく、彼の旧友であるシュロッターベッツ校長ルドルフ・ミュラーが実の父であること、それが故の諍いでグスタフが母ヘレーネ(ヘラ)を射殺したであろうこと。この事実をオスカーは認識しているばかりでなく、何年も迎えに来ない彼は南米で死んだのだろうと思っている。(とさえ語れるほどに成長している。)
その義父グスタフと共に放浪し、ルドルフに彼を託してグスタフが南米に旅立つまでの一年間を萩尾望都先生が描き尽した感動のスピンオフ作品がこの「訪問者」である。
プチフラワー創刊で100Pの作品を依頼され、「トーマの心臓」に組み込めず、長い間放置していたままだったオスカー・ライザーのエピソードを描くことにされたそうだ。そして、そのインスピレーションを与えてくれたのは、松本清張原作、野村芳太郎監督の「砂の器」だった。
旅。そうだー、お母さんをぶち殺した父親と一緒に、オスカーも一年、旅をしたんだわ。春の霞、霧の夏、あっという間に過ぎる秋、長い冬、映画の父親は、当時の不治の病で、村々を遍路して歩くのだけれど、グスタフさんは、自分の良心に追われて逃げ続けるんだわー ( あとがき ”訪問者”前後 より)
というわけで、自分が実の子でないと知りつつ育てるグスタフと、プライドの高い母ヘラは不仲で、オスカーが生まれた後、父は当てつけのように猟犬(シュミット)を飼い始める。猟についてきたオスカーにグスタフが語る、雪の中を歩いてくる神様の話がこの物語の鍵となる。
あるとき・・・・・・
雪の上に足跡を残して神様がきた
そして森の動物をたくさん殺している 狩人に会った
「お前の家は?」と神様は言った
「あそこです」と狩人は答えた
「ではそこへ行こう」
裁きをおこなうために
神様が家にゆくと家の中にみどり子が眠っていた・・・・・・
それで神さまは裁くのをやめて来た道を帰っていった
ごらん・・・・・・雪の上に足跡を探せるかい? オスカー
冬ごとにオスカーは雪の上に足跡を探した。オスカーは父のためのみどり子になりたかった。しかし、長い旅の最後に、グスタフにとって神は自分の顔をしていたのだろうとオスカーは悟る。そしてシュロッターベッツのおそらくは実の父であるルドルフ・ミュラー校長に預けられたオスカーは気丈に振舞うが、ユリスモールに慰められながら最後に涙を流す。
―ぼくはいつもー
たいせつなものになりたかった
彼の家の中に住む許される子どもになりたかった
ーほんとうに
ー家の中の子どもになりたかったのだー
『オスカーの出生にまつわる秘密……。それが父母の愛を破局に導き、思いがけない悲劇を呼び寄せた。母を亡くしたオスカーと父グスタフのあてどもない旅が始まる。名作「トーマの心臓」番外篇表題作ほか、戦時下のパリで世界の汚れを背負った少年の聖なる怪物性を描いた「エッグ・スタンド」、翼ある天使への進化を夢想する「天使の擬態」など、問題作3篇を収録。 (AMAZON解説より)』
(昭和56年4月15日初版、A5ハードカバー版)